最終話 ゆーひさんはヒーローなので

 ウィンザルフ共和国、ウィリアム・バーンズ個人事務所の午後。


「……とまあ、そんなわけでやしてね」


 長い話を終えてまほろはふーっと一息ついた。

 そして彼女はカチャ、と小さな音を立ててソーサーにカップを戻す。


「そりゃまー色々大変だったな。それで、優陽ゆうひはそれからどうなった?」


 お茶のお代わりをまほろのカップに注ぎつつエトワールが尋ねる。


「ええ、それなんですがね……」


 彼女が言いかけたその時、トントンと応接間のドアがノックされた。

 まほろは少しだけ悪戯っぽく、そして優しく微笑む。


「ちょうどあらかた話が終わったとこでごぜえますよ。さ、お入りやし」


 まほろがそうドアの外に声を掛けると一瞬戸惑いのような空白があり……。


 そして……その扉がゆっくりと開いた。


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 聖皇歴714年、8月。


 百鬼夜行分裂後の主だった集団の最後の1つが幕府軍によって討伐され、将軍嘉神征崇かがみまさたかは大戦の終結を宣言した。

 こうして21年間にも渡った北部大陸史上最大の戦乱は人類の勝利で幕を閉じたのである。


 敗れた側の妖怪たちにはその後幕府による厳しい弾圧が待っていた。

 住む場所は制限され自由な転居も許されず、婚姻等も幕府による許可が必要であった。

 しかしそういった厳しい措置も征崇が幻柳斎に約束した通りに2代将軍の治世、3代の治世と時代が進むごとに少しずつだが緩和されていった。



 嘉神征崇はその後征威大将軍せいいたいしょうぐんとしてその後の幕府による統治の礎を築き40代早々にして隠居し大御所となった。

 正妻との間に子のなかった彼は一族から養子を取り跡取りとした。

 晩年は大陸を漫遊し茶や和歌を嗜み64歳でこの世を去った。


 刻久ときひさと優陽、2人の母親天河てんかわ月絵つきえは刻久が反乱軍の長として討ち取られた後、尼寺に入り81歳で生涯を全うするまでそこから出ることはなかった。

 優陽の生存を彼女が知らされていたのか、いなかったのか……それは定かではない。


 幕府の客将芭琉観ばるかん和尚は火倶楽が平穏を取り戻すのを見届け、また旅に出た。

 懐に忍ばせたマスクを彼が再び身に纏うのはいつの日か……。


 黒羽の一族には戦後、他の妖怪のような制限は一切課されず一族全員に幕閣と同格の好待遇が与えられた。

 彼らは今日も変わらず人妖平等の世を夢見て地道な活動を続けている。


 そして時は過ぎ、季節は廻り、時代は移り変わっていく。


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 聖皇歴738年、ウィンザルフ共和国、ウィリアム・バーンズ個人事務所。


 その早朝。


「……おっはよぉ~」


 扉を開けて優陽が入ってくる。

 エプロン姿でキッチンにいたエトワールがそちらを見る。


「おはよう。テメーが朝ちゃんと起きてくんのとか何か月ぶり……って、テメー! パンツでうろつくなっていっつも言ってんでしょーが!!」


 目を三角にして怒るエトワール。

 優陽は上はシャツ姿なのだが下は下着しか履いていない。


「いいじゃない別に。えっちんは厳しすぎるって……」

「オメーバカ! ほら見ろうちの純情中年……もう純情ジジイか……が困ってんでしょーが!」


 見れば書斎机のウィリアムは「見てません」とでも言うように赤い顔で堅く目を閉じている。

 そちらを見て微笑み冷蔵庫から牛乳のパックを出す優陽。


「あはは、今更パンツくらいいいのにね~。でも私は先生のそういう所が好きですよ。もうパンツどころの関係じゃないのにいまだにパンツで赤くなる先生が……へぶっ!!」


 エトワールに丸めた新聞で頭を叩かれて優陽がつんのめった。


「ちょっとえっちん! 牛乳こぼしたって!!」


 頭を押さえて文句を言う優陽。

 そこにパルテリースが入ってくる。


「おっはよ~。あ~~! 優陽それ! あたしのシャツとパンツ! それ今日着ようと思って出してたやつ!!」

「借りたぜー、イェーィ」


 膨れるパルテリースに悪びれずにピースを出す優陽。


「いっつもさ~。優陽は自分のちゃんと着なよ~」


 ため息をつくパルテリース。


「もう箪笥開けるのも面倒でねー。サイズぴったりなんだもんパルテのやつ。えっちんのはちんちくりんで着れんし」

「滅ぼしますよテメェ」


 ビキッとエトワールのこめかみに青筋が走る。


 事務所の所長と3人のスタッフ。

 ここに今いる4人は容姿が出会った頃のままでまったく変わっていない。

 限りなく不老の4人である。

 まるでここだけが時の流れから切り離されてしまっているかのように。


「大体テメーはそろそろまともに働きなさいよ。食費入れねーとこれからオメーのごはんは出ませんよ」

「ええっ!?」


 大げさに驚く優陽。


「このゆーひさんに働けとかおっしゃる!? ゆーひさんヒーローよ? 北の大陸を平和にしちゃったすごい人なのよ!? もうね、襲ってくるたっくさんの妖怪をね、こう……ズバーッと! バシーッってさ」

「コイツは二十年以上も前の話を未だに持ち出してきやがるし……」


 半眼のエトワール。


「そんでね、敵のボスのすっごいでっかいやつをね。えーと、妖怪王? 名前なんだっけ……えーと……ザクレロ?」

「自分が殺った敵ボスの名前は忘れてるし……」


 エトワールは冷たい視線のまま、その矛先をウィリアムに変えた。


「どーすんですかセンセ、この有様。センセが散々甘やかしてきたからですよ。こんなどこに出しても恥ずかしいダメ人間に育っちゃって……」

「ははは……いやその……」


 乾いた笑いしか出てこないウィリアムだ。


「あはは、でもいいじゃん。私やる時はちゃんとやるから」

「オメーのやる時は10年に1回くらいじゃねーか」


 根負けしたのかぐったりしているエトワール。


「そういえばさ……」


 トーストを齧っていたパルテリースが何かを思い出したように言った。


「優陽のあのすっごいいい刀さ、あれ物干し竿にしちゃってるけどいいの?」

「あーあれね~。あれ本当は返さなきゃいけないんだけどね。でももう面倒だし20年以上私が持ってんだから私のでいいよねえ。よって物干し竿になってても問題ないってことだ、うんうん」


 てへ、とでもいうようにウィンクして舌を出す優陽。


「さ、さて……私は一走りしてくるよ」


 まるでその場を逃げ出すようにいそいそと立ち上がったウィリアム。

 するとその背に優陽がガバッと飛びついた。


「私も行くー先生このまま走ってよ」

「バカですかテメーは。朝っぱらから背中にパンツの女張り付けて街を疾走するオッサンは事案なんですよ!」


 怒るエトワール。

 苦笑するパルテリース。


 赤くなって硬直しているウィリアム。


 優陽は……笑っている。

 心の底から楽しそうに笑っている。


「あははは! ……先生、大好き!!」



 ─── 完 ───




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炎の時代の軍神勇者(ウォーロード) ~異文化交流に来たら大戦乱が始まってしまったので1人の少女を英雄に育てる話~ 八葉 @hachiyou1995

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