天使と天使と姉一人

「このビーグルだよね……? うん、間違いない、この後ろ姿だ」


 ようやく見つけたビーグルを、マジマジと後ろ側から何度も観察する。

 前見た時は遠目からだったので細かな特徴までは覚えられていないが、こんな形のオフロードカーだった、はず。恐らく多分メイビー。



[ダスクストライカー/オフロードカー]

[ビークル]

[レアリティ:変遷級]


[パラメーター]

 最高速度:80km/h

 加速力:4

 ハンドリング:5

 耐久力:2877/3200

 積載量:200kg

 燃費:8km/L

 座席数:4

 地形適応性:オフロード B+、都市 C、砂漠 B-、山岳 C+、氷結路D

 カスタイマイズスロット:1/2



「ふーん、結構細かくパラメーターが設定されてるのね」


 車両系アイテムもなかなかどうして奥が深そうな感じがする。

 ギアなんかもそうだけど、ギアーズベルトはこの手のマシンやガジェット類が好きな人間はとことんハマるタイプのゲームなのだろう。怪獣とかロボットとか、男の子趣味な真冬が興味を持つわけだ。


「さて、そのフユはどこにいるのかしら」


 パッと見、近くにプレイヤーの姿はない。

 ということは、ビークルだけを路上に停車させてどこかの廃墟の中に探索しに行ってるのだろう。不用心な話である。車両泥棒とかこのゲームなら普通に居そうだけど、車番とかは置かなくて良いのだろうか。


 とか思っていると、近くにプレイヤーの気配を感じた。誰かこっちに向かって来てる。相手は一人か。もしかしてこの車両に乗っていたプレイヤーの誰かか。どうしよう、隠れた方がいいかな?

 いや、この車両にフユが乗っていたかどうか確かめるためにも、ちゃんと話をしておいた方がいいだろう。こっちにはやましい事は何もないわけだし。


 交差点の角から男が現れる。

 プレイヤーネームは[BoltVolt]、黄色い髪をツンツンに尖らせたハリネズミみたいな頭が特徴的なアバター、あとは……服や手袋に隠れて両手足のどこがギアになってるか分からないな。なるほど、ギアは戦いにおいて重要な役割を担っているのだから、どの部位がギアになっているか隠した方が得だもんね。賢い。


「あ! おい、そこのお前! 今すぐ車から離れろ!」


 ボルトボルトは、車両のボンネットに腰掛けている私を見つけるなり、武器も持たずにこちらに駆け寄って来る。ほぅ、腕に覚えありと見た。ナナ相手だと近接戦を楽しめなかったし、ちょーーーっとだけお手合わせ願おうかな。


 ワクワクしながら戦いの構えを取る私に、ボルトボルトが肉薄してくる――はずだったのだが、ボルトボルトが何かに気付いたかのように急ブレーキを踏んだ。


「ん? んん? アキネ? お前もしかして『アキねーちゃ』か?」


「……そうですけど」


 おい、どいつもこいつも馴れ馴れしいな。

 というかまたこのパターンなの?


「じゃあお前……じゃなくて、君がフユのお姉さんか!」


 自己紹介不要ってわけか。

 フユが色々勝手に喋ってくれてたらしい。


「ええ、はい。姉です」


「おお、そうか! いやてっきり俺は車泥棒かと! あやうくバチバチさせるとこだった! めんご!」


「……別にいいですけど」


 バチバチがなんなのかは知らんけど、私としてはとんだ肩透かしだ。戦うつもり満々だったのに……ちぇ。


 とはいえ、だ。

 これでようやく辿り着いたわけだ。

 フユの下まで。


「私、ピースフルレイクからずっとフユを追いかけて来てて……あの子は今どこに?」


「ああ、このビルの中だよ。俺の仲間と一緒に探索してる。危険はないだろうから心配しないでくれ」


「ご丁寧にどうも」


 フユを連れた一行は、ビークルが停まっているすぐ横のビルに入っているらしい。しかし存在を感知出来ないという事は、それなりに上の階まで行っているということか。戦い慣れてるプレイヤーが同伴してくれてるなら大丈夫なのだろうが、しかし私としてはあまり面白くないのが正直な感想だ。フユと一緒に遊ぶのは私の役目なのに。


 などと、キャラクリに手間取って約束の時間をオーバーしたり、散々ひとりで暴れ倒して楽しんでた事実から目を背けながら、私はフユと一緒に遊んでるだろうプレイヤーたちに嫉妬する。

 まあ、ここまでの遅れはこれから取り戻していけばいいだけだ。待っててねフユ、この埋め合わせはちゃんとするから。


「ありがとう。私もちょっと行ってくる」


「おい大丈夫なのか? 一人は流石に危険だと思うが」


「心配ないから。さっきもビルを一つ踏破してきたとこだし」


「いやいや流石に冗談だろ。今日始めたばっかで、ソロで廃墟ビルは」


 正確にはソロじゃなくって、私をずっと追い回してるバカが一緒だったけど。まあアレは普通に敵だったから実質ソロか。


「とにかく私は平気だから放っておいてね」


「分かったよ、じゃあご自由にどうぞ」


 言われなくても自由にさせてもらうけどね。


 と、私がビルの入り口に差し掛かった瞬間だった。


 頭上の方で爆発音。

 反射的に上を見ると、私が今入ろうとしていたビルの最上階付近から煙が上がっていた。パラパラとガラスの破片が雹のように降り注ぎ、そして一緒に人間が落ちて来る。


「うわぁああああああああ!!?」


 助けるすべはない。

 仮に落ちて来たのがフユだったのなら、私も全力を尽くしたかもしれないが、見たところ初対面の知らない男だ。私は男が地面と衝突してポリゴン片になるのを黙って見届けた。


「ディーン!? 嘘だろ!?」


 ボルトボルトは信じられないものを見る目で、男の落下地点にあるアイテムボックスというなの遺品箱に向かって叫んだ。どうやら今のがボルトボルトの仲間の一人らしい。


 不測の事態か。

 恐らくは強力なアンヘルでも出現したのだろう。

 フユが危ない。


「予定変更、ショートカットするわ」


「なんだって? おいまさか中に行く気か? あのディーンがやられたんだぞ!?」


 そんな皆さんご存じみたいなノリで言われても、誰よディーン。

 私はボルボルくんを無視してハイジャンプで上に跳んだ。微妙なでっぱりにレッグギアの爪先を乗せて、さらにハイジャンプで上を目指す。この廃墟街のビルは、どこも壊れかけてて適度に壊れかけてくれてるおかげで、クライミングしやすくて助かる。


「え!? おい!? それどうやって登ってるんだ!?」


「普通にハイジャンプで足引っかけてってるだけだけどー!」


 ボルボルくんはもうだいぶ下に居る。叫ばなきゃ声が届かない。逆説的に考えると、フユの居る最上階までどんどん近付いて行っているということになる。


 ビルの外壁を一足飛びに飛び越えて、私は誰か知らんけどディーンが落ちて来た窓から内部へと侵入した。


「フユ!!!」


 そこで私が目にしたものは、三つ。


 一つ目に目に飛び込んできたのは、ホールの中央を支配するように佇む、純白の翼を持つ人型の異形だった。

 これもアンヘルの一種……なのだろう。今まで遭遇したどのアンヘルよりも、天使アンヘルの名に相応しい神聖な佇まいを感じさせる。真っ白い翼を広げ、純白の衣に身を包んだ天使のような姿。だがその顔は、ベールに覆われて見えない。そして全身を無数の鎖で縛られ、膝をついて俯いたまま、まるで石像のように微動だにしていない。

 名前は[第八位階/大天使スケアード・ビジョン:LV.70]と表示されている。かなりの強敵だ。得体の知れない位階と大天使の称号が物語る通り、並のアンヘルとは一線を画している気配がある。真正面から戦えば、到底勝ち目はないだろう。だが今は大人しくしているようなので、刺激は避けるべきだ。この手のエネミーは刺激しないのが鉄則だ。


 そして二つ目は、スケアード・ビジョンの目の前の床に転がる二つの立方体。プレイヤーが死んだあとに残すアイテムボックスだ。

 だがしかし、コレはフユのじゃない。


 なぜなら、私が目にした三つ目の正体こそが、フユだったから。


「アキねーちゃ!!」


 え……天使!?

 そう見紛うほどの可愛い女の子が、元気いっぱいのわんぱく加減でこちらに手を振っていた。

 天使の化け物なんかよりも、ずっと綺麗で美しい純白の長い髪。空色の可愛いまんまるおめめ。そして武骨なサバイバルベスト……まあ、フユは何を着てても可愛いからOKだ。

 しかしこちらにぶんぶんと振っている右腕がギアになっているのだけはどうも……うーん……ってなってしまう。そういうゲームだってのは分かってるんだけどさぁー。


 まあ、フユのアバターの総評は『マジ天使』ということで。


「フユ! 大丈夫!? こっちきて!」


「うん!」


 フユが現実のフユよりだいぶ早い速度でこっちに突っ込んでくる。ゲーム内ステータスがリアル真冬の身体能力を上回っているが故の現象だろう。

 これ危ないやつ。


「ちょ、フユ待って! 抱きつくならそっとね!」


「なんで?」


「どうせあんたSTRに全振りしてるんでしょ」


「うん!」


「そっとね? 妹タックルで死ねるのは本望だけど、それを今やられたら色々と苦労がパーだから」


「はぁ……せっかくの感動の再会なのに、アキねーちゃはりありすとだからすぐ水をさす」


「お姉ちゃんロマンチスト寄りだと自分で思ってるけど、その議論は後にしとこうか」


 速度を落として近寄ってきたフユをギュッと抱きしめる。

 最高の抱き心地! 人生が豊かになる!


「よし、これで明日も頑張れる」


「アキねーちゃ、もういい?」


「いいよ……で、これなに?」


 フユを離して、改めてスケアード・ビジョンを遠巻きに眺める。

 ずっと警戒していたが、攻撃してくる素振りがまるでない。すぐそばで起きていた茶番劇にも無反応だ。ちょっかいさえ掛けなきゃ戦闘に入らないタイプのモンスターだってのなら、こっちとしては大助かりなのだけれども。


「んー、よくわかんない!」


「だよねー」


 何が起きていたか目の前で見ていたはずのフユだったが、この子のまだ幼くてちっちゃい脳みそでは状況の理解が難しかったらしい。


 なんだか分からないが、今はここを脱するのが最優先だろう。


「フユ、私の身体にしがみ付いて。ここから飛び降りる」


 グライダーを取り出して、入って来た窓から逃げ出す準備をする。


「いい? あんまし力強くしがみ付かないでね? フユのパワーで背骨バキバキは笑えないから」


「はいはい、アキねーちゃはしんぱいしょーだな」


 フユが私の身体をしっかりとホールドしていることを確認してから、ビルの外へと身を投げて風に乗る。


「――!」


 ビルを離れる際、背中を晒すまいと室内に目を向けていた私は、逃走する私達の方にスケアード・ビジョンが不意に顔を向けたのを目撃した。


 追って来る。

 何が来ても対処できるよう、警戒心をMAXまで高めて全方位にアンテナを巡らせる。妹の前で無様な戦いは出来ない。しかし結局地面に着地して少し経っても、大天使が追って来ることはついぞなかった。


 とにもかくにも、だ。


 私はこのギアーズベルト内で、ようやくフユと再会出来たのだった。

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