生まれ故郷の異界

川端 春蔵

生まれ故郷の異界

 生まれ故郷には、身近に異界があった。異世界だったと言い換えても大袈裟ではないと思う。

 振り返って考えてみれば、子どもの遊び場、そして生きた学び場しては、最高の場所だったのかも知れない。

 商店街と交差する車一台が通れるくらいの筋を50メートルも行けば、そこだけ時代が異なる古めかしい建物が軒を連ね、その玄関先には決まって〝スナック◯◯〟〝ラウンジ◯◯〟と看板が掲げられていた。

 建物からは普段は嗅げない隠微な香りが漏れ出て、中からはこちらを伺う誰かの視線を感じていた。

 子どもは怖いもの知らずだ。幼い頃から独行の気のあった私は、好んでこの場所を駆け回った。付近の住人がそんな少年をどう感じていたのかなど、想像してみることもなかった。

 この場所が、地元では名の知れた遊郭で旧赤線(昭和33年春まで売春が合法で行われていた)だったのを知るのは、まだまだ先になる。

 のちのち耳にした話だが、この頃でも非合法でそういう商売をひそかにおこなっていた店があったらしい。

 少年がひとりで駆け回っていた時代、年を追うごとに夜の店の看板は外され、建物が取り壊されていった。

 その都度、満ちていた隠微な香りは薄まり、最初はその地に似合わない新築の戸建ても、その数で幅を利かせるようになると、逆に古い建物が異形となり、商店街が近いことがセールスポイントの、どこにでもある新興住宅街に姿を変えていった。

 

 少年が青年になる頃、この付近の象徴として残っていた建物が取り壊されることになった。青年は偶然にもその解体に立ち会うことになった。

所有者が代替わりして、新しい所有者にツテのある友人がおり、ダメ元で友人経由で頼んでみたところ、簡単に承諾が得られたのだった。

 解体前に、用意したヘルメットとゴーグル、そしてマスクをして建物内に入った。

 長年、掃除をされた形跡はなく、埃っぽいことも、足下の木材や畳が危ういかもしれないという注意は、傾斜の急な階段や客を取る部屋の独特のつくり、柱などに彫られた職人技の独特の紋様に目を奪われて、全く頭をよぎることがなかったのを憶えている。

 少年だった頃も、こういった建物が解体される現場を眺めていたことがある。だが、そのときに何らかの感慨を覚えた記憶はない。荒っぽい中年作業員に、

「坊主、ここはどういうことをしとった場所か、おっちゃんに教えてんか?」

 とからかわれたことは憶えているが、どう答えたのかその作業員と他にやりとりがあったのか、今となってはまったく頭の中にない。


 話を戻す。

 解体待ちの建物の中を、私はカメラに収めなかった。写真撮影の趣味は元よりなく、脳裏に焼き付くだろうと何となく思っていたことを憶えている。

 もうひとつ記憶に残っていることがある。匂いだ。かつて嗅いだこの付近に漂っていた隠微な香り。建物内に入れば生々しい行為が行われていた部屋にも足を踏み入れることになる。あの香りはまだ残っているのかが気になっていた。

 だが、年月が経ち過ぎてしまっていたのだろうか、前所有者がこの商売を手仕舞いしたときから、独特の雰囲気を消すことに気を配ったのだろうか、だったら、この建物を代替わりするまで残し続けた理由は税金だけなのか、疑問は残ったが、あの香りは建物のどこからも漂ってはこなかった。

 私は「モノ好き」と現所有者に呼ばれながら、解体され瓦礫となって、ダンプカーに積まれてコンクリートと木と畳の欠片だらけの山になった姿を見送った。

 その後、この場所には、賃貸マンションを建てたと聞いた。

 だが、未だに私は、この目で確認していない。(了)

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