第3話 桜色と白色と灰色と


 桜色の風が私の体を包んで流れていく。


 桜トンネルの中をバイクで走れば、ヘルメットに当たる花びらが転がるように流れて行く。


 私は今、桜の花びらが流れる中を風になって走っている。


 心が洗われる。バイクで走ると風になれる。この感覚が好きでバイクをやめられない。


 休憩所で串団子を食べて一休み。やっぱり、花見にお団子は正義。


 先日の卒業式を思い出す。かわいかった中1もあっという間に大きくなって卒業して行った。


「うらら先生。一緒に写真撮ろうよ」


 そう言われて、何人もの教え子と写真を撮ったっけ。


「ふふふ」


 でも私は何も成長してないなあ。ただ毎日追われているだけの自分が歯がゆい。


 大学の理学部に入ったけど、教師を夢見て教職課程をとって中学校の理科の教師になった。


 そう、私は教師だけど心はリケジョなのだ。だから実験が大好き。「やってみなくちゃわからない」という言葉が大好き。


 1年目から受け持ちを任された。忙しかったけれど楽しかった。だって、やんちゃに見えても実はまだまだ子ども。かわいいんだよね。


 最初の頃の授業は、めちゃくちゃだったけど、生徒の受けはよかった。深夜まで予備実験をしてあったから、全員に実験をやらせてあげられた。


「春野先生は、実験をやらせてくれるから授業がとても楽しいです」

 そう言ってくれるから、また夜遅くまで面白い実験を考えちゃうんだよね。


 仕事と子どものどっちも嫌いじゃないんだけど、ただやる事が多いんだ、教師は。


 運動部の顧問になったら遠征にはずっと付いて行くから土日も休みが無い。進路指導も大変。内申書で進学が決まるから責任を感じるてしまい徹夜は普通。だから正月も無い。


 だからブラックと言われて、教師になる人が減っている。とても残念。


 結局、一番自由なのが、この春休みしかないのが現実。せめてスッキリしたくてカワザキのニーハン(250ccのバイク)をすっ飛ばして、ここまでやって来ちゃた。


 さて、スサバに寄って、さくらムルスフォルムラテを飲んでから帰ろう。

 ヘルメットを被って、アクセルを思い切りふかして走り出す。


 右カーブに差し掛かったら、酔っぱらいのおっちゃんが左からふらっと出て来た。


(オイ、オイ、オイ)


 何とか右によけたが、センターラインを越えてしまう。


「危ないよ!」


 おじさんに向かってそう注意して、前を向いたら大型トラックがいた。


 ちょっと待って! まだ死にたくないよ。私にはやりたい事がいっぱいあるんだ!


 その瞬間、私は桜の花びらの中を、泳ぐように飛んでいた……。




 気が付いたら、白い服を着ていて、白い部屋の白い台の上。

 起き上がると、金色の長い髪をした、とてもきれいな金色の瞳をした女性がいる。


「春野うららさん。私は女神フリーディアです。生前のあなたの行いを見ていましたが、とても立派でしたね。自分の苦労をいとわず、たくさんの子どもたちのために、全てを投げ出して尽くしていましたね。聖職者としての行いとして立派でした」


 そうか。やっぱり私は死んでしまったのか……。


「実はあなたにお願いがあって魂をここに呼びました。私が作った別の世界で「魔物」が増えすぎてしまったのです。あなたの力で人々を助けてほしいのです。聖職者のあなたの魂ならばきっとやれると思います。生き返って助けてくれませんか?」


 このまま死んでしまうなんていやだ。せっかく教師になって頑張って来たんだ。チャンスがあるなら、どこだっていい。


「女神様。ぜひ私を生き返らせてください。まだ私には何かができるはずです。聖職者としてがんばります」


「では、あなたの魂を新しい世界に届け、聖職者として生き返らせてあげましょう。ただ、あなたの行く世界は、剣と魔法の世界です。あなたがいた科学の世界とは全く違います。そのため、科学と魔法の力を生かせるように、女神フリーディアのギフトを授けましょう」


「ありがとうございます。女神フリーディア様」


 


 ……そこで、目が覚めた。馬車の中でどうやら疲れて眠っていたらしい……。


 夢で異世界転生の様子がわかった。


 私は、『春野うらら』というリケジョから中学校教師になったのだったけれど、バイクを運転中に死んだのだ。女神さまに聖職者として認められて、異世界転生してこの世界の聖職者になった。だから聖女になったんだろうな……。ヒールできないけど……。


 でも、聖女として期待された道は閉ざされてしまったばかり。だったら私は、何者として生きて行けばいいのだろう……。

 

 ぼやっと灰色の景色を見ていると、小鳥の声が聞こえる。もうじき冬だから食べ物もなくなるし、小鳥も生きるのに一生懸命なんだろうな。厳しい冬を乗り越えるために頑張っているんだろうな……。

 

 私はどうだろう。あきらめている私がいる。それってブラックな中でも懸命に子供たちを教えてきた『春野うらら』っぽくないぞ。考えてみれば新しい人生が始まったばかりじゃないか……。


 よし。この運命にしがみついてもう少し頑張って、明日から生きる道を探すぞ!


 そう決めたら、灰色の景色が色づき始めたように感じた。

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