ドワーフと少年

ひよこもち

ドワーフと少年




 灰色ドワーフと人間が、旅先で親しくなりました。

 島へむかう観光船に、偶然乗り合わせたのです。


 人間の少年は、甲板のベンチに腰をおろしてジュースを飲もうとしたのですが、瓶のフタが固すぎて困り果てていました。そこへ通りかかったドワーフが、ひょいっと瓶をとりあげて、自慢の腕っぷしで軽々と開けてやったのです。

 ドワーフがベンチのとなりに座り込んで、青ざめた顔をして頭を押さえていましたら、人間の少年は自分のカバンをあさって、酔い止め薬をわけてくれました。

 元気になったドワーフは、ヒゲ面でニィッと笑いました。


「俺ぁ、灰色山のドワーフだ。あの山にはドワーフ族しかおらんでな、人間に会ったのは今日が初めてだ。これは人間の薬か?いい薬を作るじゃねえか!」

「ぼくも、ドワーフに会うのは初めてだよ。すごく力持ちなんだねえ」


 すっかり意気投合した二人は、一緒に島を観光しました。

 別れ際、お互いの肩を抱きながら、涙まじりに約束をしました。


「俺ぁ、すっかりお前さんが気に入った。きっかり三年後、またこの島で会おうじゃねえか」

「ぼくも、君のようなドワーフと友人になれて嬉しいよ。きっとまた、ここで会おう」



 灰色山に帰ったドワーフは、三年後の日付を紙に書いて、寝室の壁に貼りました。

 毎晩、眠る前にその紙をながめて、カレンダーにバツ印をつけます。鉱山の仕事は厳しいですが、この約束があるから、ドワーフは頑張れます。リーダーが押しつけてくる過酷なノルマにも、同僚たちの嫌がらせにも耐えられます。以前はすぐカッとなって職場を飛び出してしまっていたのですが、とても忍耐強くなりました。旅行から戻って以来、別人になったようだと、せっせと働くドワーフをみんな驚いて眺めています。

 ドワーフは、お金を稼ぐことに決めたのです。

 次に会うとき、人間にお土産を買っていってやろうと考えているのです。

 あいつは、物語を書くのが趣味だと言っていた。ドワーフ族の細工師にしか作れねえ特別な万年筆は、すべりがよくて魔法のようにインクが切れないってんで、他種族の有名な文豪先生まで買いにくる。あいつも喜ぶにちがいねえ。

 ドワーフ族の細工物はとても値が張ります。ひとつひとつ、職人が己の魂を叩き込むので、多くは作れないのです。しかし、値段以上の価値があります。

 早朝から夜中まで、鉱山での厳しい労働に耐えぬいて三年。

 とうとう、約束の日がやってきました。

 真面目に働いてきたドワーフは、いまや班のリーダーを任されて、部下が五人もできました。荒っぽいけれど、気のいい連中です。いそいそと休暇届を出したリーダーを、ビールの大樽をあけて盛大に送り出してくれました。



 約束の島へむかう、船のなか。

 ドワーフはソワソワしながら歩き回りました。

 まだ集合場所ではありませんが、島へ渡る観光船は限られています。おなじ便に乗っているかもしれないと思ったのです。

 少年の姿は、見当たりません。

 気が早すぎたな、と頭をかいて、ドワーフはベンチで酔い止め薬を飲みました。



 島へついたドワーフは、まっすぐ丘のてっぺんを目指しました。

 てっぺんにある展望広場の、巨大なオリーブの木陰のベンチが、集合場所です。

 ベンチに腰をおろし、三年前と変わらない島の自然を見下ろして、ドワーフは友人を待ちました。膝にのせたリュックには、腕利きの細工師がつくった高級万年筆が入っています。慣れない手つきでドワーフ自身が巻いた、黄色いリボンがついています。

 頭上でまぶしく照っていた太陽が傾いて、西の海へ沈んでゆきました。

 星が輝きはじめました。

 夜の闇のむこうに、灯台の光がまぶしく見えました。 

 展望広場のベンチには、ドワーフが一人、ぽつんと座っています。

 少年の姿はありません。

 ドワーフがベンチに腰をおろしてから、たくさんの観光客が広場を訪れました。人間もたくさん来ました。けれど、ドワーフが待っているあの少年は、姿をあらわさなかったのです。

 ドワーフはカレンダーを確認しました。

 日付を間違えたんじゃないかと、不安になったのです。

 約束の日は、たしかに今日です。

 広場の中央に立っている時計を見上げます。はまだ、何時間か残っています。けれど、本日最終の観光船は日没前に港に到着しています。

 ドワーフは、むしゃくしゃしてきました。

 膝のうえのリュックから黄色いリボンのついた箱を掴みだすと、海にむかって力まかせに振り上げました。

 でも、思い直しました。

 すぐにカッとなるのは、自分の悪い癖です。この三年間で学んだことです。

 箱をリュックに戻すと、ドワーフは丘をくだりはじめました。来たときとは正反対に、地面を睨んで、とぼとぼ降りていきました。

 宿につくと、カウンターの奥の主人が「おや」とドワーフの顔を見ました。三年前にも利用した同じ宿屋ですが、まさか、覚えていてくれたとは。驚いているドワーフに、宿の主人が「ちょっと待っていてくださいね」と、奥からなにかを持ってきました。

 ちいさな、紙包みです。


「お預かりしていたんですよ。お渡しできて、よかった」

「俺に?」

「ご友人からです。人間のお客様です」


 はっとして、ドワーフはひったくるように紙包みを受け取ると、引きちぎるように開けました。焦ってうまく動かない手で、ようやくほどいた包みから、一冊の本と、手紙がでてきました。


 少年からの手紙でした。

 約束を守れなかったこと、直接会えないことを謝っています。会えない事情があるのです。一緒に入っていた本は、少年が書いた本のようです。児童向けの小説です。少年が、出版した小説です。

 手紙を握りしめたまま、ドワーフは茫然としました。

 そうだ。

 どうして忘れちまってたんだ、俺ぁ。

 こんな、単純なことを。


 人間は、エルフの言葉で「儚きもの」と呼ばれます。ドワーフ語では「死を急ぐもの」。

 すぐに死んでしまうからです。動物と一緒なのです。

 昔は人間たちも、長生きでした。エルフほど馬鹿みたいな歳月を生きたりはしませんが、ドワーフの半分くらいの寿命がありました。けれどいつからか、急速に年をとるようになったのです。神に嫌われたのだと司祭さまが話していました。我々は正しく生きねばならない、さもないと神の怒りに触れ、人間たちのように短命になってしまうぞ、と。

 ドワーフの三年は、人間にとっての六十年です。

 灰色山には、人間がいません。

 だから、思い出しさえ、しなかったのです。

 ドワーフは、本を見ました。

 冒険物語のようです。船で出会った人間とドワーフが、一緒に旅をするのです。表紙には瘦せっぽっちの人間の少年と、ヒゲ面のドワーフが描かれています。肩を組んで、楽しそうに笑っています。あの日の自分たちと一緒です。

 宿のベッドに寝転んで、ドワーフは本を読みました。

 夢中で読み進めました。

 そんなに長い話ではありません。終わりまで読んでしまうと、ドワーフはまた最初のページにもどって、はじめから読み直しました。名前と舞台こそちがいますが、三年前の自分たちが、本のあちこちに溢れています。ぽろぽろ涙をこぼしながら、何度も何度も、夜が明けるまで読んでいました。


 朝、真っ赤な目をこすると、ドワーフは船に乗りました。

 人間の住む町へ、友人の眠る土地へむかうのです。

 リュックの中で、黄色いリボンを巻いた万年筆がコトンと音をたてました。








 

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ドワーフと少年 ひよこもち @oh_mochi

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