よはばら~この世は薔薇、咲けども咲けども棘のまま外伝~

水長テトラ

ラプセル日常編

クレーマーと話そう




【時期】


『第14話 フラウシュトラス家の人々』 前後。年末年始直後のラーメン店オープン直後。

https://kakuyomu.jp/works/16817330652242716711/episodes/16817330656522391342


 ※関係してるのは時期だけなので、本編の前にこの外伝から読んでも問題ありません。1話完結の独立したお話です。


【あらすじ】


 俺の名前は松葉孝司郎まつばこうじろう。日本出身の地球人だが、うっかり外国の戦場で死んでしまい、目が覚めたら惑星ザークルのラプセルという日本の三倍ぐらいの大きさの島国に着いていた。


 ここラプセルはナノマシン・フラルが発達していて地球の文明よりも結構進んだ文明社会なのだが……目下もっか空の上から攻めて来る謎の怪物ラトーとの戦いに毎日明け暮れている。


 そのラトーと同時に現れた謎の病気カラクタも国民の悩みの種だった。

 発症すると突然激痛にもだえ苦しみ、現段階では誰も治すことができない。解決策は近くの者が安楽死させてやるしかない……。

 うっかりカラクタにまでかかってしまった俺は、発症前に何としてでも治療法を見つけようと天才科学者エドフィック・ローレンスとその娘で自身も科学者の卵ニーナ・ローレンスとなりゆきで手を組んだ。


 手を組んだはいいものの、研究費やら何やら物入りでまずは金が必要になってくる。


 ハリドラというカラクタに効果がありそうな植物の粉末を、地元の麵製品フー・タルに振りかけるとあら不思議。

 何倍にも美味しくなったので、俺はこれをラー・メンと名づけて大々的に売り出すことに決めた。


 年末の屋台も大繁盛し手ごたえを感じた俺は、ノウゼン社というエドの知り合いの会社の協力を得て第一号ラー・メン店“のうぜん屋”をオープンすることになったのだが……。


【あらすじ終わり】







「お前じゃ話にならん!! もっと上のもん連れてこいや!!」


「マツバさ~ん、助けてください~!」

「なんだなんだ、うるせえなあ」


 泣きついてきた従業員の話によると、配膳はいぜんされたラーメンに髪の毛が入っていたと客が激怒しているのだという。


 店長はすぐに謝罪し、ただちに代わりのラーメンをお持ちいたします、代金も受け取りません、とマニュアル通りに対応した。

 しかし客はそれでは納得せず、「なんだそのマニュアル通りの薄っぺらい対応は! 経営者はどういう教育をしているんだ!」と逆上。


 そこで経営責任者である俺まで引っ張り出された。


「いや~すみませんねお客様、この度はうちの従業員が大変なご迷惑をおかけしまして……」


 揉み手を擦りながら平身低頭、俺はへこへこと頭を下げて苦情客の前にやって来た。そして観察を始める。


 苦情客は俺よりやや歳上の三十代後半程度か。

 首回りがよれよれの黒いタートルネックのセーターに色褪せたジーパンと運動靴、身だしなみを整えることに興味はなく、恐らくは近所から来ている。


「おめえがオーナーか、評判のラー・メン屋だって言うから来てやったのになんでスープに髪の毛が入ってるんだ? ここの店は客に髪の毛食わせてんのか?」

「とんでもございません。再発防止のためにお話をおうかがいしたく……」

「ほれ見ろ! やっぱり馬鹿にしてるじゃねえか! 他の客には普通のラー・メン食わせて、俺だけには髪の毛食わせるのかよ!!」


 そう叫ぶ男の口からツバが俺に向かって飛んでくる!!

 うーむ、理不尽。


 本当に、最初からラーメンに髪の毛が入っていたなら従業員を叱り飛ばすところだ。

 もちろん衛生問題は飲食店の名誉に関わる重大事項だし、うちも気は使っている。従業員たちにもそのへんはマニュアルで周知しているし、髪の毛は帽子の中に全部入れるか、束ねるようにしている。

 厨房も清潔に保っているし、エプロンに埃や髪の毛が付いていたなんて事態はない筈だ。


 対して目の前の男はどうだろう。

 髪はボサボサで目は濁り、ジーパンにはところどころ砂がついていてかなり惨めな格好だ。

 そばにある荷物入れのショルダーバッグの口が開いて、中にある通信繊維のタブレットが見えている。

 嘘をついているようには見えないから故意に入れたは有り得ないだろうが……入っていたという髪の色や長さから見て、男自身の髪の毛がするりと抜けて食べる前に器の中に入ってしまったという可能性もある。


 それからジーパンの砂とタブレット、ここで俺はピンときた。

 この街の近くにはフラル・ハイ場がある。

 フラル・ハイというのは体内のナノマシン・フラルを使って空を飛ぶ競走する競技で、公営賭博として国に認められている。競馬や競輪競艇のように、ラプセルのギャンブル好きは期待を込めて選手らに金を賭けて一喜一憂する。

 恐らくこの男はすってんてんに負けて地面に座り込んだ後、ムシャクシャしながらラーメンを食べに来たのだろう。

 そしてイライラしている最中にラーメンの中に髪の毛が入っているのを見つけてしまい、怒りが頂点に達したというところか。


「この度は不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。私どもに出来ることでしたら何なりといたしますので、どうかご希望のほどをお教え願います」


 何なりとするつもりは一切ないが、男の真意を引き出すために俺はこう言ってみる。


「何度も言わせんなよ、俺は誠意が欲しいんだよ誠意が! それも分かんねえくせに経営者名乗ってんじゃねえよ!」


 こういうときは店の悪評を言いふらしてやる!口止め料よこせ!とか強請ゆすろうとする奴も出てくるが、男はそこまでのワルではなく、ギャンブルで損はしただろうが金をたかりたい訳でもないらしい。

 ワルにはワル相手の荒っぽいやり方があるが、こういうムシャクシャしてるがムシャクシャの解消方法が分からない奴相手にはやり方を変えなくてはならない。

 ギャンブルで負けた惨めな感情を解消する方法、それは“勝者のような特別扱い”だ。


 俺は誠意のこもった真っすぐな眼差しを男に向けた。


「先ほどはご注文されたラーメンと同じものを作り直そうという気の利かない提案をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。詫びのしるしに、現在開発中の門外不出の新商品を、一番最初にご試食いただきたく思います」

「何ィ?」


 男の反論が鈍った隙に、俺は従業員に耳打ちして猛スピードでを作らせた。

 開発中の新商品はあるにはあるが、クレーマー如きにそんな機密を漏らしたりはしない。


 代わりに男の前に早急に並べられたのはほかほかに熱いホットコーヒーと、カッチカチに冷えたバニラアイスだった。


「は? ラー・メンじゃねえのかよ!?」

「こちら趣向を凝らした新セットとなっておりまして、最初にこちらの甘味をお召し上がりいただきまして、それからラーメンの辛味を楽しんでいただこうというコンセプトになっております」


 そもそも男のイライラの原因の一つは空腹、ラーメンを食べずに怒鳴り出したのだから当然だ。

 それをカフェインと糖分で解消させる。

 その間に完成したラーメンが男の前にやって来た。開発中の新商品などではない普通のラーメンだが、やや味付けは濃くするように指示した。


「ううっ……うめえ……」


 溶け始めたバニラアイスの冷たくまろやかな糖分と、湯気が出てるラーメンの熱く舌に効いてくる塩分の悪魔的コンボに男は容易く屈した。さっきまで怒鳴り散らしていた態度はどこへやら、俺の顔も見ずに一心不乱にラーメンをすすっている。


「貴重なご感想、ありがとうございます!! それから、こちらの割引券をぜひお持ち帰りください!!」


 男が食べきらないうちに、間髪入れずに俺は割引券を男の手に握らせた。

 これ以上店に居座られるのと再び因縁つけにやって来られるのを防いで、今度は普通の客として来店してもらうためだ。


「割引券だぁ?」

「はい、当店の意識改革のためにご協力いただきました ご用意いたしましたオリジナルの割引券です! 次回からは気持ちよくご利用していただきたいという誠意のしるしでございます! もちろん衛生面にはこれまで以上に気をつけますので、それも再びご確認していただけましたら幸いです!!」


 こうして俺と男のトークの勢いは逆転し、文句をつける気をなくした男には気分よくお帰りいただいた。






 後日、俺は近隣の床屋や美容院と話をつけて、あるキャンペーンを実施した。


“ラー・メン食べた人は散髪割引!”

“散髪した人はラー・メン割引!”


“※同日散髪→のうぜん屋の順でご来店の場合はお客様の髪が落ちないように、事前に店頭のフラル・エアーで払い落としをお願いします”


 この相互キャンペーンにより店の客層の雰囲気は比較的向上した。髪を切ってさっぱりした気分のときに、クレームや文句をつけようなんて人間はいない。


 その後あの男がまた現れたという話は従業員から聞いていないが、ちゃっかり割引券は全部使われていた。

 おおかた髪切って風貌も変わって、常連の一人になってくれたんだろう。

 新メニューのラーメンアイスセットも大人気だし、ひらめきをくれたあいつにはむしろ感謝してやってもいいのかもしれない。


 ちなみに散髪キャンペーンの割引券は3%引き、男に渡したオリジナル割引券は5%引きだ。


 あ? もっと10%以上大盤振る舞いしろって?

 そういったクレームは全てお断りさせていただいております。



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