最後の最後

深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化!

最後の最後


「最後の最後の最後の最後は?」


 卒業証書の入った筒を手に、あかりはいたずらっぽく笑って振り向きながら言った。


 ショートヘアーが春風になびいて、甘いシャンプーの匂いがする。


 彼女ならよかったけど、残念ながらそうじゃない。


 臆病な僕は最後の最後の最後まで、告白出来ずに今日を迎えた。


 ヤリマンとかビッチとか


 そんな噂が絶えないあかりだったけど、実際彼女とヤッたって奴は誰もいない。


 あかりはポケットから何かを取り出して、それをチャラチャラと鳴らして見せた。


 散りかけの桜の木を通して、昼過ぎの白い太陽がそれに反射して光っている。


 「どこの鍵でしょう?」


 「家、とか?」


 自分で言っておきながら、僕はその言葉にドキリとした。


 ヤリマン。


 そんな言葉が脳内でリフレインして、意気地なしのくせに妙な期待がズボンの中で僅かに動く。


 「ブー。ハズレでーす。チャンスはあと一回!」


 そう言ってあかりはちらりと視線を右にやった。


 そこには体育倉庫があって、扉には鎖と南京錠が掛かっている。


 「あの中でね、たまにエッチするカップルがいるらしいよ……?」


 また何かが僕のズボンの中で息をした。


「カビ臭い体育マットを敷いてさ、その上で汗だくになって、蒸れ蒸れで!!」


 思わず唾を呑んだ。


 もちろんあかりにはバレている。


 制服姿のあかりも、体育倉庫も、何もかも全部、最後の最後の最後だろう。


 酷い思い出になるかもしれないし、一生消えない跡を残して僕を苦しめるかもしれない。


 それでも最後の最後の最後に……


 そこまで考えて口を開こうとした時に、あかりは体育倉庫に向かって歩き出した。


 南京錠に鍵を差し入れこっちを見る。


「大ヒントだよ?」


「体育倉庫の鍵……」




「正解」


 そう言ってあかりは鍵を回す。


 カチャと小さな音がして南京錠が開いた。


小さく開けた隙間から、暗がりに入り込む彼女を、僕は背後から抱きしめる。


 抱きしめて言う。


「何処にも行かないから、何処にも行こうとしないで。ここで思い出になって消えようとしないで。特別な事なんて何も無くていいから、これからもずっと側にいて…下さい……」


「最後の最後にそんなこと言う……?」


 あかりは笑っていたけど、僕の腕には生あたたかい雫がこぼれ落ちる感触がした。




「最後じゃないよ。多分、ずっとこんな感じ……」


 暗い体育倉庫の中から覗く桜吹雪は、太陽に照らされて光って見えた。

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