第16話 悩みに答えて

「……っ……! ……ふぅ」


「坊ちゃま、本日も訓練お疲れ様です。始めた当初に比べ、その成長は非常に著しく思います。これも坊ちゃまのたゆまぬ努力の成果、お相手を仕る私としましても教え甲斐がございます」


「そりゃどうも……」


「何かお悩みでしょうか? いつもと身の入り方に違いはありませんでしたから、それ程のものでは無いかと思いましたが」


 それ程って事は、少しは気づいていたって事か。勘の鋭い女だな。


「アンタの言う通りだ。別に、ちょっと引っかかりがあるってだけさ。アンタに教えられたオーラってのを出せるようになったが……初めての時程、いまいちリキの入れ方っていうか……」


「感覚が掴めずにいる、と? それは仕方がありません。坊ちゃまはあくまでも手にしたばかり、赤ん坊が初めて手に取るおもちゃの扱い方をわからないのと同じです」


「それはつまり……」


「焦る事もないかと。何事も経験、そして時間が重要ですので。坊ちゃまならば直ぐに難なく扱えるようになると考えます」


「世辞の言葉でも、少し楽にはなるか」


「いえ、世辞など……。坊ちゃまはご自身の力と向き合おうとしている、何よりその心構えに感服するばかりです」


「……わかった、素直に受け取りゃいいんだろ」


 これ以上言うと、俺が意地の悪い事をしてるみてえだ。

 実際、今の俺の悩みはわがまま以外の何物でもねぇ。出来ねぇ事の癇癪を零すなんざ、これじゃガキだな俺も。


「坊ちゃま、再度申し上げますが焦る必要はありません。仮に必要に迫られてしまったとしても、いきなり扱えるものでもなく、日々の積み重ねのみが確かな力として現れるのです。……が、しかし」


「ん?」


 珍しいな、コセルアの奴が言い淀んだ。何か言いにくい事でもあんのか?

 それから割と直ぐ、また口を開いて俺の疑問に答えてくれた。


「こうして指南役を仰せつかっておりますこの私も、同じような悩みを抱いておりました。第一歩、それを踏み込んだと思ったのもつかの間、次にどう進めばいいのか……。むしろあの頃の私の方がそれに頭を悩まされていたと自負出来ます。そんな事に囚われてばかりで、日常生活でもミスを誘発される程。そう考えれば坊ちゃまは囚われ過ぎてはいらっしゃらない。そういう点で、あの頃の私よりも優秀であると言えます」


「意外なもんだな、冷静なアンタにもそういう熱い時期があったって事か」


「若気の至り、とでも言いましょうか。……坊ちゃま、僭越ながら一つアドバイスをさせて頂きます。焦る気持ちは誰かに聞いて貰えば、直接の解決にはならずとも意外な形で助けられる事もございます。今の私の言葉そうなれば、とも思っております」


「そうか……。ま、実際モヤモヤは晴れた気分だ。アンタにはいつも助けられるな」


「光栄でございます。しかし仕える者として当然であるとも考えております」


「そうかよ。……ああ、代わりに俺からもひとつ言っておくが」


「何でしょうか?」


「若気の至りってのは止めろ。大して歳の変わらねぇ俺まで老けた気分になるし、お袋なんて今に杖を突いて歩くになっちまうしな。……お互い、もっと若者でいようじゃねえか」


「っ……。承知致しました、坊ちゃま」


 そう言って答えるコセルアはほんの少し、ごくわずかに微笑む……ように見えた。

 表情のほとんど変わらない女だが、いつも同じじゃない。そういう発見も、日々の積み重ねが物を言った結果なのかはたして。

 こいつも笑うんだってこった、当たり前か。人間なんだしよ。


「それでは改めまして……本日の訓練、お疲れ様でした」


「ああ……!」



「……ひぃ……っ……はぁ……、あ……もう終わりです、よね? じゃあ部屋に戻りましょう、ボクもうクタクタで」



「……お前がもう少し我慢出来るようになりゃ、綺麗に終われるんだけどよ」


「ふぇ?」


 他の騎士からタオルを受け取ったライベルが息も絶え絶えになって帰りたいと言ってくる。

 内心溜息をついた俺は、その腕を引っ張って屋敷に戻って行くのだった。


 ――ふっ。


 不意に誰かの……いや、コセルアが静かな笑い声が聞こえて来た。

 今日はいい日になるかもな。




「今日のライベル君も汗に濡れて頑張って、もう思わず抱きしめたくなったわ!」


「いやあ、タオルと水筒を渡す栄誉。今日は僕のものとなってラッキーだったよ。あとでみんなに自慢してあげないと」


「お前狡い。オレだってしばらく声を掛けるだけだったのに。くそっ明日こそストレッチに相手になってみせる!」


「…………本当、何で綺麗に終われないのだろうな」




 シャワーを浴びているその時、誰かの溜息を聞いたような気がしたが……当然ここには汗を洗い流す俺とライベルしかいない。


「どうしたんですかぁ? 急にソワソワして」


「何でもねぇよ。お前ちゃんと全身洗えよ、汗臭ぇ奴なんて傍に置きたくねえぞ」


「ぼ、ぼくはいつも身だしなみに気を付けてるじゃないですか。汗を流した量なら坊ちゃまの方が多いはずですし、念入りにするならそっちじゃ……」


「あ、生意気言ってんじゃねえぞ」


「わ!? 急に水を掛けないで下さい!」


 ◇◇◇


 やっぱ色々考えたが、あのオーラで切る感覚をものにするなら、日頃から刃物を扱うべきかと思う。

 普段棍を使ってて、その都度オーラを纏って切るなんて器用な事をこの俺が出来るとも考えにくい。


 そうなると、棍の先に刃でも着けるか? いや、それじゃあ携帯性もいまいちだ。

 そもそも長物自体持ち歩くには不便なんだ、だからと言って今更剣に持ち帰るのも違うだろう。


 都合よく物を出し入れ出来たりする、アイテム的なのでもないもんか……。

 流石に都合が良すぎるか。でもなぁ……。


 一つ悩みが終わったら、また別の悩むが沸いて来る。俺という奴はどこまでも未練に囚われて人間らしいというか。


 未練か……。


 最近、薄れたかと思っても綺麗に残ったままの記憶。あいつとの思い出がこびりついているのも未練だからか? だが、それは惜しいからじゃないはずだ。きっと。


(二度と会えないから永遠にケリを着けられない。だから嫌でも消えてくれないのか。呪いのような生き方は死ぬまで続くのか。それともまた、次の生とやらでも思い出すってのか)


 一つ確かなのは、二度目の人生での楽しい思い出が頭の中に入ってるって事だ。

 これからもそれが続けば、呪いと対抗する力になるかもしれない。


(誰かに聞いて貰う、か……。コセルアのありがたい説法、早速実践に移すか)


 丁度良く、部屋の扉を叩く音が聞こえて来た。


「坊ちゃま、いらっしゃいますか?」


「ああ、勝手に入って来い」


「では……」


 侍従のスーツで部屋に入って来るライベル。このどこか頼りないヤツに、一つ頼ってみようじゃねぇか。


「お前さ、便利なアイテムとかについて何か知らないか? 例えば……」


 そういう相談をしている時、目の前の会話だけを楽しんでいる俺の中から元カノとの思い出は、確かに浮かんでは来なかった。


 頼りないヤツの頼りになる部分だ。

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