第6話『ナルとウル』(3/3)

 なんとかしようと決意した零士の表情は、張り詰めた空気を身にまとっている。手持ちの武器は、新宿に来る道中で拝借した無骨な剣のみ。他には捕食時に現れる銀色の水、液状のまさに水銀といえる見た目だ。

 銀色の液体は、バケツの水を空中にぶちまけたかのように広がり、それを浴びた物は捕食される。なんとも漁師が投げる投網のようで原始的ではあるが、確実性が圧倒的に高い。


 零士は手にした剣を見つめながら思案する。最初は体の大きさや形に合わせて盛り上がる姿を見せつつも、数瞬で平らになり、零士の体へ戻るように再び吸収される。ウルが自らの意志で行う捕食の一連の動作は、まだ零士には操作ができない。ウル曰く、初めの頃は、獣のような顎で食らいついていたという。


 確実性が落ちることもあり、今の水状になったとウルは説明する。確かに、口を閉じた瞬間は捕食できない。当たり前といえば当たり前のことになかなか気がつけなかったようだ。ウルの過去の記憶がリセットされるという割には、そうした本能的な物は残るらしい。生きたままだと取り込めないため、拝借した剣で切り落としてから取り込むことが必須だ。


 現状からいうなら、水銀状の液体を獣の顎の形になり食らいつき仕留めた方が早い気もする。そこはウルに相談してみた。零士は「なあ、ウル」と相談を持ちかけた。


「なんでしょう? 零士さま」とすぐに応じてくれたウル。


「獣の形をした顎の力を使い、捕食と同時に仕留められないか?」と零士は手持ちの最大限活かせる武器として提案をしてみた。


「そうですね。今の零士さまでしたら超筋がありますので可能です」と肯定的な答えが返ってきた。


 あれは重さもないため「超筋が影響するのか?」と聞いた。


「はい。その力と連動して喰らいつくことができます。少し試してみましょうか」と言うより、やってみてわかる方が早いという感じだ。


 零士は意気揚々と「ああ、やってみようぜ」と答え踏み出した。昨日同様、馬面を見つけるとウルの支援で一気に間合いを詰め、左腕を突き出した。すると左腕がどうにかなってしまったのかと思うほど膨れ上がり、弾けるようにして、ワニのような顎門が現れ横っ腹を喰らいつく。


 すると最も簡単に食いちぎり、そのまま気を失うかのように馬面はうつ伏せに倒れてしまう。そのまま銀色の彫像のようなワニの顎門が馬面を咥えると、一飲みしてしまう。


 どうやら零士の思惑通りに進んだようだ。これを使うと掌底というよりは間合いだけに注意すれば、あとはこのワニの顎門で攻撃し、その後即喰らうことで捕食ができる。このやり方の方が効率的に思えてくるものの、常時展開しているのでエネルギー消耗がどうやらはげしいことを体感として零士は知った。


 何事も一長一短ということがわかった。しばらくは、この顎を使いやり方に慣れるようにするため、駆使していく。


 ダンジョンは変わらずレンガ状の規格化された石で構成されている。床や壁面、さらには天井まで作られていて、その堅牢さが感じられる。人工的に作られたかのような仕上がりだが、この世界ではそれも自然の一部であるとナルは解説する。


「ね? 不思議でしょ?」と、ナル姉が言葉を投げかける。このあたりの景色が人の手を加えたように見えて実はそうではないことに対して、疑問を投げかける声には好奇心が溢れている。


「言わんとしていることはわかる」と零士も同意見を返す。この世界の不可解さについては、彼もまた奇妙な感覚を抱えている。それは彼の眉間に刻まれた深いしわにも現れていた。ナルは続けて「あたしもこれ見ると、人以外で一体誰が作るんだろうってね思っちゃうわけ」と、純粋に思う疑問は零士も同じだった。

 違う点はこの世界なら何でもありだろうと、どこか諦めに近い感覚を零士は持っていた。つまり、一つ一つの知る常識と照らし合わせていたら、キリがないわけだ。まさに「郷に入っては郷に従え」と少し達観した思いを持っていた。


 人気がなくなり、ようやく昨日通った場所に辿り着いた。やはりこの場所は人気がないらしい。零士やナルにとっては非常にありがたい場所だ。人の目につかないし、捕食しても怪しまれない。何より、自分たちだけの狩場という感覚もある。


 零士は力こぶしを見せて「さて、今日もいっちょやるか!」と元気よく声をあげる。空気が一変し、ナルもその熱意に応える。「やろう。今日はあたしも対応する」と彼女ものりきって言った。ナルの目は獲物を見つけた猫のように輝き、その尻尾は期待にぴんと立っていた。


 こうして、零士とナルの共闘が始まった。彼らの足取りは軽やかで、まるで戦場を舞うダンサーのようだった。果たして、何が待ち受けるか楽しみであった。




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