第11話 七瀬麗奈のキュンキュン大作戦 ①


 擬似的デートをした翌日、言い換えれば日曜日は、購入した物達を麗奈の部屋へと解放した。

 寂しかった麗奈の部屋も、一気に明るい雰囲気になった。

 まだまだシンプルな雰囲気ではあるものの、可愛いインテリアやディフューザー、そして雄也に選んでもらった置物などが置いてある。

 ちなみに、雄也に選んでもらった置物はベッドのすぐ傍に置いてあり、起きたら一番に「おはよ」と挨拶をするというルール付きだ。まあ、自分で勝手に課しているだけなのだが。


 一方、雄也も何も買わなかった訳では無い。

 麗奈の部屋に比べれば、歴も長いので部屋の装飾も進みまくっている。

 なので、正直買う物が無かったのも事実。

 だが、折角の麗奈との擬似的デートなので、さすがに買わないのはナンセンスだと判断した。

 麗奈のお願いで雑貨店巡り四周目に突入した際に、麗奈に選んでもらったぬいぐるみを自分のベッドへと置いていた。

 そして麗奈と同じく、起きたら「おはよう」と挨拶をするというルールを自分に課している。


 ◇◇◇◇◇


 月曜日。今日も今日とて、学校が始まった。

 一週間の始まりということもあり、何となく気だるく感じてしまう曜日なのだが、麗奈は楽しみでしかなかった。

 何より、同じクラスに家族が、片想い中の男の子が、いるのだから。


「麗奈おはよ〜!」

「ん、おはよ、桜!」


 座っている麗奈の元へ、周りを明るくするような声色で挨拶をするのは、――大園桜おおぞのさくらだ。

 男の子の友達は相変わらず居ないのだが、女の子の友達は居る。

 その中でも、特に仲良しで迷わず「親友」と呼べる存在なのが、大園桜だ。


「なんか今日、顔の調子良さげ?」

「へ?」

「いつもより可愛いなー、って思って!」

「もー、桜に言われてもなぁ」


 桜は、麗奈に負けずの美貌を持っている。

 麗奈が強すぎて「マドンナ」と騒がれることは無いものの、男子の中で密かに「第二のマドンナ」と称する者もいる程だ。

 銀髪セミロングの麗奈に対し、桜は黒髪ショートボブ。

 愛嬌たっぷりのその見た目は、時に幸せを振り撒き、麗奈と絡んでいる時は男子達の目線を独り占めしている。

 無論、麗奈の力もあるのだが、桜の力も確実にゼロではない。

 とにかく、麗奈が居なかったら「マドンナ」の称号は桜に与えられるのは確実な程の美貌を持っているのだ。


「私は全然だってばー。麗奈のが数倍可愛いって」

「んもう、そうやって自分だけ下げるんだから。桜も可愛いって認めなさい!」

「はーい」


 お世話好きな麗奈は、時折お母さんのような説教を混ぜてくる。

 そして、どこか機嫌が良さそうな麗奈を不思議に思った桜は、麗奈の顔を覗き込んで問うた。


「んね、なんかいい事でもあったの?」

「……ん、え?」


 唐突な質問に、麗奈は困惑する。

 いい事なんてありまくりだ。

 昨日も好きな人とデートしたし、一緒に模様替えをした。何より、家族になったというヤバすぎる事実がある。

 とにかく、最近はいい事尽くしで、だから学校に来るのも楽しみだった。


「怪しい反応……。やっぱりなんかいい事あったな!?」

「な、ないないない! ……なくはない、けど」


 桜が名探偵バリの推理をすると、麗奈も身振り手振りで拒否しながら、うっかり「なくはない」と真実を伝える。


「ふふーん、教えてくれてもいいんだよ?」

「……」


 そんな麗奈を逃さない桜は、「怪しい」と言わんばかりの視線で麗奈を見つめていた。

 その視線に、麗奈は耐えきれず頬をポッと赤らめると、


「……好きな人が出来ちゃったの」

「……え?」

「す、好きな人が出来たんだってば!」


 麗奈からの衝撃の告白に、桜はつぶらな瞳を更に大きくした。

 否、"大きく"なんてレベルじゃないかもしれない。

 親友ともなれば、さすがに麗奈の男子に対する毛嫌いを分かっている。


「……う、嘘でしょ!? ねえ、ほんとに?」

「……うん」

「えええぇぇ!?」

「ちょ、ちょっとそんなに大きな声出さないで!」


 未確認生物でも見たかのようなリアクションをする桜に、麗奈は頬を赤らめながら注意する。


「麗奈、男の子嫌いじゃなかったっけ……?」

「嫌いっていうか、うん。嫌いでは無いんだけど絡みたくない的な」

「な、なのに好きな人が出来たの……?」

「……うん。出来ちゃったの」


 桜からの問いに答えると、改めて恥ずかしくなってしまう。

「好きな人が出来た」なんて、一生言う予定が無かったのに。


「大ニュースだよこれは……」

「大ニュース……?」

「大ニュースすぎるって。麗奈の好きな人なんて男子はみんな気になるんじゃない?」


 全く、その通りでしかない。

 可愛い子の彼氏や恋人なんて、気になるのが当たり前だし、それが男子の性というもの。

 全員が「自分じゃないかな?」なんて淡い期待を抱いてしまう。

 ――まさかその想い人が、"冴えない男の子"なんて思わずに。


「いいなぁ……キュンキュンしちゃうなあ……」

「もう、私も恥ずかしくなってきたんだけど!」

「え、今更? ずっとほっぺ赤いけど?」

「……うるさい」

「んふふ、かわいいなぁもう」


 桜からの容赦ないからかいに、麗奈の頬は最高潮に赤くなる。

 が、親友から送られる「かわいい」程、信頼性がある言葉は無い。

 だから、「マドンナ」と騒がれる男子達よりも、よっぽど心地が良かった。


「でさでさ! ずばり誰なんですか!? 麗奈の"想い人"は!」


 そんな気持ちに浸っていると、お決まりの質問が桜から飛んでくる。

 頬を赤らめたままの麗奈は、誰にも聞かれないように、桜にそっと耳打ちをした。


「――雄也くんが、好き」


 心なしか、若干妖艶に聞こえるその声色。

 そして、想い人を聞いた親友の桜は、ネジで固定されているかの如く、固まった。


「……な、え、え……?」

「もう、聞こえなかった? ……恥ずかしいから言わせないで」

「き、聞こえたけど。うん、ちゃんと聞こえたけどさ……」


 聞こえた。ちゃんと「雄也くん」と。

 クラスの中に、雄也と名前の付く生徒は一人しかいない。

 今も、隅っこで外を眺めているあの冴えない男の子だ。

 その答えを確認するべく、今度は桜が麗奈へと耳打ちをする。


「"雄也くん"って、あの桜木雄也……?」


 桜が耳打ちをすると、麗奈は露骨に桜から視線を逸らし、「うんっ」と――恥ずかしそうに、首を縦に振った。


「えええぇぇぇぇ!?」

「ちょ……うるさいってば……!」


 桜は立ち上がって今日イチの大声を出して驚くと、再び麗奈がそれを制する。

 集まる視線に、桜は「てへへ」と軽く頭を下げると、相変わらず外を眺めたままの雄也へ視線を向けた。


 正直、あんまりまじまじと見たことがない。

 あまり関係が無かったのが理由なのだが、麗奈が惚れ込む存在ならさすがに話は別だ。


「……確かに、横顔は普通にかっこいいかも。黒髪も良い感じに無造作っていうか……」


 改めて雄也を見ると、素直にそんな感想が生まれてくる。

 目立たないだけで、しっかり見ればただのカッコいい男の子なのだ。


「後は雰囲気がいいかも……うん。優しそ……ってうわぁ!?」

「……ばか」


 眼前、雄也を見て感想を漏らす桜を、麗奈は強引に手首を掴んで座らせる。


「……ごめんってば。妬いちゃった?」

「……」

「可愛いなもうっ!」


 視線を逸らし、桜の質問を無視する麗奈。

 が、赤らめた頬を膨らませ、不服そうな顔をしているのが何よりの答えだった。


「にしても驚いたなぁ、桜木くんが好きなんだね」

「……うん。誰にも言わないでね」

「んふふ、言うわけないでしょ! 親友なんだから」

「えへへ、ありがと」


 衝撃の人物が出てきた所で、もう一つ気になることがある。

 それは理由だ。

 マドンナと称される程の美少女を、どうやってあの冴えない男の子が落としたのか。


「ちなみに、理由とかって?」

「……もっかい耳貸して」

「うんうん」


 そう言うと、麗奈は再び桜へと耳打ちを始めた。


「その、かっこいいのは勿論なんだけど……」

「……うんうんうん」

「この前ね、ナンパされた所を助けてくれてさ……」

「……な、ナンパされたのね。うんうん?」


 当たり前のように言う麗奈に、桜も「さすが」なんて思いながら聞き続ける。


「その時にさ、理由を聞いたの。なんで助けてくれたのーって……」

「かわ……うんうん」


「可愛いからに決まってんだろ!」と即答したくなるが、今はやめておく。

 麗奈の話が最優先だ。

 

「そしたら――『一人の女の子』として嫌だろって。なんかその日から、すごーくドキドキしちゃって……」

「……んぅぅぅ!!」


 耳打ちをされる桜は、大好物を頬張る子供の如く気持ちよさそうな表情をしていた。

 聞いているだけで幸せになれる、とはこの事だろう。


「何そのキュンエピソード、あんな感じなのにそんなことも出来るの!?」


 相変わらず外を眺める雄也を見て、桜はそんな感想を漏らす。

 

「ち、違うの桜。私が嬉しかったのはさ、『一人の女の子として』って言ってくれた所で……」


 麗奈がそう言うと、桜は雄也を見ていた視線を麗奈へと移す。


「んもう、大丈夫。分かってるよ。麗奈が『マドンナ』って呼ばれるのが嫌なことくらい、親友なんだから知ってる」


 そう呼ばれていたからこそ、そのせいで男子を毛嫌いしているからこそ、麗奈が「ナンパを助けてくれたから」なんて小さな理由で好きになるわけがない。

 そんな事は、親友である桜が一番理解していた。


「……えへへ、やっぱりさすがだね桜は」

「んもう、伊達に麗奈の親友やってないんだから! まぁ、桜木くんが好きなのはさすがに予想出来なかったけど」

「言い直さないで。恥ずかしくなるから」

「んふふ、ごめんごめん」


 相変わらず照れている、しかしどこか嬉しそうな麗奈を見て、桜は微笑んだ。


「でね、実は昨日デートに行った……あ」

「で、デート!?」


 流れのまま、思わず口を滑らせた麗奈は再び衝撃の事実を投下する。

 まあ、正直なところ隠すつもりも無かったので、そのまま話し続けた。


「そう、デート……なのかな。うん、デート」


 擬似的デートだったので、デートと言い切るのに少し罪悪感を感じつつ、逆に嬉しさもあったので割り切る。

 まあ、「家族だから」とはさすがに言えないのだが。


「で、ででで! 何があったの!?」


 目を輝かせて麗奈を見る桜。

「やっぱ桜も可愛いなー」なんて思いながら、麗奈は言葉を続けた。


「ん、まあ普通にお買い物しただけなんだけどね。……でさ、私のお願い、っていうか願望を聞いてほしくて」

「聞くよ、聞く聞く。聞かないわけない!」


 どこか恥ずかしそうに語る麗奈に、桜は目を輝かせて返答する。

 そして、麗奈は"願い"を口にした。


「――私ばっかりキュンキュンしてた気がするから……雄也くんにもキュンキュンさせたいなって思っちゃって……」


 部屋の模様替えが麗奈メインだった分、アクションも麗奈からが多かった。

 それに付随して、雄也からの返答や素振りも多くなり、そこに「キュン」を感じた回数も多くなったのだ。

 

「……乙女、乙女すぎる願い!!」

「もう、ちゃんと聞いてくれてる?」

「聞いてますよ、というか私がキュンキュンしちゃうんですけど……」


 さすがに可愛すぎる願いに、桜の心臓が先にノックアウトした。

 同性をも殺しかける麗奈の可愛さは、誇張抜きに犯罪級だ。


「だからその、雄也くんにもキュンキュンさせたいなーって……」


 周りに聞かれていない事を確認して、再び同じ内容を口にする麗奈。

 そんな麗奈に再度殺しかけられるも、何とか心を取り戻し、桜は答えを口にした。


「――よし、私がキュンした体験談を教えるからさ、桜木くんにもやってみようよ、それ」

「……へ?」

「だーかーら! 私がキュンって感じたことを、麗奈が雄也くんにやってみるの! 頑張れる?」


 桜は、麗奈とは違い恋愛経験が豊富な方だ。

 元カレは二人で、それぞれ歴が長かった。

 だからこそ、桜の恋愛観は正しいのかもしれない。

 女の子目線の「キュン」とはいえ、男の子でも共通する部分はあるはず。

 何せ、恋愛が全く分からない麗奈は、桜を頼るしかなかった。


「……が、頑張る! 頑張れる! 絶対雄也くんにもキュンさせる!」


 頬を赤らめ恥ずかしそうに、しかしどこか決意を宿した可愛い瞳で、麗奈は返事をした。


――――――――


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