見渡せば…。

鈴ノ木 鈴ノ子

みわたせば…。


 今月になって6件目の異世界転生者が搬送されてきた。

 なぜ異世界転生者と分かるのか、それは私がこちら側、地球側へと転生した際にこちら側の神々によって授けられたギフトの能力だ。


 最初にこの世界で目覚めたのは異世界転生して殻の器となったこの身体の部屋だった。池垣宗助という名前らしい。首を吊って切れた縄を解きながら彼が使っていてこの身体には馴染んでいる机の上の遺書に目を通した。

 

いじめが原因であったらしい。


 不当な扱いを受け続け、それを優秀な両親と大切な妹達に笑顔を向け続け、そして、自ら命を絶ったのだ。その魂は救済を受け、そして、入れ替わるようにこの身体に入った私は彼方の世界で幾多の武人と市民、奴隷を屠ったツァイン・ツァーネと謡われる軍人だった。軍務の命令とは言え人殺しをし過ぎたが故に寿命後に魂は輪廻転生を許されず、神々から命の重さを学ぶようにと、この嘘つきな平和世界へと転生した。

 

結果はこの通り。


 何のことは無い、集団殺人と個人殺人が禁じられているだけで、精神殺人は許容されていた。言論の自由が憲法によって保障されているから?らしい。殴る蹴るは禁じても、言葉の暴力を禁じることがないこの国は正直言って呆れ果てた。独裁体制がでるからという理由で、私が暮らしていた国ではあった「禁忌言葉集」もなく、そして、言葉の暴力教育すらないときた。一応、道徳の授業なるものがあったようだが、この身体の記憶にはまともに学んだ形跡はない。


「まぁ、まずは居場所を確保せねば」


 翌日、制服という軍服のような服を身に着けて登校して、いじめの原因たる数人の人間を成敗した。徹底的に再起不能になるまで叩き潰しその罪を自白させる。クラス名簿とその他の数多の証拠を持ち出してテレビ局とインターネットメディアへと持ち込んでやった。


 前世ではよくやった手だ。


 報道は便利な道具である。さらに言えば情報戦や情報そのものの取り扱い教育など学ぶことのないこの国の人もメディアは扱いやすく、炎上、と呼ばれるまでに時間は掛からなかった。


 私は転校し報復に来た数人に対してこの世界で初めての刃を受け、そして刃を返した。この世界の人間は赤い血であることにはまだ慣れない。前世では青い血しかなかった。それゆえその赤い血はとても美しくて何度見ても驚かされる。

 前世でよく使った手を講じて、3人は仲間割れによって死んだことでこの国の警察は捜査を終えてくれたのは助かった。いや、見抜くことなどは殺人数が異様に少ないこの国では難しいだろう。


 人殺しはほとほと飽き飽きしていた。


 神々から諭された際のことも考えて、私は医師を目指すことにした。この宗助は頭はとてもよい、勉学に励んでいたお蔭もあり、私の基礎知識を最初から学ぶ必要なく、学校で新しい知識と予備校での学業に邁進した。国内の医学部に受験して卒業し、外国にも留学し、そして今の病院へ務めさせて頂いている。


「かずさ先生、もう、無理でしょう」


「はい、時間的にも難しいかと…」


 搬送される前から意識も心肺も停止していた。

 両親には連絡が取れており、今、田舎から向かってきているとのことだが、来るまでには十数時間を要する。電話にて死亡確認などの相談を行い、救命措置は行わないこととなった。遺体となった身体から伸びている金の魂の糸が、徐々に徐々に切れていく様を見つめながら、その先を見つめてみる、前世と違う異世界でどうやら生まれ変わるらしい。


 だが、私はこちら側で生きる人間だ。


 その家族の絶望を見続けてきた。


 1人暮らしの女性では、遠方に住んでいたご両親がやってきて、泣き崩れながら遺体と面会していた。当の本人は彼方側の世界で子供に生まれ変わって輝かしい未来が約束されている。

 高校生の場合は、両親、兄弟、祖父母がその体に縋りついて泣いていた。祖父母の衝撃は計り知れず、後日、祖母が搬送されてきて亡くなった。高校生自体は、新しい世界で英雄として生まれ変わっている。

 男性会社員はトラックに潰されて下半身がほとんど失われていた。独居で家族が居ないと考えられていたが、両親が離婚した際に生き別れた妹がいたらしく、涙を落としながらご遺体と対面された。本人は彼方の世界で暮らしている。

 他の人間も似たり寄ったりだ。孤独な人間もいたが、職場の同僚やその他の人間がその死を悼んでいた。一番嫌だったのは妻子持ちだ。子供が小さく理解していないさまと、妻の憔悴しきった泣き顔には居た堪れないほどに酷い有様であった。神も酷いことをすると考えたが、彼は強制的に連れて行かれたらしい。時より彼方の世界で妻子を思い泣いている姿と帰るために必死に冒険を続ける姿には涙がこぼれた。

 夜勤を終えて帰宅がてらに駅ビルで買い物を済ませて改札へと急ぐ、改札前の辺りでチラシを配る集団に出会った。


「探しています、ご協力をお願いします」


「すみません、どんな些細な情報でもいいんです」


 複数人の親が必死にチラシを配っていた。警察官も同じように協力して道行く人に差し出している。私も差し出されたので受け取り、電車内で目を通してみた。複数人の高校生グループが忽然と失踪して、それを家族が探している心痛む現状だった。


想像してほしい。


自らの大切な人が。


突然。


消えてしまう世界。


 残された残された家族は、残りの時間を捜索に費やすのだ。

 その労力は計り知れず、そして、その精神的な負荷は語る言葉が見つけられないほど。私は前世での罪を悔いている、私は恐らくだがこの国の人口すべてから恨まれるくらいの人間を戦争で屠ってきた。前世の手は血塗られて、今、この手も血塗られてしまったけれど。 

 この国では年間、万単位で人が消えたりしている。海外ではmissingとして、数多くのところに張り紙や探す専用のHPもあるというのに、この国にはない。家族が個々で探さなければならない。

 チラシから顔を上げて電車内を見渡してみる。

 ほとんどの者はスマートフォンなどで下を向いている。視線を上げているものでも、あたりを見渡さず、周囲を気に留めることもなく、ただ、ただ、どこか一点を見つめてぼんやりとしているだけだ。


 降車駅で電車を降りるとふとベンチに座る老婆が居た。

 衣服は普段通りだが、その視線は時より宙を泳ぎ不安そうだが、道行く人はそれを気にも留める様子はない、いや、気がついたとしても通り過ぎてゆくだけだ。医師として、人間として、声を掛けようと足を向けた途端、その老婆に声が掛けられた。


「おばあちゃん、どうしたの?」


 制服を大胆に着崩して、ばっちりとしたメイク姿の女子高生数人が老婆に声を掛けていた。動揺する老婆を持前の明るさだろう、その当たり口でさっそうと話していく様はとても上手で、おそらく認知症からくる回答の違和感にも、平然と流しているところは素晴らしい。1人が駅員を呼びに行き、1人は近くの自販機で人数分の飲み物を買ってきて、老婆1人に飲ませる訳でなく皆で飲みながら喋っている。


「うるせぇなぁ」


「馬鹿が…」


 通り過ぎていく人波の数人からそんな言葉が漏れ聞こえてきた。事情も分からずに批判するとは、まったく程度が知れる人間だ。周囲に気を配らないから、周りの状況判断もできないのだ。


軍でも企業でも周囲を観察・偵察できる能力は必須だというのに。


老婆は駅員とそして女子高生達に囲まれてベンチから駅事務室の方へと歩いてゆく。任せたあともサポートするとはすばらしいと心の中で賞賛を送る。


見渡せば…。そこに発見があるかもしれない。


それを忘れてはならない。


見渡せば…。


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見渡せば…。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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