第19話

 一日目は恙無く過ぎた。

 というより、好きに動けるほど周囲のことを知らなかったとも言える。

 ツバサはどうにか切り抜けた着替えとお風呂にほっと一息つく。

 男の子着替えが見たいわけではないが、今の状態では女の子と一緒に着替えてもドキドキしそうな気がした。


「バーベキューしようぜ!」


 俊介の一言は概ね好意的に捉えられた。

 準備を自分たちでしなければならないので、龍之介は渋ったが、俊介に押し切られる。

 幼馴染の関係を見た気がした。

 男の子がバーベキューの機材の準備。女の子が食材の買い出しになった。

 というのも、男子に任せると肉ばかりになりそうという指摘が入ったからだ。


「ちょっと、誰か荷物持ちについてきてよ」

「えー、こっちだって準備があるんだぜ?」


 さくらが腕を組みながら言い、俊介が軍手片手に答える。

 なんでこの二人がこんなに熱くなっているのか、ツバサにはとんと分からない。

 悠里と紗雪は苦笑しているから、放っておいてよいのだろう。

 バチバチと火花が散りそうな勢いをいなしたのは龍之介だった。


「朝倉は残ってもらわないと困る。柚木、いけるか?」

「うん、大丈夫だよ」


 龍之介から視線を送られ、ツバサは素直に頷いた。

 元々、男の子の中でばかり行動するのも息が詰まる。

 たまにはツバサも可愛いものを摂取したいときがあるのだ。

 俊介は面倒くさい役目から逃げられたというように 笑顔満載だった。


「肉多めで!」

「はいはい」


 俊介のリクエストに軽く頷いて準備する。

 女の子は女の子で買うものなどをリストアップしていた。

 端で聞いている分には、バランス良い買い物になるだろう。

 甘いものが多くなりそうなのは許容範囲だ。


「柚木、車は出させるから、何か困ったことがあったら鈴木に相談してくれるかい?」


 海斗がそう言い、隣に立つスーツ姿の男性を紹介される。

 鈴木は学生相手にも関わらず、丁寧に頭を下げた。

 ツバサもできる限り丁寧に頭を下げるが、どうにも格好がつかない気がした。


「了解。ありがとう」

「あんまり離れないようにね」


 ついていけなくても気配りをしてくれた海斗に感謝する。

 あまり、離れないように。

 中等部の人間には言わない言葉。


「……ああ、わかった」


 少しの違和感を覚えながら、ツバサは女の子たちと車に乗り込んだ。

 助手席にさくら、後部座席にツバサ、紗雪、悠里。

 街をよく見たいとさくらが座った結果だ。


「鈴木さん、あっちは何のお店なの?」

「紅茶の専門店です。茶葉と茶器も取り揃えているようです」


 さくらは運転の邪魔にならないのか心配になるほどの勢いで、あちこちを指さしていた。

 とんがり屋根に小さな窓がついた妖精の家のような店舗や煙突のあるログハウスなど、見るだけで楽しい家々がつながっている。

 鈴木の説明にさくらは瞳をきらきらと輝かせているり


「素敵! 行ってみたいわね」

「滞在中であれば、いつでも仰ってください」


 後部座席に座っている悠里は静かに街並みを眺めていた。

 紗雪はさくらにつられてらあちこち見るのに忙しい。

 ツバサは久しぶりに悠里の横顔を見ることができた。


「犬の散歩をしている人も多いわね」

「ここらへんは、ドッグフレンドリーな町を称してまして、犬好きの方も多くいます」


 悠里の横顔が少し緩む。

 口元が柔らかくなるのだが、未だにツバサにしかその変化は分からないらしい。

 犬連れの人が歩く姿に悠里の視線がついていく。


「可愛らしくて、いいですね」

「悠里、犬好きだもんね」


 ほっこりした気分でツバサは声をかけた。

 その声の温度に気づいたのか、肩越しに届けられた視線は少し恥ずかしそうだった。


「へぇ、そうなんだ。意外ね、調宮」

「わ、わんちゃん、可愛いよね」


 ニヤニヤした笑みを口元に乗せたさくらが後部座席を振り返り、紗雪が同意するように大きく何度も頷いた。

 悠里はただ独り、窓の向こうに視線を向けながら答える。


「動物は好きよ……飼えないけれど」


 悠里の動物好きは、見ていればわかる。

 通学中も犬が入れば見るし、猫がいれば見つめる。

 写真で見せてもらった馬に乗るのも楽しそうだった。

 飼えない理由までは知らないけれど、飼ったら可愛がるだろうなと思った。


「ふーん、大きいお屋敷だと逆に難しいのかしら?」


 さくらが不思議そうに首を傾げた。

 さくらならば、欲しいなら欲しいというだろうし、少なくとも自分の願いが通るまで意思をみせるのだろう。

 それが彼女らしさだと思うし、付き合いやすいところだ。


「柚木さんは気になるものなどありますか?」

「お店は、特には」


 鈴木の言葉にツバサは静かに首を振った。

 見た目で気になるお店はいくつかあったが、この場所で買いたいようなものはあまりない。

 むしろ今気になるとすれば、ツバサは運転席へ身を乗り出した。


「あの、バードウォッチングに向いている場所ってありますか?」


 みんなの前でバードウォッチングの話をするのは初めてで、わずかではあるが気恥ずかしさがあった。

 鈴木が周囲を確認しながら、話を続けてくれる。


「バードウォッチングですか。この辺りは鳥が多いですから朝倉の別荘からでもよく見えますよ」


 やっぱり。

 ツバサは強く頷いた。


「そうですよね! よく鳥の声がしてるので、気になって」


 朝倉の別荘ではもちろん、この道沿いでも鳥の姿を見かけた。

 気密性の高い車内では鳥の声までは聞こえないのだけれど、外を歩いている時になる鳴き声がよくしていた。

 鈴木は興奮するツバサの姿に微笑みながら頷いた。


「流石です。別荘の裏山は遊歩道も整備されているので、後でマップをお渡ししますよ」

「ありがとうございます」


 ゆっくりと車はショッピングモールに入っていく。

 別荘地ではバーベキューを考える人が多いのか、かなり巨大な施設だった。

 遊歩道のマップを貰えることにテンションを上げていたツバサにさくらが笑う。


「へぇ、高尚な趣味じゃない。柚木」

「鳥、好きなの?」


 鈴木が流れるように駐車をして、皆で車から降りる。

 駐車場も大きいが入口に近い場所へ停めてくれたので、そう距離はない。

 並びながら話を続ける。鈴木が先導するように前を歩いてくれていた。


「うん、キレイだし、可愛いんだよ」


 別荘で聞いただけで数種類。

 遊歩道が整備されているなら、もう少し中に入れる。

 さらに見れる鳥は増えるだろう。

 足も軽く歩いていたら、悠里が隣に来て目を合わせる。


「そう、楽しみね?」

「うん」


 悠里も楽しみにしてくれている。

 それがわかって、ツバサはこくこくと子供のように何度も頷いた。


「調宮も柚木にはベタあまだったわ」

「まぁ、まぁ……前からだから、ね」

「紗雪は優しいわねぇ」


 さくらの呆れたような声と、紗雪の優しい声を背に受けつつ、ツバサは知らぬ振りで歩いた。

 悠里はすでに何も関係していないような顔で前を向いている。

 だが、その耳が少し赤いことにツバサは気づいていた。


「別荘では自由に過ごしてもらって構いません。ただどこかへ出かけるときは一言お伝え下さい」

「はーい」


 鈴木の言葉に皆の声が揃う。

 あの大きさの別荘だ。敷地内だけで迷子になる可能性はある。

 さくらたちのように店に行き始めたら、さらに把握しづらくなる。

 気をつけなくちゃとツバサはきちんと下調べをすることを心に決める。


「朝倉の家というだけで、絡んでくる輩もいますから」


 ぼそりと付け加えられた鈴木の言葉が妙に耳に残った。

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