第7話『AIの導き』(3/4)

 「ふ〜ん。ありがと。そうね、異種族同志の意思疎通が失敗すると戦争になるかもしれないからね」とナルは皮肉を込めて言った。その発言は、零士の元いた世界の重厚な歴史を彷彿とさせ、不気味な説得力を持っていた。


 零士は深く頷いた。「確かにな。同じ種族でも力で現状を変えようとする者がいる。それが異種族間では、なおさらのことだろう」と、彼は同意するように言った。


 ナルは、微かに目を細めて言った。「それもこの世界が難儀だってことよ。でも、比較的ここは自由だから、私も気に入っているわ」


 この時、零士の目には、ナルが新たな環境での自由を本当に楽しんでいるかのような輝きが見えた。それは彼女の内面の感情が満足していることを示していた。


「前はどこにいたんだ?」零士が興味深げに尋ねると、ナルは意外な返答をした。


「前ね……。美女よ、あたしは」と自称し、その表情はどこか懐かしげだった。


 零士は一瞬言葉を失い、「え?」と反応してしまった。彼の驚きは、ナルの突然の自己紹介と、その彼女の豊かな内面とのギャップに起因するものだった。


「美猫なのはわかるけど、美女ってどういうことなんだ?」零士は本気で戸惑いながら尋ねた。


 ナルは目を輝かせ、さらに詳しく語り始めた。「猫になる前は人だったのよ?」


「マジか……」零士は、ナルが何らかの事情で人間から猫に変わった過去を思い描き、彼女の背負ってきた苦労を想像した。


「今はAIと一緒に、人間へ戻る方法を研究しているの」とナルが明かすと、彼女の顔には一筋の決意が浮かんでいた。


 零士は、彼女の語る重大な事情を理解し、助ける意志を示した。「そうなのか……。俺に手伝えることがあったら言ってくれよな」


「うん。その時は期待しているね」とナルは微笑みながらウインクをした。その様子は、彼女が零士に何かを頼むことができると信じていることを示していた。


 

 ナルとの会話が落ち着いた頃、零士は内心、ついてくる美少女に疑問を抱いていた。この美少女はなぜ彼についてきたのだろうか?  彼女の行動には目的が見えなかった。零士自身が許諾したからこそ、彼女は行動しているのだろうか。それとも、彼女には見えない何か大きな目的があるのだろうか。


 彼女は見た目にも綺麗で、どうやら金銭的な困窮もないようだった。しかし、彼はこの世界の常識に疎いため、予期せぬ事態に巻き込まれるかもしれないと懸念していた。


 そして、理由を尋ねた。「なぜこんなことになっているんだ?」


 彼女は黙っていたが、その沈黙は何か重大な事情を秘めているように思えた。零士は初めは黙っていることにして、自分の目的を追求し続けることに決めた。救出活動に興味はなく、ただ自分の生計を立てるために来ただけだったのだから。


 しかし、道中で偶然敵と遭遇し、共闘することになったのは単なる偶然だった。

 それ以上のことはない――少なくとも最初はそう思っていた。しかし、少しずつ彼女は口を開き始めた。


 

 ――数日前、彼女は何気なく、いつものように家族もいない中での魔法の訓練をしていた。だが、その日はいつもと違った。魔法結社東京の末席に属する異能持ちである「黒蝶」と呼ばれる者が現れたのだ。


 黒蝶と呼ばれる者たちの特徴は、彼らが統一された黒装束を纏うことによる。この装束を身につける者は少なく、多くは偽装の報復を恐れて敬遠する。故に、この装束を纏う者が黒蝶であると判断するのは自然なことだった。


 そうした厳しい社会状況の中、黒装束を着る者が他にいるはずがない。彼女は、目の前に現れた人物が黒蝶であると確信した。


 訪れた理由が明確でないことは、何か重大な意味があると考えるべきだ。


 彼女の訓練をぼんやりと眺めているその黒装束の少女は、近くの巨石に腰掛けていた。彼女自身には異能がなく、相手の真意を測る手段がないため、私有地にいる侵入者へ毅然と声をかけることにした。


「あなた、ここは私有地ですよ。何か用があるのなら、直接おっしゃってください。もしくは執事に取り次いでもらいなさい」彼女は堂々とした態度で声をかけた。


 ところが反応はなく、相手は静かに彼女を見つめ続けた。彼女は再び声を強め、「聞こえていますか!?」と呼びかけた。その瞬間、相手の表情が一変し、驚くほど敏速に動き出した。空中を滑るように距離を縮めながら、目の前で立ち止まり、彼女と対峙した。


 何も言わずにただ立っているその黒装束の少女に彼女は、「あなた、何か用かしら?」と静かに問いかけた。すると少女は頷き、突如周囲にある石が静かに浮かび上がり始めた。


 彼女は即座に防壁魔法を展開し、その防壁が震えるほどの衝撃を受けた。「こんなことは、今までに一度もなかった……!」と内心で慌てる彼女はさらに二重三重と障壁を重ねる。


 石の攻撃は激しさを増し、彼女は防御に集中するしかなくなった。しかし、少女からは明確な殺意は感じられなかった。「一体、何が目的なの!」と彼女が叫ぶと、少女の表情が柔らかくなり、突然の静寂が訪れた。


 その時、別の黒装束の女性が現れ、少女に近づいてセンスのような物で彼女の頭を叩いた。「痛っ! 何よーせっかく楽しんでたのに」と少女は年相応の声で抗議したが、石はすぐに地面に落ちた。新たに現れた女性は、厳しい声で「あなたの力で私闘を行うことは認められません」と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る