第2話『私の消しゴム』

 書斎の椅子に座って、五時間ほど経っただろうか。


 私は、原稿用紙に書かれた「十字路沿いには、その屋根の頂点に十字架がそびえる教会。」という箇所を、なんとなく語呂が悪いと思って、消しゴムで消す。


 消しゴムと言えば、新品の状態から使う場合、私は一つの角をひたすら使うのが好きだ。


 小学生の頃、人に消しゴムを貸した時のことを思い出す。


 私は、綺麗に一つの角だけが取れて、ちょうど五角形になった消しゴムを使っていた。


 それを隣の子に貸した。


 すると消しゴムは、他の角をひとつ奪われて、六角形になって返ってきた。


 角がひとつ減るのは、まだマシな方だ。


 残り二つの角も使われる場合もあるのだから。


 丹精込めて、五角形にした消しゴムが、六角形はおろか、七角形、八角形へと変化し、予備の角がなくなってしまうのが、嫌だった。


 だが、それもまだマシだ。


 なぜなら、角を意識した使い方をされているのだから、持ち主に対する、尊敬と感謝の意が見て取れる。


 しかし稀に、美しい角たちへの無差別攻撃が行われる場合がある。


 無惨むざんにも角を失い、丸みを帯びて返ってきた消しゴム。


 これは、論外である。


 これをされると私は、その人とは、相容あいいれないなぁ、と感じ、それとなく避けるようになる。


 他人から借りたものは、大切にしなければならない。

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