「「「「「枠物語」」」」」」

 ガッコのよォ~束になったコピー用紙をよォ~こォ~っそりよォ~落書きしてやるぜェ!


 このJET STREAM(もちろんPILOT製)の真っ黒いインキが尽きるまで書き尽くしてやるぜェ~。


 そんな俺はもちろん(オスカア)ワイルドだし、もちろん地元じゃ負け知らずだぜェ~。


 と、そんなことをボールペンで書いたのサ。

授業をサボって「サボテンとバントライン」みたいに危ない遊びをしていたのサ。

大人達は私を知らない。

だからこうやってイタズラできる。


 この文章だって実はコピー用紙にJET STREAMで書いているのサ。

枠物語ってゆーの?

話の中に話があって、またその中に話が……って奴。

そんな感じかもしれない。


 私はコピー用紙にJET STREAMで文章を書いている。

「コピー用紙にJET STEAMで文章を書いている」という文章を!

おお、なんたる不思議か!


 危険な快楽。

太陽が私を誘惑したのだ。

外は暑い。夏五月――と、古人が言ったのは多分太陽暦じゃ七月くらい――。

太陽! 私の天使!


 太陽が私を誘惑する。

赫奕たる天使が私の周囲を踊る。

――千の天使がバスケットボールする――。


 私は考える。

――この紙、私が使っていいのだろうか?


――いいのだよ。我が少年。

おお、我がブルー・ボーイ。


 太陽の光が私にそう言ったから私はどんどん紙幅を埋める。

悪の華バッド・フラワー、あるいは悪の華フルル・ドゥ・マル――日光にあてられて――陽だまりの中踊り狂う。


 眼前の道はくねっている。

長く曲がりくねった道ロング・ワインディング・ロードだ。

荊棘の道よ! 涙の谷よ!



 私はなおも考える。


 このコピー用紙は誰のものなのか?


 私は学校に多額の金を納入しているのだから、紙の一枚や二枚のサーヴィスくらい求めて当然という気がする。


 しかし本当にそうだろうか?


 たしかに私の家に届けられた〈請求書〉には「授業料」「施設費」「図書費」などの字が乱舞していた。

けれども「コピー用紙費」なんて見た覚えがない。


 したがって私はこのコピー用紙を購入しておらず私はこの紙を黒く塗りつぶす権利を持たぬのではなかろうか。


 しかしもう始まったのだ。


――力学的に考えてみたまえ。


 例の「ロング・ワインディング・ロード」は前方へ緩やかな傾斜がついている。

したがって我が球体はこの「ロング・ワインディング・ロード」をと進み始めるだろう。

ほんの指先一つで物語は始まる。


 我が球体を前進させるのは簡単だ。

しかし後退させるのは甚だ難しい。

我が球体はあの「前進以外知らぬ」というムカデににているらしい。


 球体――前に転び出て戻らないのはなにも球体だけではあるまい。


 力学的に作動するのは球体のみにあらず。

この私の全思考と私の運命――おお、私は今も自分の運命を試みている!――もまた、前方へと転がり始めたら最後停滞することを知らず進み続けるのだ。


 私は文を書く。


 私は語ろう。

物語ナラティブを語ろう。

物語とはこういうものだ。


小銭入れを見て、

「おお、200円しかない!」。


 これが物語だ。


「小銭入れの中には200円入っている」。


 これは説明だ。

物語は演出だ。

情報の戦略的演出的な〈配列〉と〈飾り付け〉だ。

劇的な説明だ。


 私は今から物語を書く。



 私は彼女に勉強を教えた。

彼女は私に勉強を教えるよう求めた。


 彼女は私の友達ではなかった。

決して彼女は私の友達ではなかった。


 だから私達は契約をしたのだ。

我々はの精神でダラダラと付き合う友人関係ではなく、その場その場で契約を交わす他人の関係なのだ。


 彼女は私に現金を渡すと約束した。


 だから私は彼女に勉強を教えた。

他人の関係を決して崩壊させないように気を配りながら――すなわち友情が芽生えぬよう気を配りながら――、私は丁寧に丁寧に勉強を教えた。


 それが二人の距離をより遠いものにするという確信からあえて異常なまでに親切に勉強を教えたのだ。


 彼女はそれを理解していたはずだ。

我々はやはり友達ではないはずだ。

今でもやはり友達ではないはずなのだ!


――約束の日は来た。


 時は来た。期は熟した。

水到りて渠成る――状況が整えば、ものごとは自然とできあがることのたとえ――BY 『故事成語を知る辞典』――自然に身を任せよう。


 私は風の音に耳を澄ませた。

風から我が運命を測ろうとしたのだ。

窓からは日本、アメリカ、中国、韓国の国旗がはためいているのが見える。


――はたはた、それは、はためいて、いたが、音は、きこえぬ、高きが、ゆえに。


 彼女はそこに居た。教室に。彼女の席は私の前にあった。


 私は彼女に近付く。

出来る限り迷いなく。

近ければ近い程良いのだ。


 私は彼女の机に掌を乗せた。

彼女が黙って私を見上げた。

なんてことはない。

大丈夫だ――なんてったってこいつは私と同じそっくりななのだからね。

我々は対等なのだ。

腫れぼったい眠そうな瞳を交わし合う。


 ただ一点ばかりが私を不安にした。


 彼女の目は潤んでいた。

彼女の瞳は四六時中潤んでいた。

黒い目玉が艷やかに――。


 彼女は交感神経が優位なのだろう。


 それに対して私の目は暗く濁っている。

私はカーボンのように光を吸い込み決して自らは光らぬ目玉の持ち主なのだ。


 交感神経……交感神経が優位な者は激情できる。

即座に手を出し足を出し奸賊を打ち倒すことができる。

まさに英雄型の人間なのだ。


 私は彼女を恐れていた。

そしてその恐れが彼女に伝わるのを恐れていた。


――まだ、対等だ。

まだ大丈夫。


 私は声を大きくして話しかけた。

声が小さいと負ける。

のみならず私の大声にはもう一つの意味があった。


 群衆に我が言わんとする事を全てやって、彼らを見事私の味方につけてやろうという作戦だ。

私が正義のために働く限り大衆は私に味方をするであろう。


 感傷的センチメンタルと笑うかね。

正義を愛する大衆など知識人の幻だと笑うかね。


 そうだ。

私は今から磔にされるのだ。

荊の冠は私の物だ。

おお、不幸なる人々よ!

偉大なる預言者は必ず受難すると言うではないか。


 しかし私が本物の聖人であるかはまだわからない。

天国へ行く種類の人間か地獄堕ちする人間かはわからない。


――ある時、耶蘇教徒キリシタンの間でが流行したという。

英雄的に死ぬこと自体が目的化し荊の冠に彩られた死体の山が出来たという。


 私がその手のの一人であるのか、それとも本物の聖人の一人であるかは時間のみが知っている。

私の前に開かれた門が天国へ通ずるか地獄へ通ずるかはまだ、わからない。


 私はこう言った。


「お金。ください」


 あまり良いセリフではなかったと思う。

しかし客観的に見れば私が借金の取り立てに来たヤクザのようであろう。


 私はこの時気が付いた。

この女は運動が出来る。


 バスケットボールであったかサッカーボールであったかは失念したが彼女は運動経験が豊富にあった。


 私は運動をしない質である。

階段で一階から三階まで移動すれば肩で息をする質の人間である。


 したがって外見上の優位にも拘わらず私は不利であった。

殴り合いになれば確実に敗北すると思われた。


――しかし、彼女は馬鹿であった。

幸いにして彼女は馬鹿であった!


 彼女は私にビビりながら財布を取り出したのである!


 おお、狐に怯える虎のようではないか。


 彼女は私の何に怯えたのだろう?

本人にそれを説明させるのは残酷かもしれない。


 彼女は判断ミスをしたのだ。

つまり強く出られた結果冷静でいられなくなり反射的に下手に出たのだ。


 彼女は善良であった。

善良さが彼女の武器なのかもしれなかった。

私は少し可哀相になってきたのである。


 私はこう質問したかった!


「どうして君は私を殴って踏み倒さないのですか?」と!


 彼女は案外単純に出来ているから

「あっそうか!」

とでも言いながら大喜びで私を殴り虐待するかもしれない。


 私はマネキンのごとくされるがままに打擲されるであろう!


――我々の関係は終焉した。


 私は彼女から受け取った一枚の紙幣を右手の親指と人差し指で持ちながら教室を後にした。

私は夢中だった。

紙幣を財布に仕舞うのすら忘れて歩き回った。


 ふと気が付いて私はそのを仕舞う。

奇妙な喪失感に憑かれた私は感傷的センチメンタルになった。

私は窓から旗を眺めて過ごした。


――はたはた、それは、はためいて、いたが、音は、きこえぬ、高きが、ゆえに。


 言葉は窓にぶつかり瞬時に消え去る。


 時間的なるものの儚さ! 忙しなさ!


「誰も同じ川に二度と入ることはできない」と言い万物流転バンタ・レイの法則を案出したのはたしか希臘ギリシアの哲人ヘラクレイトスであった。


 また、東洋の哲人孔子にも彼の言行録『論語』に書かれている「川上之嘆せんじょうのたんというエピソードがある。

彼は川上に立って「逝く者はかくの如きかな。昼夜をかず」と言って嘆いて見せたのだ。


 私は生涯であと何度ベートーヴェンの第九が聴けるかを考えた。

私は自らの感傷的言辞を何度も何度も反復する。


 私はどこにも行けない。

私は世界から取り残され、繰り返し繰り返し同じ歌を謡うであろう。


――生涯をかけて彼女に関するたった一つの歌を。

私が知る数少ない言葉を。



 太陽は沈みつつある。

日は朱く染まり空は紫色になりつつある。


――またとなけめネヴァー・モア


 窓から入った大鴉。

そいつが私に言ったのだ。


「おお、少年!

君とて永遠に狂っていることはできない!

良い子は家に帰るお時間だ!

そして君は大人になるお時間だ!」


 ああ、こいつが大手拓次の言う憂鬱に薔薇をついばむ「あをがらす」ならば良かったものを!


「さあさあけえんな!

私の旧主人E・A・ポオみたいになりたくなかったらねえ――」


 私はたまらず部屋を出た。

階段を降り、廊下を走り去った。


 部屋には私が立ち上がる際に勢いよく散らかしたが大量に散らばっている。

そしてJET STREAMのボールペンが――。

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