十三言目 柚木原さんとショッピング

「……ねえ、咲楽。ヤバいこと言っていい?」

「普段の柚木原さんもっとヤバいこと言ってるけどね」

「それは許可って捉えていいの?」


 私達は二人でダンジョンじみた御殿場アウトレットを歩いていた。買い物とかの用事がある椿樹は同じくスポーツショップを見て回りたい柚木原さんのお父さんやそれについて行ってなにか買ってもらおうと画策する一葉ちゃんと一緒で、適当で目的もない私達は分かれてブラブラとその辺を歩いていた。ウィンドウショッピングとさえ言えないぐらい適当に歩いていた。


「それでさ、ヤバいこと言うんだけど」

「許可制から宣言になったね」

「私、人が多い所めちゃめちゃ嫌いなんだよね」

「知ってた」


 「あー今すぐ帰りたーい」なんて言いながら彼女はふわぁとあくびする。「言い出しっぺ柚木原さんじゃん」と言うと、彼女は「まあそうなんだけどさぁ」とケタケタ笑う。


「じゃあなんで言い出したのさ」

「いや、たまには遠出もいいかなって」

「その結果帰りたくなったら本末転倒じゃん」

「返す言葉もございませんって感じ」


 「計画性皆無かぁ」と頭を掻きながら呟くと柚木原さんは「乗った方も乗った方じゃん」とまたいたずらっぽい笑みで返す。今度は私が返す言葉もなくなった。


「それで、どこ行くの?」

「そうだなぁ……あ、あそことかどう?あの始祖鳥みたいなマークの、大学デビュー御用達のやつ」

「あー、なんて名前だっけ。あーく……なんたら?」

「そう、そんな感じのとこ。見に行かない?」


 「父さんからはたっぷりお小遣いせしめたしさ」とクラスではあまり見ないような長財布を揺らして笑う柚木原さん。「悪い子だね」と私も笑うと彼女は少し得意気な顔をする。


「あ、なんか奢る?」

「良いよ、私もそこそこ貰ってきたし」

「なんだ、せっかく貢げるチャンスだと思ったのに」

「私キャバ嬢か何かだと思われてる?」


◇◇◇


「……結局買わなかったね」

「ねー。あの登山靴とか超好みだったんだけど」

「ちなみにアウトドアとかの予定は?」

「ないよそんなの」

「まあそんな気はしてた」


 「じゃあ次どこ行く?」とパンフレットを開きながら私は柚木原さんに尋ねる。うーん、と顎に手を当てて悩んだ彼女は「あ」とパンフレットの一角を指差した。


「クレープ食べようよクレープ」

「良いよ。それにしても柚木原さん甘いもの好きだよね」

「うん。どうせ食べても行くのは胸だし」

「わー、すぐ死にそう」


 「27だったらロックスターなんだけどなぁ」と彼女は冗談めかして笑い、そしてクレープ屋の方を指差して私の手を引いた。


「咲楽何にする?」

「私ストロベリーかなぁ」

「じゃあ私チョコバナナー」


◇◇◇


「……だからさぁ、文化祭でメズマライザーやんない?私ミクちゃんやるから咲楽がテトちゃんやってさ」

「いや歌うのまでやるのは正気じゃなさすぎだって」

「いや咲楽ならいけるって!声めっちゃいいじゃん!」

「なんか柚木原さんに言われると腹立つ」

「いちごベリーミックスとチョコバナナファウンテンでお待ちのお客様ー!」


 私と柚木原さんが文化祭の策略を練っていたところで店員さんに呼ばれ、私達は少し駆け足でキッチンカーの方へ寄っていく。


「お会計1500円になりますー」

「現金で」

「……はい。確かに丁度お預かりしました、こちら商品となりますー」


 「またのご利用お待ちしてまーす!」と頭を下げた店員さんを背に私達がベンチに向かっていると、丁度クレープ屋さんの方へ向かってきた柚木原さんのお父さん達のグループとばったり遭遇した。手に持っている紙袋は一葉ちゃんの奴だろうか。


「ああ、彩花達も来てたんだね」

「うん。父さんはなんで?」

「少し小腹が空いてね。そしたら一葉がクレープを食べたいと言い出すものだから」

「柚木原さん、味覚は姉妹でそっくりなんですね」

「……あー、そうかも」


 そして柚木原さんのお父さんは適当なテーブルに紙袋を置くと、キッチンカーの方へ注文しに行く。ツナクレープ二つと、チョコバナナ一つ。多分チョコバナナが一葉ちゃんの分で、ツナクレープが男性陣だろうか。彼を待っている間に、私はホクホク顔の椿樹に声を掛けた。


「どうだった?柚木原さんのお父さんとのショッピング」

「超楽しかった。あの人超物知りでさ、俺が知らないJリーグとかの話めっちゃしてくれんの。多分父さんとも話合うんじゃないかな。……あ、そうだ、それと──」

「二人共待たせたね。これが椿樹くんで……こっちが一葉だね」


 話は一旦クレープで中断され、「いただきます」と三人は美味しそうにクレープを頬張っている。そしてその途中。「そうだ」と柚木原さんのお父さんは何かを思い出したように顔を上げた。


「実はここ、温泉付きのホテルがあるらしくてね。晩御飯も食べていくとなると帰るのがだいぶ遅くなる。咲楽ちゃんと彩花さえ良ければ今日はここで一泊していかないかい?もちろん部屋は二つ取るよ」

「……私は構いませんけど」

「私も別に良いかな」

「良かった。実は咲楽ちゃんのご両親には既に連絡してあるんだ。それと、もし着替えとかが必要だったら遠慮なく言ってほしい。僕のわがままみたいなものだからお金は出すよ」


 思いがけない提案に私は少しテンションが上った。ついこの前も柚木原さん家泊まったな、とかも思ったが、こういう泊まり行事は幾つあってもいいものだし。

 そしてとことんご厚意に甘えることにして柚木原さんと着替えを買いに行こうとしたところで柚木原さんのお父さんは「晩御飯は一応「さわやか」を予約してあるからね」と声を掛ける。デキる大人とはとことんデキるらしい。

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