第4話 月消える夜

 真っ白で無機質な天井。


 目の端に映る数多のトロフィーに気付き、自身がいる場所が学長室であると理解する。


 左手には腕時計や大きな火傷痕はなく、自身の意思で動かせることを確認し、上半身をそっと起こす。


 窓の外は橙色に色づき始め、体にかけられていた上着も橙色に染められている。


 ガラガラ――学長室に入りクレアの目覚めに気付いたギルダンは、少し微笑んだ様子で近寄る。



「お加減はいかがでしょうか」

「軽い頭痛はありますが、大丈夫です」

「それはよかった。それで、目覚めた直後に不躾な質問で恐縮ですが、このカセットテープに触れた後、何か夢のようなものを見ませんでしたか?」



 質問から、ギルダンが確実に何かを知っていると感じ取ったクレアは、正直に答え真っ向から質問を返す。



「はい、私の母サンタナの視点で、過去の記憶のようなものを見ました。これはいったい?」



 もう少し慌てて答えると予想していたギルダンは、クレアの冷静な回答に驚くが、クレアの真剣な眼差しに、ギルダンも誠心誠意応える。



「今あなたが体験されたものは、かなり特殊なものです。あなたが持つ思念を読みとる能力”残思読術”によってカセットテープに残るサンタナの思念を読み取り、記憶の断片を見たんです」

「思念を……読み取る? 残留思念……」



 ギルダンの誠意にクレアも応えようと真剣に話を聞くが、頭の辞書に存在しないワードに頭がパンクする。


 クレアの頭がパンクしたのは学力の低さに起因している。


 クレアが通うピューラ学園高等学校は、今でこそ世界に名が通る名門校だが、名門校になったのはヴィーラが学長に着任してからである。


 ヴィーラが着任する前は、学力のない生徒が集まる馬鹿の集まる学校であり、クレアも該当しているため、今回パンクしていしまったのだ。



「すみません、一気に話過ぎましたね」

「私の方もごめんなさい。ちょっと疲れてるのかも。また後日お話を聞くという形でもいいですか?」

「わかりました」



 平静を装っていたクレアだが、思念を読み取って母親の記憶を見るという未知の体験により心身ともに疲弊していた。


 クレアはギルダンに上着を返し、扉に向かい歩き出す。



「クレアさん、これを」



 取っ手を握る直前ギルダンの呼びかけに振り向くと、羽織った上着の内ポケットから名刺を取り出す。


 作法を知らないクレアは片手で名刺を受け取り、黙読する。



「困ったことがあった時は、この名刺を破ってください。すぐに助けに行きますので」

「ありがとうございます」



 クレアは深めにお辞儀をして、素早く学長室を出る。



          ▽



「お帰りなさい、遅かったわね」

「……友達と勉強してたの」



 学長室の件で帰りが遅くなったクレアは、玄関に顔を出した義母のナレスに、咄嗟に叱りづらい嘘を付く。


 義母のナレスは、クレアが15歳の頃に養護施設から引き取った恩人である。


 子供に恵まれなかったナレスは、クレアの頭頂部で左右に分かれた金色と赤色のツートンカラーの髪型に一目惚れしたそうだ。

 


 「先にお風呂入ってくるね」



 疲れた体を癒すため、食事よりも先に入浴を選び、制服をリビングのソファーに掛け脱衣所に直行した。

 


――――――――――――――


 クレアの脱いだ制服をナレスがソファーから持ち上げたとき、スカートのポケットから何やら小さい長方形の紙が舞い落ちる。


 片膝を曲げながらゆっくり拾い上げ、名前の書かれた紙に目を通す。



『ギルダン・ウォード……、陸軍の男の名刺がなぜ? ……まさかっ』



 何かに気付いたナレスは制服をソファーに投げつけ、右ポケットから小型無線機を取り出す。


 右手にはめたブレスレットを無線機にかざし、番号を入力する。



「コード385、ナレス・ギィ。観察対象クレア・フィールホールに、サンタナの関係者であろう人間が接触したことを報告する」

「……観察対象の強奪をワーストとし、可能であれば無傷で観察対象を連行及び接触者の排除、不可能の場合は脳みそと心臓を傷つけなければ殺した状態で連行しても構わない」

「承知いたしました。コード386との共同作業で実行します」

「成功を期待する」



 今宵、満月は曇天に消える。

 


――――――――――――――

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