第10話 遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)

 ギルダンが渡した遺品レリックは2つあり、1つはサンタナの記憶を見ることができたカセットテープ、もう1つは「トノーキ君の旅絵日記」という題名の絵本。


 クレアとギルダン両者ともに、絵本にも異能力が適用されると考えていたが、どうやら絵本には適応されないようだ。


 クレアが異能によって意識を失ったことを鑑みて、今回も倒れると予想し駆け寄るギルダンだったが、異能が不発に終わり両者は目を合わせる。



「あれ、能力が発動しない」

「どうしてなんだ?」



 予想だにしていなかった結果に、2人の頭の上に疑問符が湧く。


 クレアは、表紙を開いたときに落ちた小さな紙を頭上に疑問符を付けたまま拾いあげる。


 かなり色褪せボロボロになった紙には、「あなたを導く光となるでしょう」と走り書きで書かれていた。



「どういう意味だと思う?」

「……、この本、もしかしてだけど世界に散りばめた遺品レリックを探す手掛かりなんじゃないか?」

「……在り得る」

 


 サンタナがこの絵本を敢えて思念を込めず遺品とした理由は、ギルダンが予想した通り遺品レリックを探す手掛かりであり、絵本の主人公「トノーキ君」が訪れる国は、実際の国の風景を元にしている。


 つまり、絵本に沿って旅をすれば、全ての遺品レリックの読み取ることができるのだ。

 


「この絵本が手掛かりなら、遺品レリックを探す準備は概ね揃った。あとはクレアの覚悟だけだな」

「私の覚悟……」



 クレアは俯き口籠る。


 ギルダンとの話が進んでいく中、クレアは非現実的な話に旅をすることを躊躇している。


 養護施設という小さな世界で生きてきたクレアには、広大な世界を旅することに恐怖を感じる上、世界を旅するヴィジョンが全く想像できないのだ。


 サンタナが思念を込めた遺品レリックを遺して突然蒸発した理由や、サンタナの身に起こったことを知りたいのはやまやまだ。


 しかし、クレアにとって即決できるほど簡単な話ではなかった。



「ギルダン、1日だけ頂戴。覚悟を決める時間が欲しいの」

「……わかった、明後日の早朝5時、君の家の前へ向かいに行くよ」

「ありがとう」



 ギルダンはデスクから自動車の鍵を取り、クレアを連れて車庫まで降りる。


 ケーヴィン J-46、 グラーク国発祥の高級車メーカーが初めてオーダーメイドのカスタマイズ車。


 ケーヴィンは公道をスイスイと走り、徒歩30分かかる距離を5分で到着するほどのスムーズさである。


 ギルダンは家に入るまで見送った後、事務所に戻った。



       □□



 ギルダンと分かれてから12時間後、食事もとらず天井を見つめながらただ仰向けで寝ていた。


 無機質な味でお世辞にもおいしいと言えない病院食を食べた以来何1つ口にしていないが、なぜだか空腹を感じない。


 クレア自身サンタナの過去を知りたいと思っているが、はたして危険を冒してまで世界を旅するほどの欲なのかと考えてしまう。


 12時間ぼんやり考え続けるが、その答えは一向に浮かんでこなかった。


 これ以上は無理だろうと上体を起こし浴槽に向かおうとした時、錆びついて使い物にならないインターホンが奇声を上げる。


 夜8時に来客、考えられる人物はギルダンもしくは不審者の2択。


 しかし、12時間稼働させていた脳みそでは、身を守るという考えに至らずチェーンを外し扉を開ける。


 扉の先には、ギルダンでもなければ不審者でもない、ハイスクールの同級生リーダが立っていた。

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