師範代承認試験

 「準備はできたか」


 「……はい」


 リクは現在、道場で自分の父親と対面していた。リクだけでなく、レオも防具を着用し、日頃の親子同士の雰囲気は感じ取れず、張り詰めた空気が流れている。道場の外は既に暗くなり、人もいない為、尚更異様な雰囲気となっていた。


 「先日伝えた通り、魔法の使用は禁止。内容は実戦形式で行う為、体術も使用可能。刀は刃を潰した物を使用する。いいな?」


 レオの言葉に無言で頷くリク。いくら魔法が使えないとは言っても、彼の実力は本物だ。それは今まで指導してきてもらったリク自身が一番実感していた。加えて、先程のミズキとの会話でレオが元々は王のギルド内でも有数の実力者であったことも判明している。

 一瞬でも気を抜いたら、試験を突破することはできないだろう。


 「それでは師範代承認試験を開始する。――こい」


 その瞬間、レオの纏う空気が一気に変化する。リクは一瞬だけ動揺するが、即座に気持ちを切り替え、気が緩んだ状態でどうにかなる相手ではないと改めて実感をする。レオは物静かだが、温厚な人物であり、彼が怒っているのをリクは見たことが無かった。仮に幼いリクが何かしても、真っ先に母親が激昂するので父親のレオが怒る必要が無かったのは大きい。それ故、リクは自分の父親の本気を見たことが無かったのだ。


 「……ふぅー」


 深呼吸をし、息を整える。改めて感じるこの雰囲気は、母親にも負けないものだ。ただ違うのは、ミズキが発するものが殺気ならば、レオのは闘気だ。何者にも決して引かないであろう強い意志を感じ取れる。だが、強い意志を持っているのはリクも同じだ。昨日ツバキにあんなことを言った手前、情けない結果に終わるわけにはいかない。


 「ふっ!」


 息を吐き、リクはレオに接近し。刀の軌道だけでなく、視線、重心、身体の向きなど様々なフェイントを織り交ぜながら斬撃を繰り出すが、レオは難なく受け止める。そのまま接近戦の形となり、幾度も純粋な力勝負では不利と判断したリクはそのまま距離を取る。


 「お前の刀は正直すぎるな」


 そう言い、レオは刀を構えなおす。父親であるレオは、当然だが息子であるリクの癖を見抜いている。これは試験であるが勝敗は問わないだろう。仮にレオに勝てなかったとしても、実力が認められさえすれば師範代と認められるだろう。それでもリクは負けるつもりなど毛頭も無い。


 「こちらから行くぞ」


 今度はレオが距離を詰めリクに攻撃を始める。元来の体格差もあってか、パワー、リーチ、両者ともにレオの方に分がある。レオの猛攻を凌いでいたリクだったが、徐々に押し込まれていく。このまま防御を完全に崩される前に打開策を練るリク。


 「ちっ、このままじゃ、」


 リクは猛攻を凌ぎながら考えていた。父親の弱みは何なのか。どうすれば勝てるのか。思考を巡らせるが答えは出ない。


 「――!」


 一瞬の攻撃の隙を突き、カウンターの一撃を加えるが、それすらも容易に防がれてしまう。それでも距離を取る隙は生まれた。その間、更に思考を加速させる。


 逆に自分の強みは何なのかをリクは考えていた。リクがレオに勝っている部分。第一に魔力制御。だがこれはこの試験では意味をなさない。次にスタミナ。年齢的にも若く、訓練狂であるリクのスタミナは驚異的なものだ。それに敏捷性。レオのように筋肉質ではないリクは身軽であり、身体強化が無くとも、機動力はかなりある。


 「だったら、持久戦か?」


 「お前に、防げるか」


 「!?」


 考えがまとまらないリクに対してレオが再び攻撃を開始する。一旦は持久戦の方向で考えようと猛攻を受け続けるが、リクは己の限界を悟る。自分の父親の体力が尽きるより、この防御を突破される方が早い。

 斬撃の防御に気を取られていたリクだったが、そこに流れるように回し蹴りが飛んでくる。


 「――!」


 寸前の所で躱すが、


 「ぐはっ!」


 刀の柄で脇腹を殴打され、そのまま吹き飛ぶ。レオと肉薄していたことに加え、向きが斬撃に合っていなかった為、柄での打撃を喰らう羽目となった。それでも運が良かったとリクは脇腹の痛みを無視し、落ち着きを取り戻す。もし刀での一撃を喰らっていたらそれでこの試験は終わっていた。そうなれば師範代としては不十分とされていただろう。


 「はぁ、はぁ、まだだ……」


 リクは思考する。自分の強みは何なのか。ツバキに言われたことのある自分の強みそれは魔力制御と反射速度。魔力制御は使えない。だが、反射速度なら何かできるのではないか。魔法の射出速度に拳を合わせられるリクになら。

 加えてリクは気づく。そもそも何故自分はまだ敗北していないのか。それは猛攻によって生まれた隙をレオは、刃ではなく、柄での打撃を行ったからだ。あれは本当に運が良かっただけなのか。それは違う。もしリクがレオの立場だったら、多少無理をしてでも間違いなく刃を使い、この勝負を終わらせていた。それでもレオがそうしなかったのは―、


 「堅実な冒険者」


 母親のミズキは言っていた。レオがどんな冒険者であったかを表すのなら、堅実だと。先程の瞬間も、レオは回避、反撃されるリスクを取らない為、刃での攻撃をしなかった。


 「だったら―」


 リクは1つの可能性を見出した。それは一発勝負であり、もし失敗したら敗北は免れない。それでも現状それ以外に勝機が無いリクにとってはそれが最後の綱。このまま守りに入っても、いずれは負ける。だったら出たとこ勝負で一気に勝負を終わらせる。そして師範代として承認してもらえば、 


 「完璧だよな」


 「こい」


 刀を構えるレオにリクは先程と同じように斬撃を繰り出すが、全て防がれる。だがそれは想定通りだ。問題は―、


 「そんなものか」


 攻守が一転し、レオがリクに体術を交えた刀術で一気に攻めかかる。リクは多少の打撃を受けながらも、刀だけは受けないようにし、耐え続け、狙った瞬間を待つ。


 「――くっ、まだだ」


 その瞬間に至るのには互いの位置だけでなく、刀での捌き方も重要だ。リクとしては何としてもレオの行動誘導したかったのだが―、


 「しまった!?」


 防御を続けていたリクだったが、限界が来たのか、一瞬防御の姿勢が緩んだ。それを見逃すはずのないレオは刀を跳ね上げ、リクの手元から刀は失われる。リクが刀を回収するよりレオが刀を振り下ろす方が早い。


 「終わりだ」


 レオが刀をリクの頭上に向かって振り下ろす。この瞬間を誰かが見ていたのならば、誰しもがリクの敗北を確信しただろう。だが当の本人は違った。リクはこの瞬間を狙っていたのだった。


 リクは確信をしていた。もし自分の父親が自分の刀を上に飛ばし、止めを刺すのであれば上段からの振り下ろししかありえないと。刀を跳ね上げ、相手の刀を飛ばした瞬間、彼の刀は最低でも彼の頭と同じ高さにある。そこからリクを狙うのであれば、彼の刀はどのような軌道を描くだろうか。人によっては斜めに振り下ろすかもしれないが、彼に限ってそれはあり得ない。わざわざ刀の到達までに余計に時間がかかるような振り方を彼がするはずがない。間違いなくレオは一寸の狂いもなく最短距離で刀を振り下ろす。彼は堅実なのだから。


 「ここだ!!!」


 レオが刀を振り下ろすと同時にリクも高速で腕を振るう。それはさながら白羽取りかのような動きであったが、腕は一本のみだ。そのまま振りぬかれたリクの右フックは、レオが振り下ろした刀の側面を直撃した。


 「!?」


 リクの行動に思わず驚愕したレオ。彼が振り下ろした刀は半分の長さだけを残し、リクには当たらずに空を切る。リクの右フックが完璧なタイミングで側面を捕えたことによって、刀は完全に折れていた。

 動きが止まったレオに対してリクの動きは止まらない。レオはリクが拳を振りぬいた勢いをそのままに身体を捻り、回し蹴りを顔面へと叩き込んだことでそのまま後方に吹き飛ぶ。


 「まさか、そんな―」


 何かを言いかけるレオだったが、途中で口をつむぐ。彼の首元には刀が付きつけられていた。刀を持ったリクは不敵に微笑んでいる。


 「――俺の、負けだ」


 レオは敗北を宣言した。



 * * * *



 「俺としても予想外だったぞ、リク」


 敗北したのにもかかわらず、息子の成長を見ることができたからなのか、どこか嬉しそうなレオ。


 「運が良かったってのもあるかな」


 ぶっつけ本番で博打技を成功させたリクだが、レオからすれば、あの刀の側面を拳で撃ち抜いたのは偶然ではないと確信ができる。リクの日頃の鍛錬をしっかりとこなしていたからこそ行えた芸当だ。


 「あの最後の一連の動き。まるで、昔のミズキだ」


 「え?」


 「常識外れで予測不可能。そしてどんな状況でも諦めない」


 レオが知っている冒険者時代のミズキは、誰の想像の範疇にも収まらない冒険者だった。その闘い方から恐怖する者も多かったが、同じ数の人が彼女に憧れていた。最後に見せたリクの動きは、まさに当時の彼女の再現だった。


 「でも、結局刀の方では父さんには勝てなかったな」


 リクは刀の勝負ではレオに勝つことができず、奇抜な発想とそれを実行する度胸で勝ったようなものだった。本来の想定として、リクは純粋な刀術のみで勝利を目指していた。それ故に現在のリクは今後の刀術の鍛錬の事で頭がいっぱいである。


 「今回の試験は、実戦形式だと言ったはずだ。何ら問題は無い」


 「まあ、そうなんだけどさ」


 多少煮え切らないリクだったが、時間がたったことで勝利できたことへの実感がわいてきたのか、笑顔が増えてくる。


 「それじゃあ、承認試験は?」


 「俺に勝利して、認めないわけがないだろ」


 「――よし!」


 小さくガッツポーズをしてリクは喜ぶ。不安はあったが、これでツバキにも良い報告をすることができる。しかし今回の試験で己の未熟な点を多く再認識できたリクの頭は再び鍛錬の事で一杯になる。リクは立派な訓練狂だ。


 「リク、お前に渡す物がある」


 「渡す物?」


 道場の奥へと歩き出した父親にリクはついて行く。レオは道場の奥に置かれていた長い箱を開け、中から刀を取り出す。その刀はリクが一目見ただけで業物だとわかる程に美しく、そして力強く銀色に輝いている。


 「先日、王都の鍛冶屋で作ってもらった物だ。これ以上の逸品は、王国全体で見てもそうはないだろう」


 「……ありがとう」


 刀を受け取ったリクは。間近で刀を観察する。近くで見れば良く分かる程に素晴らしい刀だとリクは感動する。この素晴らしい刀に恥じぬようこの道場で師範代として。そして将来的には師範として継いでいくことに対して身が引き締まる。


 「……桜楓おうか、だ」


 「……え?何が?」


 「その刀の名だ」


 レオ曰く、自分達が住んでいるこの地方の名と、かつて魔王を封印し、世界を救った英雄として讃えられた5人の冒険者。その中でも刀を使用し、周囲から姫と呼ばれていた人物の名前からあやかった名前らしい。


 「桜楓おうか、か。父さん、ありがとう」


 「それでは明日から師範だ―――」


 不意に中途半端な所で言葉を止め、微笑んでいた表情が消え目を見開くレオ。不審に思うリクだったが、彼が原因を探る前にそれは明らかになった。その場で床に向かってうつ伏せで倒れたレオの背中から何かが生えていた。道場内はそう明るくは無いが、周囲の光が反射してリクにははっきりと見えた。それは、剣だった。魔法で作られた氷の剣がレオの背中に突き刺さっている。


 「父さん!何があ――!」

 

 リクが言葉を言い終わる前に横目に光が見え、瞬時にその場から離れた瞬間、レオを刺しているのと同じ氷の剣がリクの前髪を掠める。

 桜楓おうかを抜いたリクは魔法が飛んできた方向を警戒する。飛んできた方向は道場の窓の外。


 「姿を見せたらどうだ」


 動揺をこれ以上悟られてはいけないと、強い口調でリクは挑発する。これで素直に姿を見せてくれれば幾分楽なのだが―、


 「……来るか」

 

 道場の壁の一点が凍り、それが徐々に広がっていく。凍った壁は砕け散り、人が通れる大きさの穴が壁にできる。


 「へー、今のを躱すんだ。ガキのくせにやるじゃん」


 そこから姿を現したのは冒険者のような身なりをした男。だが見に纏った雰囲気は通常の人とは異なるものだ。


 「お前は何だ?山賊か何かか?」


 山賊にしては装備が整いすぎている。ブラフとして適当に伝え、相手から情報を引き出す。レオの事が心配なリクだが、レオの傷は深くはないはずだ。傷を負っているが命に別状はないだろう。


 「さんぞくぅ~?はっはっは!あんな粗末な奴らと一緒にすんじゃねーよ」


 笑いながら喋る男。どうやら相手は自分の事を全く脅威だと思っていないのだろうと、リクは考える。だったらもっと情報を引き出せるはずだ。


 「だったら何だ?殺し屋か何かか?」


 適当に言ったリクだったが、彼の発言を聞いた男がぴたりと笑い声を止める。男はリクをみてにやりと笑うと喋り始める。


 「ガキの癖に鋭いじゃねーか、あぁ?」


 くっくっくと低く笑う男の声を聞きながらリクは、内心では冷汗をかいていた。恐らくこの男は自分の父親と同じくらい強い。銀等級程度の実力はあるはずだ。男の醸し出す空気がそれを物語っていた。この男は、これまで50人以上は殺している。それがリクの感じ取った直感だった。それに加えてマズい要素がまだある。警戒を強め、周囲の気配を探っていたのだが―、


 「この村でガキを殺せって依頼だ。悪いが、死んでもらうしかねーよなぁ!!!」


 「ったく、勝手にばらすなよ。まあ俺も、このガキと遊びたかったところだ」


 「ひっひっひ、3人でこのガキを嬲り殺しだ」


 「逃げ道を……まあ逃げるつもりなんか元々ないけどな」


 包囲されたうえでの1対3。これは余り良くない状況だ。

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