第18話 解決案?

 あの時の事があってから、俺はしばらく外出禁止になった。

 俺個人はとにかく、お袋の心情を考えれば文句は言えた立場じゃないがな。


 だからといってまたアルストレーラと出る気は……しばらくはいい。

 あっちも体の傷が治ったばっかりだろうし。

 俺よりも重症だったのを考えればな。何より大人しくしてる期間が延びてくれるし。


 ……いや、あの性格はそのままなんだが。


『やあボクが来たよキミ! だけれど残念なのは気軽な外出は控えろと家族や執事にも言われていてね、冒険の機会は先延ばしになってしまったのをまず謝罪させて欲しい。本当に済まないね! え? じゃあなんで此処に来たって? おいおい、謝罪は直接言うのが礼儀というものだろう。その上キミが寂しくないようにこうして顔を出してきた訳さ! ボクは勿論寂しかったよ。やはり同じ冒険という青春を大いに刺激される経験を共にした仲であるのだからこの感動を会う度に共有して確かめたいと思ってしまうのは果たしてボクのわがままなのだろうかと考えなくもないのだけれどしかしキミという男の子の器はきっとこの子供のようでもあるいじらしいボクの――』


『分かったからもう帰ってくれ。大人しくしてろ』


『なるほど! つまりボクの身をどこまでも案じる事こそがボクに対する友情に報いるという事を言いたいんだね? やはりキミという男の子は相手を思う海のように深く広い心の持ち主でありそして――』


『帰ってくれよもう……』


 なんて事がこの前あった。

 頭から血を流してはずなんだがなぁ、なんであんなに元気なんだ?


 そんなんだからしばらく顔を見たくない。


 実際奴が大人しくし始めてからは平和だった。

 裏で動いてる奴らがいるのは気になるが、何より手がかりがない以上どうする事も出来ない。


 一旦それを頭の片隅に追いやり、一人で外に出れないまでも日々の充実って奴を楽しんでいたつもりだ。


 朝のトレーニングはいい汗を流せるし、日中のライベルによる授業――何だかんだで家庭教師はまだついてない――も面白くはある。なんていうか、知りたい事を知るってのは楽しいもんだと確認出来た。学校での授業は頭に入らなかったんだがな。


 それ以外だと侍従長によるマナーレッスン。


「お坊ちゃまは大変に飲み込みが早く、いい意味で手ごたえがありません。……ただでさえ記憶を失くされて一からの再開となりますのに、その勤勉さには頭が下がる思いです」


「頭ん中が吹っ飛んじまったからこそだ。余計につまんねぇ事でアンタに迷惑をかける訳にもいかねぇからな。それに、アンタの教え方が上手いせいでこっちもいい意味で手ごたえが無ぇ。頭を悩ませる必要が無いって感じでな」


「お坊ちゃま……。その乱暴な言葉遣いには思うところが多分にありますが、しかし今のような思いやりのあるお言葉が聞けただけでわたくしは感無量でございます。まさか、あのお坊ちゃまから……」


「そんな感動する事かよ……」


 この侍従長、普段は鉄面皮と言っていいくらいにキリっとした顔つきで使用人達を震え上がらせる女傑だが、どうにも俺がまともにするだけで勝手にジーンとする癖がある。

 今なんてハンカチを取り出して眼鏡を取ってまで目の端をサッと拭いてるしな。


 以前の俺はどんだけ言う事を聞かなかったんだって話だ。


「いやいや感動する事ですよ。以前のお坊ちゃまなんて直ぐに癇癪を起されてぼくや他の使用人の人達に当たり散らしたり、気晴らしにいたずらしたりしてものすっごく! 困らせてきてたんですからね。それに比べたら凄い成長だってぼく思います」


「……ライベル、そういうあなたと来たらまだお坊ちゃまにお渡しするお薬を間違えたり、朝の運動を始めて数ヶ月経つというのに未だにお坊ちゃまに起こされてるとの事ですが……一体いつになったら成長を見させてくれるのかわたくしに教えて貰えますか?」


「え? じ、侍従長。一応ぼくもそそっかしいところが治ってきたといいますか、その……」


 ライベルが調子に乗って侍従長に怒られる。この構図も日常だな。


 マナーや知識、ダンスまで。覚える事は沢山ある。

 だが、何というか学校の授業と違って俺の為に教えてくれるってのがハッキリ分かって、悪い気はしない。


 前世の劣等生が今になって、と思いはするがな。


 他には厨房に行って料理の試食をさせて貰ったり、空いた時間に自分でつまみとか作ったり。

 ……目が見えなかったアイツの為に覚えたんだと思うと少しアレだが、作るのは実際いい気晴らしになる。


 そういえば前世じゃ甘い物が得意じゃなくてあまり作らなかったが、今の俺の舌はむしろ甘い物を求めているくらいだな。

 やっぱ体が変わると味覚も変わるのか。


 この間は俺以外にも厨房を訪れてくるメイド連中に作ったアップルパイを食わせたら、結構評判が良かったな。

 第二書庫で借りた菓子のレシピ本が早速炸裂した瞬間だった。


『ボッチャマ、これ美味いな。もっと食っていいか?』


『あと一切れだけなら。……いや、口元に付けてまで頬張るなよ。ほら拭いてやるから』


『あ、ぼくが拭きます。ほらゼーカちゃん、じっとしててね』


『んぐぐ』


『お前、いつの間に……』


 と、そういう日常だった訳だ。



 そして今日、お袋と朝飯を食っていた時の事だ。


「最近のバタつきは気になるけれど、流石にそろそろ外へ出さないと貴方が癇癪を起しかねないわね」


「起こしたとこ見た事あんのかよ?」


「以前はよく見たわ。貴方の覚えていない以前の話だけれど。で、どう? 貴方の婚約者とまた――」


「その手にはもう乗らんぜ。大体アイツはしばらくは大人しくするって約束したからな、別の奴を連れてかせて貰う」


「仕方が無いわね。せいぜいあまり目立たないようにしなさい」


「へいへい。……こっちだって派手にドンパチしたかった訳じゃないんだけどよ」


 相変わらず優雅な手つきで飯を食いながらも、淡々と釘まで刺してくる。

 連中だってこの間の事があって派手な事を仕出かさないはずだ。俺だって好きで相手したんじゃないんだから大人しくして欲しいと思ってる。


「そういえば、貴方最近悩みがあるんじゃなかったかしら? そんな話を小耳に挟んだわ」


「小耳だぁ? 俺は二人にしか言ってねえぞ。アンタが聞き出しでもしなきゃ知りようがねぇと思うが?」


「……さあ何の事かしら? それで小耳に挟んだのだけれど――」


 あくまでシラを切るつもりかよ。

 そうまでして自分は興味無い風を装うっては何なんだ?


「――私の方でどうにか出来、無くもないかもしれないわね」


 口元をナプキンで拭きながら、お袋はそう言った。

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