2章

第9話 巻き戻された時間

 校舎の廊下に立っていると、何かがおかしいことに気がついた。

 それはデジャヴに似ていたけど、もっと………遙かに、強烈だった。


 正人は、ちょうど咲希子がジットリとした横目を向けながら、通り過ぎるあの瞬間に立っていた。金髪の少女がそばにいて、心配そうな表情を向けていた。


「正人、どうかしたの? お化けでも見たみたいな顔してるけど」


 正人は両手で、彼女の肩を掴んだ。


「マリアンナ、無事だったの!?」と、安堵の気持ちを隠せずに口走った。

「え? 無事って……なんのこと?」

 マリアンナ・キャヴェンデールは一歩下がり、困惑した表情を浮かべた。


「もちろん、なんともないわ。どうして無事じゃないと思ったの?」

 正人は何が起こったのかを理解しようともがいた。ほんの数秒前まで外にいてマリアンナは地面に倒れ、……死んでいたはず。

 なのに、いまは無傷で目の前に立っており、正人の反応に困惑している。てんで意味が分からなかったが、記憶は鮮明だった。突然の攻撃、魔道書、そしてマホウ――。


 稲妻のような悟りが正人を打ちのめした。


 とういう訳か知らないが、時が、あの最上級の不幸が巻き起こる前の、今この時、この瞬間に巻き戻されている。

 でもどうして? どうやって?

 魔道書が鍵であるに違いない。正人は目の前で、ひとりでに発動した呪文と輝くページを思い出した……


 それでも、ひとつだけ確かなことがある。

 今度は、何か違うことをしなければならないということ。この先に待ち構える出来事を、変えるために。

 浮かんでくる言葉もなかったけど、正人はマリアンナの手を掴み、急いで校舎の外へ向かった。もちろん、以前に通った道とは異なる方向へ行くためだ。


「正人、どこに行くの?」

 戸惑いながら、マリアンナが問う。


「後で説明する。今はここからできるだけ早く離れないと」

 焦りを隠さない声で答えた。


 帰宅を急ぐ中、正人はあの不吉な人物が再び現れるのではないかと、後ろを振り返らずにはいられなかった。


 でもあるのは、団地と民家の間を通るいつもの大通り。それと底の抜けたような、どこまでも青い空だけだった。

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