第3話『少女の悲鳴と二度目の変身』
恐らく、生涯のうちに誰かに殴り飛ばされた経験が無かったのだろう。竜は驚いた様子で飛び立ち、その場を後にした。
俺は変身を解除した。鎧は光となって弾けて消えた。ライラが少し残念そうに言う。
「もう、解除してしまうのですか」
「……ああ。っていうか出来ればもう変身したくない」
「何故なのですか?」
無表情ながら、どこか不満げに問う。そんな彼女から目を逸らして俺は答えた。
「モフモフくまさん!……って叫ぶんだぜ?恥ずかしいわ。しかも、変身後の姿なんて熊の着ぐるみだぞ?」
ライラが頬を膨らませてこちらをジトッと睨む。俺はその顔を見返した。
「なあ。やっぱあんた感情あるな?」
「私に感情はありません」
それから俺達は、アクロ助の運転するトラックに乗り、森の中を進んだ。俺の席はもちろん荷台だ。道が舗装されていないため、振動が激しい。若干車酔いしつつ、俺は荷台の壁越しにライラへ聞く。
「それで、今どこに向かっているんだ?」
「近くの村です。森で野宿は辛いでしょう?現代っ子のもやしっ子には」
未だ不機嫌そうにライラは答えた。
村に行くと言うことは、ついに異界の民と接触するわけだ。果たして異邦からの来訪者を受け入れてもらえるのか。緊張する。気を紛らわすために、左手首に巻いた腕時計もどきを弄りつつ、ライラに話しかけ続ける。
「この腕時計もどきは、変身以外にどんな機能があるんだ?」
「さまざまな、簡単な魔法を使うことができます。例えば『時間確認魔法』。それと、『地図魔法』及び『位置確認魔法』や、『心拍数測定魔法』に『歩数測定魔法』。『計算魔法』とか『予定記録魔法』、『天気確認魔法』など」
「何でも『魔法』ってつけりゃ良いと思って無いか?」
言いながら俺は、腕時計もどきを操作してみた。確かに、今ライラが言ったような機能が搭載されているらしい。
「そもそもこの機械……。いや、機械じゃ無いのか?なんかよく分からないけど。これの名前はなんて言うんだ。いつまでも『腕時計もどき』じゃ呼び辛くって仕方ない」
また少し間を空けて、ライラから返事が届いた。
「『スマートウィッチ』と言うそうです。色々な魔法を使える魔女を模してスマートに小型化しましたよ、と言う意味だそうです。取扱説明書にそう書いてあります」
「……ふざけた名前だ……。っていうか、取扱説明書があんのかよ⁈」
その時、どこからか人の声が聞こえてきた。どうやら悲鳴のようだ。
「おい、何か聞こえないか?」
「聞こえます。どうやら助けを求めているみたいですね」
ライラがしれっと事も無げに言う。俺は思わずシートベルトを外して、荷台内で立ち上がった。
「おい、車を止めろ!何だか分からないが、助けに行くぞ」
それを聞いたアクロ助が急ブレーキを踏む。トラックは急停車し、ベルトを外していた俺は荷台の中を転がって、奥の壁にぶつかった。
荷台の扉が開き、ライラが中を覗き込む。
「何をやっているのですか?」
「……別に」
荷台の後方でひっくり返ったまま俺は答えた。
ぶつけた頭をさすりつつ、立ち上がって声のする方向へ行ってみる。木の影から見ると、そこには三つの首を持つ巨大な黒い獣がいて、何者かに向けて唸っていた。
獣の目線の先にいるのは、美しい銀髪を持つ可愛らしい少女だった。彼女が悲鳴の主らしい。
少女は巨大な岩に後方を閉ざされ、三つ首の獣に追い詰められているようであった。震え声で、何やら唱える。
「ネロ・ブラスト‼︎」
広げた彼女の両手からとてつもない勢いの水流が放たれ、獣の真ん中の頭にぶち当たった。だが、獣には特に効いた様子は無く、プルプルと頭を振って雫を飛ばし、再び吠えた。
俺は急いでスマートウィッチを操作し、『GEAR』をタップした。すぐ傍でライラがボソッと呟く。
「もう変身したくないのでは無かったのですか」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ‼︎あのケルベロスみたいな化け物を止めないと!」
「『ケルベロスみたいな』じゃなくてケルベロスそのものです」
そんな彼女の言葉に返答することなく、俺は木の影に隠れながら叫んだ。
「変身!『モフモフくまさん』‼︎」
全身が光に包まれ、それが弾けた後、俺の体はは巨大なテディベアに変身していた。その姿のまま、二足歩行で陸上選手染みた全力走りをして、少女の元へ駆けつける。
「助けに来たぞォォォォ!!!」
「キャァァァァァッ」
少女は先程とは比べ物にならない悲鳴を上げた。二メートル越えの巨大なテディベアが腕をブンブン振って全力疾走で向かってきたら、それは怖いだろう。
「……ケルベロスよりもよっぽど厄介な魔獣に見えるかもですね」
木の影から見守りつつ、ライラは呟いた。アクロ助も頷く。
とはいえ、非常事態だししょうがない。俺はそのモフモフの拳で思いっきりケルベロスの顔面(一番左端)をぶん殴る。ぶん殴った首は千切れてぶち飛んだ。ケルベロスの首から鮮血が噴き出す。
「うわっグロッ‼︎」
俺がドン引きしている間に、ケルベロスはどこかへ駆けて逃げて行った。首を一つ失っても生きていられるようだ。
俺は慌てて近くに落ちている大きな葉などで血を拭いた後、ゆっくりと少女の方へ振り向いた。少女は相変わらず震えながら小声で「あなたは一体……?」と問う。
なんと答えたものか。言い淀み、無意識に左手を上げて頭を掻いた、その俺の左手に巻かれたスマートウィッチを目にするや否や、少女の表情がパーっと明るくなった。
「も、もしかして、異世界からの来訪者様ですか?」
「……え?」
まさか、異界から送られて来る者達の存在を知っているのか。そう少女に問うと、彼女は笑顔で頷く。
「もちろんです!まさか、こんな辺鄙な土地においでになるなんて……。私、ずっと来訪者様に会いたいって思っていたんです!」
それから俺のモフモフの腕を掴んで、引く。
「私、マリア・フランゾーラと申します。すぐ近くに、私の村がありますので。どうか、どうか寄って行って下さい!村をあげてのおもてなしをさせて頂きます!」
「えっ?いや......おい⁈」
「ぜひ!」
そう言いながらマリアは服に中から小鳥を一羽取り出すと、どこかへと飛ばした。それから半ば強引に俺の手を引いて鳥の向かった方向、自分の村へと向かって行った。
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