第2話 映像遺品《ビデオレリック》

 絵本のタイトルは「トノーキ君の旅絵日記」、表紙には星型のブローチを大空に掲げた青年が描かれている。


 そして、絵本が包まれていた布の内側には、「メモリー」と書かれたカセットテープが入っていた。



「クレアさんこの本とカセットテープに見覚えは?」

「……記憶にありません。昔住んでいた家には絵本自体なかったですし、音楽デッキも持っていなかったので、見覚えはないと断言できます」



 クレアの言葉通り、貧乏だったフィールホール家には玩具や絵本などの幼児向けの道具が一切なく、自然の中で育った。


 18歳になり成人に近づいているクレアだが、なぜだか手に持っている絵本から目が離せない。


 絵本を読みたいわけではないが、絵本の奇妙な魅力にひきこまれる感覚をクレア自身感じていた。


 絵本に興味津々なクレアを見ていたギルダンは、クレアに絵本の黙読を提案する。

 


「クレアさん、読んでみますか?」

「でも、これって遺品なんですよね? 素手で大丈夫なんですか?」

「そもそもクレアさんの手に渡った時点で既にあなたの所有物ですから、どのように扱っても構いません」



 素手で触る許可を得たクレアは、多量の唾を喉を鳴らしながら飲み込む。


 母親のサンタナがこの絵本を遺品に選んだ意図が推測できず恐怖を感じているが、それでも最初に抱いた興味には勝てなかった。


 クレアは絵本を取り出すため、邪魔になりそうなカセットテープを掴むように触れる。


 すると、クレアの右手がカセットテープに触れた瞬間、手のひらから肩に向って勢いよく白い光が駆け上がると同時に、クレアの視界がブラックアウトする。



          ▼



『……まっ、眩しい』

 


 外の光に照らされ赤く色づく瞼を開くと、その先には大海が広がっていた。



『えっ、此処どこ? 私さっきまで学長室にいたのに』



 ある一室から大海が一望できるテラスのような場所に、一瞬の瞬きで移動していれば驚くのも無理はない。


 そして、驚くべきは場所だけではない。


 視界に映る左腕にも見覚えのない腕時計と大きな火傷があり、体のコントロールが効かず、意思で動かすことができない。

 


『この身体、私のじゃない! 一体誰の身体なの?』



 混沌とした状況でパニックに陥っていたクレアは、憑依している見ず知らずの身体(以降憑依体と記す)の右肩に重みを感じた。


 触れられた感触から誰かの手であることが把握でき、さらに、肩に伝わる熱と重みから男性の手であると推測する。

 

 クレアが状況把握に四苦八苦していると、クレアの意思に関係なく唇や顎、そして表情筋が勝手に動いた。



「ありがとうソーヤ」


『ソーヤ、……何処かで聞いたことあるような』

 


 クレアは憑依体から発せられた人物の名前に、聞き覚えがあるようだ。


 学長室でもヴィーナに話していた通り、養護施設や学校以外の知り合いは存在せず、ソーヤという知人はいないが、ソーヤという名前だけが記憶が残っている。


 ソーヤという名前に引っかかっていると、憑依体は右回りに180度回転し、肩に乗った手の持ち主の方向に向ける。


 憑依体の目前にいる男性を憑依体越しに見ると、クレアは何かを思い出し、はっと息を飲んだ。



『この人は、若かりし頃のお父さん! ってことは、私が憑依している身体の持ち主はお母さん!? でもどうして私はお母さんの身体に憑依したんだろう』


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