第8話『最強種!光の民!群馬』(3/4)

 ギルドに到着した零士が直面したのは、想像を絶する冷たい扱いだった。


「これは酷い……」零士の声がわずかに震える。美少女を無事に連れ帰り、自身の能力を証明したにも関わらず、受けた待遇はひどいものだった。ギルドマスター代行は、勝手に行動したと非難し、実際は少女に助けられたのではないかとまで言われた。零士は心の中でこれを受け入れようと決めたが、面前での非難は耳が痛かった。


 受注していない救助のため、報酬は支払われないとされ、唯一認められたのは連れてきた事実だけだった。「何とも言えぬ理不尽さ……」と、零士は疲れた目でギルドの壁を見つめる。目の前の光景が不条理さを増す一方で、彼は眩暈を覚えた。それでも、魔獣の死骸を買取窓口で売却し、それなりの金額を得て、余計なことは考えないことに決めた。


 突如、ある者が零士の行動について声を荒げた。それは光の民と呼ばれる群馬だった。


 どういうわけか激昂し、零士を見つけるや否や捲し立ててきた。零士よりは結構上の年齢に見えるものの、年頃20代。年齢と異なり頭髪がやや寂しいのは経験を重ねてきたのかまたは、光の速度で前に出過ぎて毛根が追いつけなかったのかは、誰も知る由もない。


「君、何をしていたか分かっているのか?」群馬が、怒りに震える声で言った。腰に手を当て、頭髪がやや薄いことが、その怒りを際立たせていた。


「ダンジョンで魔獣を狩って、換金していた」と、零士は平然と説明する。


 周囲の者たちが一斉に吹き出した。零士の率直な返答が何故か彼らのツボに入ったようだ。しかし、零士にとっては、素直にありのまま答えたつもりだった。「ここの流儀をわきまえることをお勧めする。緊急クエストでは人命を最優先にするべきだ」と群馬が諭す。


「見ず知らずの他人を救うのか? 俺は金が必要だ」と零士は冷静に返すが、群馬はさらに怒りを高め、「なんだと?」と声を荒げる。


「どこかの貴族様と違って、俺は生活が厳しい。だから金がいる」と、零士はもう一度強調する。しかし、群馬は少し落ち着きを取り戻し、「強き者が弱き者を助けるのが義務だ」と主張する。


 零士は「……おいおい。勘違いしているぞ?」と驚きながら返す。


「なんだ?」群馬は意外な反応に少し困惑する。


「俺はギルドに登録できなくて……追放されたんだぞ?」零士が自身の弱さを吐露すると、群馬は驚いた表情でギルドマスター代行の方を見た。頷く彼の様子から、その話が本当だと確信する。


「追放された奴が一番弱いんじゃないか?」零士が自嘲的に言うと、「だとしたらあの魔獣はなんだというのだ?」群馬は零士の矛盾を指摘する。


「ああ、俺が狩った」と零士は正直に答える。


「では我が確かめよう。その魔獣を倒した力とやらを見せてもらおうか」と群馬が言い放つ。


 零士は争いの意味を見いだせず、ただただ対応が面倒になっていた。「ああ……すまん」と素直に謝りつつ、「やるの、止めないか?」と提案するが、群馬は「我はどんなに弱いやつだろうと食っちまうぜ」と返す。


 見かけによらず、群馬の胸中には熱い情熱が宿っている。零士は無意味な戦いに疲れ果て、謝罪するが、理解されないままだ。そして、周りから押し出される形でギルド裏手にある訓練場へと連れて行かれた。


 


 零士は不承不承ながらも、自らが身を投じた戦の真っ只中に立っていた。背後には、好奇心旺盛な群衆がぎっしりと詰め掛けており、そのざわめきが不安と緊張を煽る。彼は深く大きなため息をついて、前のめりになる自分を感じた。


「これはやるしかないか……」と、彼の口から漏れた言葉は諦めにも似た無力感を帯びていた。


「零士さま、開始の合図前に、超人化を即時、発動します」と、ウルが心なしか厳かな声で告げる。彼女の声は零士の脳内で鮮明に響いた。


「頼む……」零士は意気消沈しながらも応じる。彼の心は戦う意味を見出せずにいた。


「あの者の光の速度が本当なら、即時発動した上で対応しないとやられます。戦う以外の選択肢はすでに遠い過去にあります」と、ウルはさらに警告を加える。


 ウルの言葉に従い、零士はこの避けられない戦いを受け入れる。これはただの競技ではなく、生と死を賭けた死闘である。無鉄砲にも、彼は命を危険に晒している。それが金にもならない行為であることに、彼は理解ができずにいた。


 周囲の人々が興奮して声を上げる。この地域には他に娯楽が少ないのか、彼らはこの光景を珍しく思うのかもしれない。しかし、相手が群馬であれば、零士にとっては瞬殺される可能性が高い。


 群馬が怒り心頭に発している中、二人は広場の中央で対峙する。彼らは10メートルほどの間隔を保ち、緊張が空気を張り詰めさせる。


「貴様の行動の是非、ここで味わうといい」と群馬は冷静に言葉を投げかける。


「なんだか知らないけどさ、なんで俺なんだ?」零士は気の抜けた返答をする。


 群馬は零士の問いには答えず、ポケットからコインを取り出す。彼はそれを上手く親指の上に乗せ、零士の目の前に突き出した。


「今からこれを上へ放つ。地面に触れた時が戦闘開始の合図だ」と、群馬はやる気に満ちて宣言した。


「わかったよ……」零士はやる気が全く感じられない声で応じた。


 群馬がコインを高く空中に撃ち放つと、意外にも早く落下してきた。その瞬間、ウルが零士の思考に割り込む。


「零士さま! 超人化! 発動!」ウルの声は命令とも取れるほど強かった。


「え? どうなっているんだ?」零士は予想外の早めの発動に戸惑ったが、景色が再び灰色に変わる中、群馬の動きが明らかに遅くなっていることが分かった。発動直後にもかかわらず、彼の目の前にはすでに剣が迫っていた。


 零士は素早く避けて距離を取る。「零士さま、相手の殺意はなくとも、死の危険性は限りなく高いです」とウルは再び警告する。


「だよな……。ありえないだろ、真剣で勝負ってのは……」零士は深くため息をついた。この動きから、零士には緊張感が感じられなかった。シャチの時と比べれば、彼は随分と余裕を持っているようだった。


「零士さま、あの者は驚異的な速度で動いています。これ以上思考加速を早めると、さらにエネルギー消費が激しいので妥当な速度にしています」と、ウルは彼の速度調整が可能であることを明かす。


「わかった。人相手だしな。どうするか……」零士は悩みながらも決断を迫られていた。シャチのような状況ならば、彼は相手を容赦なく粉砕する手段を選べるが、群馬に対してはそれを行うわけにはいかない。彼はナルを救った時のゴロツキ相手ではないため、超えてはならない一線を守るべきだと感じていた。


「話の状況から、相手は何かを伝えたいと思っているかもしれません」とウルは提案する。


「影響力ありそうだから、殺すのはまずいよな」と零士は静かに言った。


「危険な状況ならやむを得ません。ただし今なら力の加減で打ちのめせます」とウルは冷静に答える。


「わかった。力入れすぎていたら強制的に調整してくれ」と、零士はウルに任せることに決めた。


「分かりました」とウルは応答した。そして、戦いの準備が整った。

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