C2-5 香以て自ら焼く
「うえ、ごほっ」
放たれ出す、強い甘い匂いに進はむせかえる。進は魔力を感じないが、匂いとして認識することはできる。そして理解する。これから、本当の魔法使い同士の戦いが始まるのだと。
「来るよ!!」
10《テン》がラハムに駆け寄り、ハンマーを振り下ろす。ドガアアァンと粉砕用の重機の一撃のような、大きな音が鳴り響く。
ーー動きはそんなに早くないが、直撃はマズイな。
そう判断したラハムは弓を消し、新たな武器を生成する。
「
長さ1mを超える長槍。10を近づかせまいと、リーチのある武器で牽制にかかる。一方、10が動くのと同時に9《ナイン》がフォランに向かって大砲の球を高速で打ち出す。
「早い!?」
咄嗟に身構えるフォラン。だが、前もって危機を察知し、彼女の元へ駆けつけているフレナが手をかざす。
「
技の名前とともに、手から青白い防護壁が現れる。それは、9が放った大砲の球をガキィと弾き飛ばす。
「なるほどね。三つ編みは魔晶化で防御ができない、あの女を守るための役割か」
フレナは回復と防御を兼ねた魔法を使用できる。この世界において、二つの異なる種類の魔法を使用できる魔法使いは
「お返しよ!」
火炎が9に向かって放たれる。しかし、9は大砲を掃除機のように扱い、炎を吸い尽くしてしまう。
「な!?」
「あんたこそ、お返しをくらいな!」
吸い込まれた炎はフォランに向かって放たれる。吸収した魔法を自分のものとして発射する能力を、9は持っていた。
「任せて」
フレナは再度、青白い盾のような防御魔法を展開し、炎を防ぐ。一難は去ったが、状況はこちらが不利なままだ。
「9を倒したいなら近づくしかないよ!」
「くっ!」
明らかな挑発。見え透いた罠。しかし、どうにか対応しなければ、一方的に攻撃をくらうだけだ。
「ふん、来ないならこうするだけだよ」
9は10と交戦中のラハムに向かって砲弾を撃ち出す。
「なに!?」
かろうじて砲弾をかわすラハム。避けた砲弾が当たった壁には、深い深い穴が空く。
「自分の兵士もいるのに、お構いなしかい・・・・・・」
ラハムと10は、密着状態で戦っており、10にも砲弾が当たる可能性は十分にある。だが、代わりの兵がいるのだろう。躊躇いなく何度も砲弾を撃つ。
「くっ!?」
高速の砲弾とハンマー、両方が襲い掛かり、ラハム危機的状況に陥っていた。
「させない!!」
フレナが走り、砲弾からラハムを庇う。だが、今度はそのフレナを10が狙う。
「「させるか!!」」
ラハムが槍で、フォランが横から火炎で妨害することで、何とかフレナを守る。だが、9はターゲットをフレナからフォランに変更し、弾を打ち込んでくる。
「なに!?」
これも紙一重で何とか避ける。ゴシャアと砲弾が大地を抉る音が聞こえる。
「あのハンマーをまともにくらえば、フレナの防御でも防げない」
「大砲が邪魔ね。ちょっとでも陣形が崩れたら、即座に打ち込んでくる。ハンマーが受け止めきれないから、動いて避けるしかないのに」
敵が自由に位置やターゲットを変えて砲弾を撃ってくる限り、どうしても後手に回ってしまう。全員が密着して守りあえば大砲は防げるが、それでは10の格好の餌食になる。どうにかして9を破壊しなければならないが、罠のせいで9には接近できない。合流した二人は背中合わせで話し合うも、妙案は浮かばない。
「・・・・・・ジリ貧だね」
そんな状況をメリアは一人離れた位置からじっくりと観察、分析する。それは女王に不気味さを感じさせた。
「なんなんだあの金髪・・・・・・いつまで後方で待機してるんだ? 飾りか?」
先にあの金髪を狙ってもいい。だが、何もしてこない雑魚に構ったせいで、兵士が隙を狙われ、破壊されるのはリターンが合わない。次の手札があるとしても、一度消えた番号の兵士は半日ほど再召喚ができないのだ。ゆえに、女王はメリアを無視すると決める。
一方、ラハムとフォランの二人は、罠があるのは間違いないが、危険を承知で9番に突っ込むかどうか考え始める。だが、それとは別に、ここでも全く別のことに注意を払う進がいた。
ーーなんであんなところから別の匂いがするんだ?
先ほどから感じる、いくつもの甘い匂い。どうやら魔法の発動中に、強く魔力の匂いを感じるようだ。本人もそのことは薄々気づいていた。匂いはどれも甘いが、甘さだけではなく、魔法の種類によって、辛さや苦さも同時に感じる。そして、数分以上前から、左右前方の切り立った崖の上から、微かに香ってくる別の匂いを感じ取っていた。
ーーまさか、あの匂いは何かの仕掛けなのか?
恐怖で体が震える。だが、今ここで動かないとまずい。そう感じた進は、隠れていた後方から慎重に前へ走り出す。体を低くし、小走りで。メリアに駆け寄ったあと、進は小声で話しかける。その様子は女王も気づく。
「なんだ!? まだネズミがいたのか?」
女王は進を注視するが、首を傾げる。数十m以上離れてるとはいえ、魔力も覇気も何も感じない。本能的に木偶だと判断して、メリア同様に無視をする。おそらくこの城の生き残りか何かだろうと。
「進、どうして来た!? 後ろから敵かい?」
咄嗟に後方を向き、身構えるメリア。だが、進は落ち着けと言わんばかりにまっすぐにメリアを見つめる。
「違う! なんか、匂いが前方からいくつもするんだ。多分魔力だと思う」
「匂い?」
「あそことあそこ・・・・あと、あっちとそっちの四方向から、別々の匂いがするんだ」
進の言うことは冗談ではなさそうだ。とはいえ、戦い慣れしていない人間の発言。メリアは一瞬聞かなかったことにしようかと考える。だが彼女の培ってきた感覚が、その言葉を無視するなと警告を発する。
「匂いね・・・・・・」
進はいわば、淡水から海水に落とされた魚のようなもの。そんな魚が真っ先に感じるのは塩水の辛さ。つまり元の世界に無く、異世界にだけ充満している魔力だと。メリアの勘が、そう囁く。
「あの四箇所だけで間違いない?」
「う、うん」
「オッケー。後方に戻って。ここは危ないから」
進を後方へ帰すと同時に、メリアは三人の元へと走る。女王もそれに気づいてはいたが、囮だと思い、無視をする。女王は何もしてこないメリアを、完全に舐めきっていた。そして、彼女はフォランに耳打ちをする。
「フォラン、左側の崖の上一面焼き払って。伏兵がいるかもしれない」
「!?・・・・・・フォロー頼むわよ」
こくりとレジスタンス全員が頷く。長い年月をともに過ごした彼らは、疑問はあれど、無言で従う。
「焼畑の時間よ!!」
北東の切り立った崖に向かって巨大な炎が放たれる。それは瞬く間に、周囲を火に包みこむ。まるで大火災のように。
「あがああああああ!」
「ぎゃああああああ!」
燃え上がる崖から、二人の男の悲鳴が聞こえる。どうやら予想は当たったらしい。
「は!? なんで気づいた!?」
女王は驚愕する。絶対に見つからないよう、影も形も見えないところに配置していた伏兵。魔力も通常の魔力探知ではギリギリ感じられない、離れた場所を選んでいたはず。少なくとも女王とブリタは気づけないような距離だ。
「まさかあの女、探知系か!? いや、黒髪のガキのほうか?」
だが、何十mも離れた相手を感知するほどの強力な魔法なら、発動した時点で、気づくはず。味わったこともない状況に女王は困惑し、底気味の悪さを感じていた。
「ひええ!」
「に、逃げろ!」
反対側に隠れていた二人の伏兵は逃げる。自分も焼かれてはたまらないと、必死の形相で。
「逃げんじゃないよ! この役立たずども!」
その行動は女王の逆鱗に触れるが、お構いなしに走り去る。なぜなら男たちは、もう無力だからだ。四人の男たちの操る魔法の名は、四揃いの
出力は少量でも、常時魔法を発動させねばならない。その上、発動した四人はその場所から動くことはできない。だが、面倒な分、効果は非常に強力なものだった。レジスタンスたちが今後、その中身を知ることはないが。
「姉さん、どうして分かったの?」
「・・・・・・とんでもない拾い物をしたからかもね」
進のそれは、能力といえるほどのものではない。生まれつき鼻はいい方だが、魔力がない人間なら異常なほど強く漂ってくる匂いに、誰でも気づく。だが、元の世界では普遍的な特性も、この世界においては、悪党どもを地獄へ追いやる武器へと昇華する。
「あとは頼んだよ」
「任せてよ」
「引き受けた」
フォランがとラハムの二人が鋭い眼光を放つ。制限がなくなり、自由になったレジスタンスの双翼が、邪悪の命を
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