第二章 初めての外出編

第18話 選択肢の無いチャンス

 チャンスはどんな人にも平等に訪れる。 

 それを見逃すか、ものにするかは本人次第。

 なぜこんな話をしたかと言うと、俺にもそのチャンスが巡って来たからだ。

 

 

 2度目の異世界転移から1カ月と少しが経過した。

 俺がこれまでやってきたことと言えば、体力作りと魔法の練習くらい。

 あとはエステルに虐められるか、ユズハに癒されるかの生活。

 女神様もいたか。


 とにかく、1日のイベントが少なすぎた。

 日記に書こうとしたら毎日3行がせいぜいだろう。


 そんな日常を謳歌していた俺にも、ようやくチャンスがやってきた。

 これをものにできるかは勇者カケル次第なのだ。



「カケル様。明日、お父様に謁見することになりましたわ」


 ちくわ(火)の習得から3日目の夜、エステルは不安そうな顔でそう言った。

 この魔法名は女神様が勝手に書いていた。

 今ではボールペンくらいの細さになったのに、女神様は頑なに変えようとしない。

 それは置いといて、

 

「謁見ってあの謁見?」

「ええ、そうです」

「そうなんだ。どうしてまた」


 何か悪いことでもしたかな。

 もしかしたら姫様と俺の特殊プレイがいよいよバレたとか。

 それなら絞首刑?


「俺処刑されるの?」

「・・・?どうしてですか?」

「違うなら良いんだけど・・・」

「そんなことになったら、お父様はわたくしが処刑します。安心してください」


 うん、安心できないよね。

 実の父親を簡単に処刑するとか言ったらいけません。

 この国の教育は一体どうなっているんだ。


 しかし、なんとなくこの国の実際の序列が見えた気がした。

 陛下はエステルより多分下。


「でも、それならどうして謁見なの?」

「それは・・・詳しくは分かりませんが、おそらく近況を聞きたいのかと」

「なるほどなぁ」


 それならば、大した問題はない。

 俺が何度国のお偉いさんに謁見やらなんやらしてきたか。

 回数だけで言えばベテランの領域。


 適当に「姫様のお陰で慣れてきました」とか言っておけばいいだろう。


「いつかはこうなると思っていましたけど、不安ですの」

「どうして?」

「もし、カケル様が剣も魔法も碌に使えないことが知られたらと思うと・・・」

「大丈夫、任せてよ。こういうのは得意なんだ」


 そんなに心配することはない。

 こんなものは見せ方と口八丁でどうとでもなるのだから。


「し、信じていいのですか・・・?」

「あぁ!」

「分かりました。ふふっ、カケル様が格好いいです」

「そうかな・・・!」


 エステルに褒めて貰えると、なんだか頑張ろうと思える。

 今回こそはフラグにならないだろう。


「おっと、模擬戦だけは回避しないとね」

「はい。わたくしのせいにして構いませんので、力を見せることはお止めください」

「大丈夫。エステルのせいになんてしないから」

「・・・もう」


 やっぱり姫様は格好良い勇者が好きなのだろう。

 俺が自信ありげな姿を見せると嬉しそうにしている。

 

 (任せてくれ・・・!)


 まぁ、陛下に挨拶するだけなんだけど。

 久しぶりのイベントに少し心が躍っていた。





 

         ♦♦♦♦




 そして次の日、俺はユズハに着替えをして貰っていた。


「今日の勇者様はどこか凛々しい感じが致します」

「そうかな!」

「はい、とっても」


 昨日から二人ともやたら持ち上げてくれる。

 とても気分が良い。

 今日ならゴリマッチョにも勝てそうだ。

 絶対模擬戦はやらないけど。


「まぁすぐ終わらせて戻ってくるよ。今日も訓練しないとだし」

「勇者様はとても真面目な方なのですね」

「そんなに褒めても何も出ないよ。あはは」

「くすっ、残念です。それでは、そろそろ向かいましょう」


 ユズハに促され、俺は謁見の間へ向かう。

 召喚初日以来だ。


 不思議と緊張はしない。

 なぜなら経験値が違うのだ。

 元最強勇者を舐めて貰っては困る。


「それでは、いってらっしゃいませ。勇者様」

「あぁ!行ってくる!」


 深々とお辞儀をするメイドさんに挨拶を済ませ、扉の前に立った。


 (そういえば、どうして謁見の間なのだろう。玉座とかでも・・・)


「勇者様が参られました!」


 扉が開かれる。

 思考を一旦止め、前を向く。


「勇者様だ」

「なんだか凛々しくなられた気がしますね」

「やはり姫様の」


 初日とは違い、公式な謁見としての空気感を感じる。

 大歓声では無く、あくまでも小声でなにかを言っているようだ。


 (なんか、人多くない?)


 詳しく顔を覚えている訳ではないが、お偉い様方が勢ぞろいしている気がする。

 さすがにご令嬢はいないようだが、それでも相当な人数だ。


 背筋を正し、絨毯の上を歩く。

 よく鍛えているお陰か、体幹も安定している。

 表情に緊張は出さず、あくまでも平常心。


「陛下、カケルが参りました」


 シュバッと片膝を付き、挨拶をする。

 我ながら完璧だ。


「面を上げよ。カケル殿」

「はっ!」


 顔を上げると、王族の姿が見える。

 王様、王妃様、エステル、それと、


「・・・(にこにこ)」


 満面の笑みで手を振っている女の子。

 名前は知らないが、多分エステルの妹。

 

 (エステルより天使してる・・・)


「カケル殿、息災であったか」

「はい。陛下のご厚意のお陰もあり、こちらの世界にも大分慣れてきました」

「そうかそうか。エステルとも上手くやっているようだな」

「・・・お戯れを」


 陛下のお茶目で羞恥プレイを食らった姫様は顔を赤く染めている。

 この国の王様は怖いもの知らずか。


「はっはっ!さて、カケル殿。今日呼んだのは他でもない。其方に頼みがあるのだ」

「はい・・・それで、頼みというのはなんでしょうか」


 近況報告にしては『頼み』という言葉は重い。

 だとすると冒険譚か。

 仕方ない、ここはブラックドラゴン討伐の話でも。


「勇者カケルよ。其方には新しくできた『湧き場』の調査隊に同行してもらいたい」

「・・・湧き場の調査・・・?」


 聞いてない。どういうことだ。

 この人は俺に城外にいけと言ってるのか。


 (え、エステルさん・・・うわ・・・)


 陛下を今にも殺しそうな顔をしている。

 無表情で「ほー」とでも言ってそうな口の開き方。

 それが実の父親に向ける顔ですか。


「そうだ。この世界に来て大分経つ。そろそろ討伐に出ても良い頃合いであろう」

「それは、確かに」


 モンスター討伐。

 確かに俺はしたいとも思っていたし、これはチャンスではある。

 しかし、今の俺は最弱なのだ。

 倒せる気がしない。

 それに調査隊に同行ということは周りの目もある。


「へ、陛下!」


 陛下は何も言わずに俺のことを見ている。

 その目には確かな光が窺え、衰えを感じさせない鋭さを感じる。

 

 エステルは不安そうな顔をしているが、俺の言葉を待っているようだ。


 (そうだよな・・・)


 万が一失敗してしまったら、俺だけの責任ではないのだ。

 体調不良とか言って誤魔化そう。


「私は」


 と、ここまで言って周りの視線に気付いた。

 気持ちの良い視線だけではない。

 中には俺の実力を疑っている者も多いはずだ。


 姫様の『召喚酔い』という言葉で時間を稼いでもらっていたが、この謁見にここまでの人数が集まったということは、そういうことだろう。


 断るのは簡単だ。

 しかし、ここで断ってしまったら勇者への疑惑は高まり、エステルのみならず陛下の評価も落ちる。

 これは、派閥争いの一つでもあるのか。

 

 (どうする・・・いや選択肢なんて無いのか)


 エステルを見捨てる覚悟が無い以上。

 取れる選択肢は一つしかなかった。


「謹んでお受け致します」 


 ごめんエステル。俺、死んだ。

 

「そうか!安心したぞ!『召喚酔い』もようやく醒めたと見える!」

「はっ、力を尽くす所存です」

「おぉ!今日はめでたい!皆宴の準備だ!カケル殿の初陣の前祝いだ!」


 この人いつも宴やってるな。

 疑惑を払拭する必要もあるのか。 


「・・・はぁ」


 遠巻きながら、エステルがため息を吐くのが分かった。

 俺も内心は彼女と同じだ。


 こうして俺は不本意ながら、初めての外出権をゲットした。

 

 どうやって乗り切ればいいんだ。

 





勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)



魔法


 ・ちくわ(火)

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