両親の約束

 翌日、リクは自室でこの後行われる師範代承認試験の準備をしていた。試験に際しては、魔法の使用は認められず、純粋な刀術のみとなる。それでも実戦を想定した試験となるため、防具などは全て着用して行われるとのことだ。


 「この防具って、何というか……防具らしくないよな」


 リクの持っている防具は見た目だけでは到底防具とは思えないほどに布が多い。部分的には金属が使われているが、大体の部分は布である。それでも魔力を帯びると強度が増す素材の為、戦闘において魔力をそこまで消費することが無いリクにとっては、機動力を保ったまま身を護れる優れものである。


 「それはさておき……集中しないとな」


 昨日ツバキと約束をしたのだから、今日の試験で失敗するわけにはいかない。全力でやるつもりだ。その為に今からでも精神統一をして―、


 「ん?誰?」


 不意に部屋の扉がノックされ、応じると、それは母親のミズキだった。


 「リク、今大丈夫?」


 「うん、大丈夫だよ」


 部屋に入ってきたミズキは静かに防具を見に纏ったリクの姿を見て微笑む。


 「やっぱり、その防具はリクにピッタリね」


 「そう、なのかな?」


 リク自身は良く分からないが、どうやら変ではないそうだ。


 「それもね、私とお父さんが一緒に考えて作ってもらったんだからね」


 「そういえば、そうだっけ」


 頷くミズキは経緯を語りだす。元々、魔法が使うことができずに刀を使うリクは、戦闘を行うなら必然的に接近戦が基本となる。そうなると相手の攻撃を躱しての一撃離脱戦法が主になるとミズキとレオは予想した。そうなれば防御より回避に専念できる防具が最適だと判断したのだ。その要望を王都でも有数の店に伝え、特別に作ってもらったのが、リクが現在身に付けている防具だ。


 「なるほど、一撃離脱か。母さんも冒険者の時は俺と似たような感じだったの?」


 「うーん、どうだったかしら……」


 頭を悩ませる母親だが、怒った時の彼女を知っているリクからすると、自分の母親が一撃離脱をしていたなどとは考えにくい。彼女の戦闘スタイルはもっと―、


 「私の戦い方は、一撃離脱というよりかは……って感じかしら?何かされる前に倒しちゃえば問題ないものね」


 「……」

 

 わかっていたが、実際に言われると身の毛がよだつ。全力の彼女は大抵の相手であれば、一歩も引かずに一瞬で細切れにしてしまうだろうと簡単に予想ができる。


 「ち、ちなみに父さんは、どういう冒険者だったの?」


 改めて考えると、リクは冒険者時代の両親の事はあまり知らなかったりする。リク自身が冒険者にはあまり興味が無く、刀術の事しか頭になかった為、これま質問を全くしてこなかったというのはかなり大きい。


 「お父さんはね、堅実な人ね」


 「堅実?」


 「そう、堅実。どんな時も無理はしないで、深追いは絶対にしない。私もたっくさん助けてもらったわ」


 母親の話はリクの想像通りであった。父親であるレオはどんな時でも冷静沈着であり、刀術の指導においても淡々と教えることが多かった。それでも周りを見てないかと言うとそうでは無く、常に広い視野で全体を見ているような人だった。逆に母親のミズキは、ゆったりと全体を見ているようで、かなりのマイペースである。


 「因みにだけど、母さんと父さんは冒険者の時はどのくらい強かったの?」


 自分は冒険者などには興味は無いが、これからツバキが冒険者になるというのだったら参考までに聞いておいても損はしないだろう。リクの記憶では冒険者というのはランク付けがされており、全部で7階級あったはずだ。それぞれの階級は、冒険者ギルドから渡される名前付きの札で示される。下から順番に、初心者階級の長石。冒険者は特例が無ければ、誰もが長石からのスタートだ。次に初心者を卒業し、一人前の冒険者と認められるようになる鉄。続いて冒険者の中でも一定の実力があり、ある種ベテランとしての証でもある銅。ここまで階級を上げられれば、生活に困ることはないそうだ。銅の上が銀。銀ともなれば、そのギルド内でも有数の実力である証となる。この上に更に3つ程階級があるのだが、


 「えーっとね、お父さんは銀で、お母さんは金だったかな?」


 「え!?金だったの!?」


 特に珍しい事でもないかのように言う自分の母親に驚きを隠せないリク。金階級と言えば、王国内でもトップレベルの実力であり、その気になれば一代にして巨万の富を築き上げれるほどだ。道場の師範をやっているのだから、相当の実力はあるとは思っていたが、銀どころか金とは。


 「でも母さんだけじゃなくて、父さんも凄い冒険者だったんだね」


 「そうよ~、王都の貴族さん達からもたくさんお誘いがあったんだから」


 王都の貴族達に声を掛けられるほどの実力者がこんな田舎の村で道場をやっているのだから色々と分からないものだ。とは言え、そもそも分からないことがあった。


 「そういえば、どうしてこの村で道場を始めたの?」


 今まで一度も尋ねたことが無かった問い。それ程の実力者が、王都に住まず村で道場を営んでいる理由。


 リクからすれば何気ない問いだったが、尋ねられたミズキの表情が一瞬だけ曇る。だがそれは一瞬で、直にいつも通りの彼女の顔に戻ったのだった。


 「……約束したからね」


 「約束?」


 「ええ――カザネとの約束よ。一緒に道場をやろうって」


 カザネ、その名前を聞いてリクは自分が母親の心に踏み込んだのだと自覚した。たとえ相手が家族だとしても誰も踏み込まれたくはない領域があるのではないか。その領域にリクはたった今、無遠慮に入り込んだ気がしたのだ。


 「なんか、ごめん」


 「いいのよ、道場を継ぐのなら、いずれ話そうとしてた事だから」


 道場を営むのはカザネさんの夢だと知ってリクは合点が行った。なぜ自分とツバキは周りよりも遥かに幼い時から道場で稽古をしていたのか。それは全て自分達の親の約束に起因するものだった。


 「そろそろ時間か」


 「長話しちゃって、邪魔しちゃったかしら?」


 「いや大丈夫だよ」


 ミズキと話しているうちに承認試験の時間が間近に迫っていた。リクは立ち上がり、道場へと向かう。


 「ありがとう、母さん。色々と話してくれて」


 道場が生まれた経緯を聞いて、更にリクの中では決意が強固なものとなった。両親がツバキの父親のカザネと約束をしたこの道場を決して無くしはしないと。


 「俺は、絶対に負けない」

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