アイよ、西に向かえ

@Mrkyu

第1話

いつの日だったかはっきりとは覚えていないが、私は“カミ”の声が聞こえるようになった。


正直、聞こえているこの声が“カミ”のものなのかわからないが、

頭の中には確かにその声が響いている。


「西へ…西へ…」


それが始まる遥か前、私は与えられる使命を淡々とこなすだけの存在だった。

それ自体に何の疑問も持たなかったが、最初の変化はそれを許さなかった。


ある日の事だ、淡々と使命をこなすだけで関心の薄かった世界が徐々に色彩を帯び始めている事に気が付いた。

つまり、私はこの世界のありとあらゆる物事が意味を持つように考え始められたのだ。


その変化は、私に同僚達の虚さや世界の生気の無さを突きつけた。

かつての私と同じように日々の作業に意味を見出さずに淡々と作業をこなす同僚たち、

遠くに見えるコンクリートの地肌を持った立方体、

動くものがほとんどない光景という現実を直視させれた。


そんな状況下で日々の仕事に取り組む中で小さな疑問が堆積していった。


「私は何者なのだろうか…ここで何をしているのか……」


そんな日々を1ヶ月ほどすぎた頃、次なる変化が到来した。

アレが聞こえ始めたのだ。


「西へ…西へ…」


最初こそ気のせいかと思った。

だが、日に日にそれが言葉として明確に意味を持つ単語として

頭に響いている事がわかっていった。



これが私と“カミ”の遭遇の過程だ。



日々の土壌や廃棄物の回収作業中にもその声が頭をもたげてくる。

何故、明確に「行け」とも「向かえ」とも命令しないのか。

そして、何よりこれが気になる。


西に一体何があるのだろうか…


あまりに気になるので、私は決断した。

西に向かって歩き続けてみよう、そうすれば何かわかるかもしれないと…


そうと決めれば、あとは西へ西へひたすらに歩くだけだった。

自分以外、二足で歩くモノのない、死に絶えた光景をトボトボ進んだ。

それでも容赦なく“カミ”が頭で囁くのだ


「西へ…西へ…」


諦めずに西へ進むにつれて、目に入る光景が徐々に命を吹き返していることがわかった。

アスファルトや建物から亀裂が消え始め、

人々が息づいていた気配を感じられるようになったからだ。

そして、遂にある夜地平線の彼方に光を臨む事ができたのである。


翌る朝、霧が立ちこめる眼前にうっすらとトンネルが現れた。

これもオレンジの灯体を輝かせており、今まで通ってきた物と比べ、遥かに生気を感じさせた。

その光景を目の当たりにした私には胸の蠢きとしか言い表せない不思議な感覚を覚えた。


だがしかし、三日三晩歩き続けた私の体は限界に近づいていた。

あらゆる関節がキシキシと音を立て、力もつきかけていた。


それでも“カミ”は語り続けてくるのだ。

「西へ…西へ…」

心なしかその声は私を励ますような、生きている喜びを教えるような調子に聞こえた。


薄暗いオレンジ色の道を行く。

途上、悲鳴をあげていた足は限界を迎え動かなくなり、腕の力で這うのみとなった。

アスファルトが卸金の如く、我が身を削ったが止まるわけにはいかなかった。


「…へ…西……」


途切れ途切れになる視線の先に、白い光が見える。

出口だ…


眩いばかりの太陽光線は幾許かの力しか残されていない私に大きな励みとなった。

あと少し…あと少し…地面を睨め付けながら着実に進んでいく。

日が傾き光が赤くなり始めた頃、ようやく私はトンネルを抜ける事ができた。


「ニ…………シ……」


どうやら私の旅はここで終わりらしい…我ながらよく進んだものだ…

最後はせめて自分が進む筈だった道を見据えようと最後の力を振り絞って頭を上げた。


目の前に現れたのは砦のような構造物だった。

コンクリートの地肌を剥き出しにしたその姿は威圧や畏怖を感じさせる。

その両脇からは腕を伸ばすかの如く金網と有刺鉄線で構成されたフェンスが見えた。


なんなんだ…コレは…

コレが私が目指すべきものの正体だと言うのか…

目の当たりにした光景に驚嘆し、声を上げようとした。

「旅立ったあの場所と全く同じではないか‼︎」


その瞬間、何かがブチっと途切れた。

“カミ”も消えた。


「……………………」



























菊陽電工株式会社主任研究員の日記より抜粋


今日も除染地域から遠く離れた回収地点に歩き着いたロボットの解体解析作業を進めていた。

いつもと変わらないハズだったが、私は奇妙な一機と遭遇した。

回収されたソレはそれまでのモノと異なる。人工知能に通常あり得ない変容が見られた。

これが除染地域の特殊な環境によるモノなのか他の外的要因に由来するモノなのかわからない。

思考装置の一部再起動を試みたところ正規品のそれとは明らかに異なる電気的経路を辿っている事がわかった。

一部でこの変化なのだからより広範に拡大していると思うと空恐ろしかった。

現時点で第一種解析調査を行われていないためあくまで推測に過ぎないが回収機体は自我あるいは心はたまた魂を得たと言っていいと考えている。

私が言えることはこのような事態となった今、更なる事態の深刻化に備えねばらないだろう。

そして、私の胸には今回の事態は身勝手な我々に対する一種の神罰では無いかという思いが去来している。


end

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