第5話 遺された灰《アーティファクター》①

 朝曇りで薄暗い部屋。


 セロトニンでモチベーションを上げているクレアにとって、曇りは天敵である。


 洗顔、化粧水、美容液に乳液を済ませたクレアは、化粧ポーチを片手に持ち、鏡に向かう。


 薄暗い部屋で行う化粧は、なかなか思う様にいかないようだ。


 何度やっても上手くいかないアイラインに痺れを切らしたクレアは、ベースメイクと眉毛、そして色付きグロスを塗って、アイロンで軽く髪を巻く。


 最後に姿鏡で全体を整え、玄関に向かう。



「ママ、そろそろ行ってくるね」

「あら、今日はギャルメイクじゃないのね」

「今日化粧乗り良くなくて」

「そうなのね。今日雨降るから傘持って行って」

「わかった、じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」



 義母のナレスと他愛のない会話を交わし、少し重いドアを押し開け、気怠い気分を撥ね退けるように一歩踏み出す。


 しかし、今日クレアが向かっている場所はスクールではない。


 しっかり制服を纏い、ある程度化粧をした状態で家を出たのは、ただ母親ナレスをだますためだけである。


 いつも直進する大通りを右折し、その先に見える大きな山を登り始める。


 迷いなく進み続け、気づけばクレアが住む町が一望できる高さまで登っていた。


 そこには朝露でキラキラ光大草原が広がっていた。


 クレアは草原の中央にあるコテージに足を運ぶ。


 この山はクレアと実母のサンタナの思い出の地である。


 幼い頃に蒸発した両親との記憶は数少ないが、覚えている記憶の中でもこの山で遊んだ記憶が最も色濃く残っている。


 草原中央のコテージに入ると、両親と3人で昼食を取っていたシーンを思い出し、埃かぶったテーブルを人差し指で軽く触れる。


 コテージの小さな窓を覗くと、その先にはさらに草原が広がっていた。


 荷物をコテージの扉に立て掛け、コテージ奥の草原に足を踏み入れる。



『ここ……、久しぶりに来たな』



 コテージ奥の草原には沢山の蕾が広がっていた。


 クレアがその蕾に近づくと、蕾はゆっくり開き、完全に花が開くと周りの蕾も花開き始めた。


 次々に割き始めた蕾は、クレアを中心に円心上に花が咲いた。


 この花は奇跡の花と言われており、人が近づくことで花が開きそれが伝播していく花だが、名前が登録されていない。


 その場に座り込んだクレアは、奇跡の花を摘み取り花冠を作って頭に乗せる。

 花摘みの懐かしさにふけっていると、クレアの正面から草が揺れる音がした。



「だれ?」



 誰も踏み入れない山頂付近に、自分以外の誰かがいることが恐怖でしかなかった。


 クレアは勢いよく立ち上がり後ろに後ずさる。



「クレア! こんなところで何しているの?」

「ママ!? そっちこそなんでここに?」



 草原に現れた人物は、予想外のナレスであった。


 この山と草原は実母サンタナとの思い出の地であり、義母ナレスに一度も話したことがない。


 しかし、ナレスはこの場所を知っている。


 つまり、ナレスがクレアとサンタナの関係について詳しく知っているということになる。


 ナレスの登場に、クレアは恐怖を感じ再び後ずさりする。



「なんでここにいるってわかったの?」

「なんでって、女の勘かしら」

「茶化さないで正直に話して!」



 少しずつ歩み寄るナレスの足もとに咲く奇跡の花が、次第に枯れていく。


 空気のひりつきに、クレアは耐え切れず振り返ってコテージに走る。


 コテージまでの距離はたった20メートルちょっと、だがこの20メートルが果てしなく遠く、地面を蹴っても蹴っても体が前に進まない。


 身体が気持ちに追い付かず、残り数メートルのところで足がもつれ倒れこむ。


 朝露で泥濘るんだ地面が、クレアを掴んで離さない。


 泥と格闘するクレアの元に、ナレスがついにたどり着く。

 


「……はぁ、これ以上隠すのは無理そうね」

「こっ、来ないで!」



 クレアは、身を守るために何か持っていないかとポケットから取り出したものは、ギルダンからもらった名刺であった。


 クレアの行動を警戒していたナレスは、腰に巻いていた鎖で名刺を粉々に切り刻む。



「残念ね、こんなものしか持ってないなんて」

「ママ、正気に戻って!」

「正気? これが本当の私よ。アーティファクター第三部隊隊長 ナレス・ギィだ」

 


 入れ墨の髑髏、眼光赤く光る。

 

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