第1話 必邂(ひっかい)

 ピンク色の絨毯が広がる始まりの季節、網戸を抜ける生暖かい風が金色と赤色の髪をなびかせる。



 メンバーが変わったクラスの騒めきを沈めたのは、スピーカーから流れる一報だった。



「3-D クレア・L・フィールホールさん。至急学長室に来てください」



 始業式が終わり、人生最後のハイスクール生活を謳歌しようと息巻いていた矢先、校内放送による名指しの招集がかかる。




 これまで教師にはさんざん服装や髪型に関して注意を受けていたクレアだが、学長室に呼ばれるほどの大罪を犯したことはない。



 講義室にいるすべての人の視線がぶっ刺さり、冷や汗が噴き出す中、クレアは足早に講義室から退室する。



 大罪というワードで脳内検索するも、ヒットする記憶が1つも出なかったため、開き直るという究極奥義を発動しながら学長室に到着すると、学長室の扉の前に真っ黒なスーツを纏う2人の巨漢が仁王立ちしていた。



 今度はマフィアというワードで検索をかけるが、勿論ヒットする記憶が存在しない。



 学長室の前に到着してから5分、未だ入れずオドオドしていると、巨漢の1人が学長室の扉を開ける。


 

「クレアさん? どうぞお入りになって」



 挙動不審のクレアに軽やかな声をかけたのは、グラーク国立ピューラ学園高等学校74代目学長、ヴィーナ・ブリッチェンだ。



 ヴィーナの功績は数知れず、彼女が着任後、教育方針の変更によってピューラ学園は全世界で名だたる名門校となった。



 しかし、ヴィーナの着任によって不利益を被る生徒も存在していた。

 クレアもその1人である。



 クレアは小さく会釈し、巨漢の間を抜け学長室に足を踏み入れる。

 数多のトロフィーが飾られる学長室に入ると、ソファーに腰を掛ける先客の姿があった。



「お取込み中失礼しました、改めて尋ねさせていただきます」

 



 入室前ボディーガードに怖がっていたクレアだが、ヴィーナの作り笑顔の仮面に、怖さは怒りに変わり、クレアのギャルのような見た目に反する敬語を用いてその場を去ろうとする。



 クレアが怒るのも無理はない。



 教育方針変更に伴い、両親がいないもしくは片親の生徒に対する高待遇制度が開始される。



 授業料免除、生活費の半額負担、就職確定書発行など様々な待遇が用意されているため、多くの生徒が救われている。



 クレアも高待遇制度の対象者である。



 クレアが6歳の頃に両親が蒸発し、一時は養護施設で暮らすものの、15歳の時に引き取られ現在は両親がいる状態である。



 新しい両親との楽しい暮らしを満喫していたクレアの元に、クレアの過去を調べ上げたヴィーナが訪れ、辛いとさえ思う過去を掘り出されたのだ。


 

「待ってクレアさん。今日此処に呼んだのは、この方の要望なのよ」



 学長室の扉に足を向けたクレアに、静止を呼び掛けたヴィーナは、クレアを呼び出した用件を語る。

 


「……私に養護施設や学校以外の知り合いはおりませんが」

 

 クレアに知らない宣言をされた来訪者は、ソファーから立ち上がり、サングラスを外しながらクレアの前で脱帽してお辞儀をする。



「お初にお目にかかります。私、アーバー軍事国の元アーバー陸軍ギルダン・ウォード中尉であります」



「……陸軍、陸軍が私にどのようなご用件で?」



 クレアが生まれる10年前、世界は第一次世界崩壊によって荒れ果てていた。



 世界の崩壊に絶望していた国民をアーバーという名の男が先導し、一つの国が誕生する。



 この世界に存在する国の大半が、アーバー軍事国の援助によって成立しており、影の立役者的な国家である。



 そんな大層な国の軍人がガードマンを付けてまで訪ねてくる用件とは、いったいどんなものなのかクレアにも皆目見当もつかない。



 そんな二人の会話の邪魔をしないよう、3人分の紅茶を用意したヴィーラは軽く会釈し学長室を後にする。



 ヴィーラの退出を確認したギルダンは、クレアをソファーに誘導し早速用件を話し始める。

 


「今回私はクレアさんの実母、サンタナ・フィールホールが私に託した遺品を届けに来ました」



 クレアは、ギルダンが取り出した布に包まれる遺品を受け取る。



 いろいろと気になる部分はあるが、手渡された物にくぎ付けにならざるを得なかった。


 

 自身を置いて蒸発した親が残した遺品、そこに向けられたクレアの視線は怒りと興味、そして悲しみが入り混じっていた。



 黄金色の紐を解き、覆いかかった布を丁寧にめくると、中から出てきたのは分厚くずっしりとした重量の”絵本”であった。

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