第9話 絵本の惹力(じゃくりょく)

 病院で身支度を整えていたクレアだが、待ち合わせ時刻を15分オーバーしてギルダンに指定された目的地に到着する。


 目的地の表札には、アーバー国グラーク拠点と書かれていた。


 アーバー軍事国とグラーク国は同盟国を結んでおり、グラーク国にも軍事拠点が存在している。


 事前に渡されたコードを入力して扉をくぐり、エレベーターに乗って最上階に到着すると、そこには見覚えのある巨漢がたっていた。


 クレアは巨漢たちに扉を開けてもらい中に入ると、そこには、外を眺めるギルダンの姿があった。



「今日は御足労いただきありがとうございます」

「ギルダン、敬語はなしって約束忘れたの?」

「すっ、すまないクレア。今日は来てくれてありがとう」



 ぎこちないタメ口に、クレアは小さく微笑む。


 ギルダンは誤魔化すように咳ばらいをした後、クレアを大きなソファーに誘導し、ガードマンにお茶を用意させる。



「今日は、サンタナから預かった手紙の内容を元に話させてもらうよ」

「お願いするわ」

「以前にも伝えたが、君には特別な力が備わっている」

「以前ギルダンが言っていた、残思読術……ていうのが私の能力なのよね」

「そう、思念が込められている物に触れると、思念に込めた記憶や過去を体験・観ることができる」

「実際にお母さんの視点で過去を観たから、理解はできる」



 ギルダンの話を聞きながら顎に手を当て、ここ数日で起こった出来事を振り返ったクレアは、改めて体験したことの異常さをしみじみと感じ、そして能力について疑問が浮かぶ。


 

「でも何でお母さんはこの能力を私に授けたんだろう」

「サンタナはクレアに過去を知ってほしいんじゃないか?」

「何のために?」

「それは……わからない」



 ギルダン宛の手紙には、クレアの特別な異能力とレリックを世界に散りばめたこと、そしてクレアに襲い掛かる危険から守る守り人としてギルダンが選ばれたことなど、表面的かつ端的に書かれているだけだった。


 話が詰まり、空気の淀みを感じたギルダンはすかさず話を変える。



「昨日襲ってきた君の義母だったナレスのことだけど、彼女は遺されたアーティファクターと呼ばれる殺人集団の一員らしい」

「殺人集団……」

「君の義父もやられてしまっただろう」

「そんな……。でもどうして私の命を狙うの? 殺人集団と私に何の関係が……」

「君の異能と関係があるのかもしれない」



 人間、命を狙われているときに抱く感情は2択に絞られる――死に満たされる喜びと死に怯える恐怖。


 殺人集団に1度命を狙われたら、これからも襲われると考えるのが普通である。


 クレアも例外ではなく、つい最近味わった恐怖を継続的に感じ続けると考えてしまい、足先から震え上がる。


 クレアは恐怖に負けまいと脳天まで震えが上がりきらないよう立ち上がり、外の景色を眺めようとデスクの横を通った時、サンタナが遺した絵本を見つける。


 絵本の引力に惹かれ目が離せなくなったクレアは、身体を反転させ母親が遺した絵本に手を伸ばす。


 その行動に気付いたギルダンはクレアに呼び掛ける。



「クレア! また能力が発動するぞ」



 手を伸ばすクレアの姿を見ていたギルダンは、また話が中断されることを恐れクレアが能力を発動するのを止めようとするが、言葉を放ち切った時にはすでに中指がトノーキの顏に触れていた。



『まずい、能力が発動する!』



 急いで立ち上がり、能力発動によってクレアが倒れることを知っていたギルダンは支えようを近づくが、クレアは倒れる気配もなく手のひらを表紙に当てていた。


 アーバー軍事国の調査では、常人がこの絵本に触れようとすると、本の表面に薄膜のシールドのようなものが発生し、一読できなくなっているそうだ。


 しかし、クレアが触れようとすると薄膜は発生せず、表紙触れることに成功する。

 


『どんな絵本なんだろう』


 

 初めて触る絵本に既に恐怖心は消え、胸を躍らせながら表紙を開くと、中から小さなボロボロの紙が宙を舞い軽やかに着地する。

 

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