第4話『プリミ村での大歓迎』

森で助けた少女、マリアに連れられて訪れたその村は、ケルティックな建物の並ぶ異国情緒溢れる村であった。


すでに先ほどの小鳥を通じてマリアから連絡がきていたのか、俺が村に足を踏み入れた途端。大勢の村人に囲まれ、歓声を浴びた。


まるでパレードかのように、俺達が歩く道の周りに人々が並んでこちらへ手を振り黄色い声を上げている。俺はは戸惑いつつも手を振り返し歩いていたら、やがて村の建物の中でも目立って豪華で大きな屋敷にたどり着いた。


中で待っていた恰幅の良い初老の男が俺を食事用の大広間に案内した。


「まさか、このプリミ村に来訪者様が来てくださるとは!嬉しい限りです」


男が笑う。このプリミ村の村長らしい。俺はテディベアのような姿のまま椅子に座らされ、目の前にたくさんの料理を置かれてもてなされていた。


村長の横に座ってこちらを羨望の眼差しで見つめるのは、先ほど森で助けた銀髪の少女、マリアだ。村長の娘とのことだ。マリアは俺のグラスに飲み物を注ぎながら問いかける。


「来訪者様、お名前はなんと言うのですか?」


俺は困って少し頭を捻った。この姿で本名を言いたくは無かったのだ。しばし悩んでから、小声で呟くように名乗る。


「……モフモフくまさんと言います」


鎧の名前を名乗ったのだ。マリアは本心かどうか分からないが、表情を輝かせて言った。


「素晴らしいお名前ですね!勇猛さと知性を感じます」


そんなわけねぇだろ


どう考えてもそれはお世辞にしか聞こえなかった。じゃなきゃこの世界のセンスがイカれてる。


なんとも微妙な気分で、俺は並べられた食事に手をつけた。せっかくご馳走してもらっているのだ。食べないわけにはいかないが、果たして鎧を着た状態で食べることができるのだろうか。視覚や嗅覚、聴覚に関しては、俺本人の目鼻耳とくまさんの目鼻耳が連動しているようである。ならば口もそうかなと思い、料理を口に入れてみた。


中に入ってきた料理が、俺本体の頭にべチャリと落ちてくるのを感じた。口に関しては連動していなかった。


そんな、中の様子を知るわけもなく、村長がニコニコと笑いながら話を続ける。


「改めまして、娘の命を救って頂きありがとうございます。ここ最近、村の周りに魔獣が増えていて我々も参っていたのです」


その横でマリアが顔を赤らめながらお辞儀をした。それから、ハッと何かに気づいたような表情で言う。


「最近、森で魔獣狩りをして村を影から守って下さっていたのは、あなた様だったのですね」


「……え、何のことだ?」


食事を食べるふりを続け頭に料理を被り続けながら、俺は聞いた。村長が笑う。


「謙遜しないでください。そうなるとあなた様はこの村の勇者様だ。ずっといて欲しいものです」


「何を言っているのお父様。モフモフくまさん様はこれから冒険に出るのよ。魔王軍を征伐する冒険の旅に」


村長を軽く睨んで、マリアが言う。それから彼女は夢見るような視線と口調で俺を見つめた。


「ねえ、モフくま様。私も冒険に連れて行ってくださらない?私、魔法には自信があります。お役に立ちますから」


そう言いながら体をこちらに近づけて、手でモフモフの腕をさする。目は相変わらず夢見るような色で俺の顔を見つめていた。


俺は彼女の腕を払うと、ゆっくりと立ち上がって言う。


「……申し訳ないが、少し疲れていまして……そろそろ、休ませていただきます。この度は大変素晴らしいおもてなしをして頂き、誠にありがとうございました」


就活の際に勉強した拙い敬語を用いて、社交辞令的にお礼を言う。村長は名残惜しそうに頷くとマリアに向けて何か意味ありげに目配せをして、言う。


「そうですか。では、マリア。宿の部屋まで来訪者様をお送りして差し上げなさい」


「結構です。さっき場所は聞いたので」


そう言って断ると、俺は用意されていた村の宿へと向かった。辺りはもう夜であり、村の中とはいえ、道は電灯など無いため真っ暗闇に包まれていた。空には満点の星が輝いている。


「……ライラ達と合流しないとな……」


そうぼやきながら変身を解除した。それからスマートウィッチを腕から外し、隠すようにポケットにしまった。


そっと髪に触れてみる。頭から肩にかけて何かがべっちょりとついていた。先ほど食べるふりをした豪華な食事だ。この世界にシャワーなどは無いのだろうな、と思い、ため息をつく。


その時、暗闇の奥から何か言い争う声が聞こえてきた。


「だから、この馬車を停めたいのです。そして同時にこの私達も泊めて欲しいのです。ここは宿屋でしょう?」


「だから、そんなでかい馬車停める場所なんて無ぇっつってんだろ!というかこれのどこが馬車だ⁈馬がどこにもいねえだろ!」


先の無感情な声は間違いなくライラのものだ。俺は胸中に嫌な予感を抱えながら、声のする方へと向かって行った。


そこには、この村のファンタジー的な景観を著しく損ねる、超現代社会的な大型トラックが停まっていた。そのトラックを指しながら、宿屋の店主と思しき男と言い争うのは、ライラだ。


「この馬車は、心の綺麗な者にしか見えない馬によって引かれているのです」


「なっ……そんな馬車がぁ?」


 宿屋の店主はもう一度目をこらしてトラックの先頭あたりを見ると、わざとらしく手を叩いた。


「……確かに、馬がいるな!馬車だということは認めよう。だが、こんな怪しげな馬車停められるか。どっか別のとこ行きな!」


ごもっともだ。それでも尚も食い下がろうとするライラの元へ近づき、その肩を叩く。


「……おい、もうやめとけ。迷惑だろ」


「何を……。おや、木村ノヴァ。どうしましたかそのお姿は」


頭から食事を被った俺の姿をまじまじと見つめる。宿屋のオヤジもまた顔を顰めつつこちらを見て言う。


「……あんた、このねーちゃんのツレか。さっさと連れて帰ってくれ。っていうかあんた浮浪者か何かか?汚ねえな」


手で追い払うような仕草をするオヤジ。その顔に見覚えがあった。先ほどの来訪者歓迎パレードにて、ニコニコ顔で大きな『歓迎』の旗を振っていたおっさんだ。


俺は半目で店主の顔を見見返すと、ライラと、アクロ助の運転するトラックを連れてその場を後にした。

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