砂時計の王子 4
まこちー
序章
「……と、いうことよ。今までいろいろ教えてきたけど、明日はシャフマ語の最後の授業。気合い入れて来るように!」
白髪をショートボブに整えた女性が言う。生徒たちは各々の手を挙げて意思表示をする。いつもの流れだ。
「え、復習ノートを作ってきたの?すごいじゃない!見せて見せて!」
彼女が一人の生徒に呼び止められ、作ってきたというノートを覗く。
「……う。ええと、これはしゃふまって書いてあるのかしら?こっちはすとわあど?……よ、読めないけど。復習しようと思ったのは偉いわね!花丸書いてあげるわ」
ノートに花丸を書かれた生徒は手を挙げてその場でクルクルと踊る。
「喜んでる……のよね?」
(この仕事をして1年経つけど、未だにこの子たちのことが分からないのよね。はあ……)
もう自室に戻ろう。リイコは教科書を持って、教室を出た。
「……ヤス」
「リイコ、今日の授業はどうやったあ?」
「ふ、普通に出来てたと思うわ。発音はわかってると思うよね。私の言うことには反応するし」
「ええなあ。それでええ」
(本当に?)
リイコは聞きたいことを飲み込む。
「生徒さんたちはシャフマ人やないから言葉は分からなくて当然やあ。あんたに教わることで少しでも理解できたらええんやでえ」
「そう、ね」
理解しているのかいないのか分からないが。
「ところで、あれやあ……」
黒い髪を耳の下で一つ結んだ青年、ヤス……エリヤスがメガネを指で上げる。
「久々にアイツが帰って来るでえ。リイコはまだ会ったことないんやったけえ……」
メガネの奥のミント色の瞳が光る。
「会ったことないわ。この船のエンジニアだっけ?」
「そうやあ。補給物資を別の星から持って来てなあ。明日はそれを運ぶんやでえ。はあ……今から腰が痛いわあ。俺っち、研究者やのにい」
エリヤスは研究者だ。この船を動かすために動力源の管理をしている。
(化学物質の反応がどうとか聞いたことあるわね)
リイコも手伝おうとしたことがあるが説明を聞いてもよく分からなかったのでやめた。
「まあ、アイツは明日紹介するでえ。今日は解散しようやあ。俺っち眠くなって……」
エリヤスが机に突っ伏す。彼はどこでもすぐ眠れるという特技がある。
(羨ましいわ。全く……)
自室に戻るには長い廊下を歩く必要がある。
「……」
明日会えるというエンジニア。リイコはその男の顔も知らない。
(エリヤスは何故か写真が嫌いなのよね)
そのエンジニアは何年もこの船で働いているというのは聞いた。主に外で物資を調達する役目らしいが。
(ずっと外にいるなら、エンジニアじゃないわよね?)
エリヤスに聞いたら、「この船が壊れないから普段はエンジニアとして働かなくてもええんやでえ。アイツにはそれだけの技術があるってことやなあ」と言われた。定期的に船に戻って確認作業をするだけでいいらしい。後は部下に任せて基本的に外にいるということだった。
(そんなにすごい人ってことよね)
部下が何人もいる凄腕のエンジニア。話だけしか聞いた事のない存在。
(エリヤスの親戚で、男の人ってことは聞いたけど。顔が分からないわ)
そんなことを考えながら歩いていると、自室の隣の部屋の電気がついていることに気づいた。
(あれっ?ここって物置じゃなかったかしら?)
こんな夜に物置で誰かが作業しているのだろうか。ガラクタしかなかったと思うが。
小窓から中を覗こうとすると、ドアが半開きになっていることに気づいた。
(もしかして生徒!?だとしたら危ないわ!)
散らかっているのだ。転んで怪我をするかもしれない。
「リイコ先生よ。誰かいるのよね?入っていいかしら?」
返事はない。人の気配がするのに。
「は、入るわね!」
自室の隣にあると言えど、ここに用があることなんてなかった。リイコは一度も入ったことがない。恐る恐る奥に進む。
「ん?」
何か音が聞こえる。機械の稼働音だろうか。
「よし!こんなもんか!」
「……ん。いや、もう少し調整した方がいいか?」
「おお!さっきよりいいじゃないか!くくく、俺も腕が上がったな」
つなぎを着た背中は小さい。男の子だ!とすぐに分かった。男の子の体。
年齢は10歳くらいだろうか。甲高い声で独り言を言っているのも、ふわふわとした黒とピンクの髪も。
「か……かわいい!!!」
「なっ!?」
思わず叫んでしまった。少年が驚いて振り向く。
「人間の男の子!初めて見たわ!」
「!?」
「あなたは『生徒』よね?私はリイコよ。あなたの『先生』なの!」
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