第3話『異界の東京へ』(2/2)

 そう考えるのは、魔法陣の存在から魔法が現実にあると信じていたからだ。この世界では、科学技術よりも魔法文明が主流である可能性が高いと零士は推測していた。彼の胸の内では、魔法を使えないことが、日常生活において深刻な困難を引き起こすのではないかという恐怖が渦巻いていた。しかし、ウルが脳内で常に助言をくれることが、その不安を少し和らげていた。


 未知の言語もウルの支援により即座に理解できるようになり、彼は自身が直面する未知の挑戦に対してある種の楽観を保っていた。進む道すがら、目に映るもの全てに意識を集中させてみた。視界に浮かぶのは、自身の状態を示す体の形をしたピクトグラムだった。健康状態は良好で、液体金属AIの侵食率はわずか1%に過ぎない。それは彼の体がまだ人間らしさを保っていることを示している。


 体の変化がないことに安堵しながら、零士はふとウルに話しかけた。「なあ、ウル。おかしいな、全然腹が減らないんだけど……」


 ウルは迅速に応じた。「現在は体内調節機能を最適化しています。飲食を希望されますか?」


 まだまだ余裕な感じなので断り、平和な状況にいることに感謝しながらも、零士はただ黙って前を向いて歩き続けた。


 ――歩くこと1時間ほど。


 道は森を切り開いた田んぼの畦道のようで、人工物が見え始めたのは、さらに1時間ほど歩いた後だった。零士は不意に「ここは本当に東京なのか……」と口にしてしまった。上京と称賛された時代もあったが、目の前の風景は完全に異なっていた。「東京」という名前だけが名残を留めるこの場所は、中世ヨーロッパを彷彿とさせる古びた石造りの町並みだった。


 名前に相応しくない文明の中で、彼らは堅固な城壁と門に囲まれた町に到着した。今、目の前にある石柱は、人の幅ほどあり高さは三メートルぐらいで柱の中央に新宿と刻まれている。もちろん日本語ではなく未知の現地語でだ。


 文字としては新宿であるものの、東京とは名ばかりで街並みや文明も中世と思わせる作りで現代文明の痕跡すら見えない。それに何から守ろうとしているのか、堅牢そうな門と城壁が聳え立つ。


 壁際では板を斜めに立てかけ、その下で生活する人々の姿が見えた。いわゆるスラム街という物に近いのだろう。彼らは粗末な衣服を身に纏いながらも、逞しく生活しているようだった。


 街の名前を信じて入ると、東洋西洋問わず多様な人種が行き交っていた。零士は『魔法結社東京』へ訪れることを決心していた。彼がこの言葉を近くのずんぐりむっくりしたドワーフ風のヒゲモジャな親父さんに伝えると、意外と簡単に通じた。「すいません、『魔法結社東京』はどこにありますか?」と低姿勢で尋ねると、親父は「ハンターか? あそこだ、赤い屋根が見えるだろう」と親切に教えてくれた。


 感謝の言葉と共に、「ありがとうございます」と礼を述べ、親父はにこやかに「気にするな、じゃあな」と言って手を振って去っていった。その瞬間、零士とウルは新たな不思議な世界での冒険に一歩を踏み出した。




 

「どうなっているんだ?」零士の声は困惑に満ち、目の前の未知なる状況に戸惑いを隠せなかった。彼の眉間には皺が寄り、深い不安が顔を覗かせている。


 するとウルは、冷静さを務めるような声で「零士様。すでに言語は周囲の会話からほぼ完全に解析が終わりました」と報告する。彼女の声にはプログラムされた誇りとも取れる落ち着きがあった。


「ということは、ウルの解析のおかげなのか?」零士は再確認するように問うた。その言葉には感謝と驚嘆が込められている。


 謙虚にも、ウルは目の前でお辞儀をしているかのような声で「お役に立てて光栄です。この言語体型は興味深かったです」と付け加えた。その言葉には、先ほど言っていた好奇心が感じられた。


「そんなにか?」零士が興味深そうに尋ねる。


「はい、零士さまが使う日本語と非常に近いです」とウルが答える。その返事には、発見の喜びさえ含まれていた。


「マジか……。そんなことってあるんだな」と零士は目を丸くし、感心した。文字の形が異なるだけで同じとは、彼の驚きも当然だった。


 ウルは淡々と「ええ、そうですね」と返す。彼女の声には静けさがあったが、それでいて何かを期待する響きもあった。


 都市名が同じだけでなく、言語の構造も似ているということに、零士は不思議な感じを受けた。まるで異なる世界に足を踏み入れたことの重大さを、彼は初めて理解したようだった。これから何が起きるかは未知数だが、教えてもらった赤い屋根の場所へ向けて、期待を胸に歩を進めた。


 大きな扉は見開きで開かれたままにされており、解放感が漂っていた。その横幅は大人五人が横一列に並んで入れるほど広かった。


 内部を見渡すと木の床が広がり、横一列にカウンターが配置されている。各窓口にはそれぞれ担当の人が座っており、左奥の買取コーナーや右奥の小さなバーの様子が目に入る。昼間ということもあり、場内は閑散としており、僅かな人の気配しか感じられなかった。


 ウルが突然、興奮気味に提案する。「零士さま、中央の窓口が新規の登録窓口のようです。登録されてみてはいかがですか?」


「登録? この短い時間でよくわかったな」と零士が感心しながら言うと、ウルは何事も無いかのように「はい。零士さまの視界に入った物は瞬時に判断できるようにしております」と答えた。


 零士はウルの献身的な対応に心から感謝し、「マジか……。至れり尽くせりだな。助かるよ、ありがとう」と感謝の言葉を述べた。


 ウルは「いえいえ、これも私の知らない世界で少しでも多くの情報を得たいがための行動です。ゆえに零士さまの行動一つ一つが知識なのです」と謙虚に答えた。その言葉には、未知への探求心が感じられた。


 そこまで言われると、大いに助かるものの目の前の登録はまた別だ。カウンター前に行くと、椅子に腰掛ける受付の女性は、目鼻立ちのはっきりとした相当な美女だった。彼女の外見から放たれるオーラが、商売上の利点を暗に物語っているようだった。


「登録はここでできるのか?」と零士が尋ねると、女性はテキパキとした態度で「ご登録を希望なのですね。それでは、能力測定を先にお願いします」と答えた。その返事からは、彼女のプロフェッショナルな姿勢が窺えた。


「測定?」零士が聞き返すと、彼女は嫌な顔一つせずに「はい、こちらのご利用が初めてでしたら、登録前に説明いたしますがいかがしますか?」と事務的に答えた。


「頼む」と零士はすぐに返答した。その言葉には、新たな世界での冒険への準備が含まれていた。





 淡々と説明を始める受付の女性は、丁寧な声で言った。「はい。それではまず、未登録でも仕事の受注は可能です。素材の買取もこちらで承ります」と彼女は続ける。彼女の声は落ち着いていて、場の空気を柔らかくした。


「……おう」と、零士は簡潔に返答し、彼女に続きを促す。その表情には少しの急ぎと、新しい情報への渇望が見て取れる。


「ただし、登録していない場合は、本来の買取価格の70%で買取を行います。受注できる仕事は『フリー』と記載のものに限られます。緊急クエストも選択可能です」と、受付の女性はさらに注意事項を説明する。彼女の声は遺憾ながらも規則を守る必要があることを強調していた。


 三割も取られるとは。零士は眉をひそめ、「なるほど……。結構取られるんだな」と思わず口にしてしまう。その声には驚きと少しの不満が混ざっている。


 説明は淡々と続き、「はい。ここで登録できるハンターとなれば、相応の能力を担保する証です。登録できない方は、申し訳ありませんが追放をしております」と、彼女は重要なポイントを強調した。彼女の顔には、この厳しいルールを説明することの難しさが表れている。


「ん? 追放? 買取もするし、フリーなら受注できるのでは?」零士はその矛盾を指摘し、確認を求める。彼の声には困惑が混じっている。


 営業スマイルが眩しい受付の女性は「はい、能力があり登録しない方に限ります。能力が低く登録に至れない方は、フリーの受注も、緊急クエストも受けられません。ただし、素材の買取だけは50%で受け付けております」と説明。彼女の声は冷静だが、内心ではこの不公平な状況に同情しているようだ。


 あまりにもひどく「マジで? それ、かなりしょっぱいな」と零士は不満を露わにする。彼の声には失望がはっきりとしている。


 それに対して、営業スマイルを崩さない彼女は「仕方ありません。能力に不相応な方へ仕事を斡旋すると、受けた側も依頼した側も、双方が不幸になります。そのための措置とお考えください」と、彼女は淡々と説明した。彼女の声は論理的で、事実を受け入れてもらうよう努めている。


「なるほどな。確かに能力不足で問題を起こされたら、それこそ困るよな」と零士は納得する。彼の声には理解と若干の諦めが混ざっている。


 受付の女性は再び丁寧にお辞儀をし、「はい、おっしゃる通りです。理解していただきありがとうございます。また登録された場合は、ハンターランクが存在します」と新しい内容の説明が始まる。彼女の声には新たな情報を伝える喜びが感じられる。


 零士は内心で期待をして、「ハンターランクか。響きはカッコいいな」と感じる。彼の心の中で、冒険への憧れが芽生え始めている。

 

 女性は丁寧にお辞儀をして、「最も低いランクは1で、ランクが上がるごとに数字が増え、それに伴い討伐可能な獣の種類や難易度が変わります」と説明を続けた。


「それでは、この辺にいる獣を討伐できるランクはいくつなんだ?」と零士が詳細を尋ねた。


「この周辺であれば、ダンジョンの1層に相当する獣はランク1で十分です。2層であれば少なくともランク2が必要となります」と彼女は具体的に答えた。


「わかった、ありがとう」と零士は感謝の意を表した。女性は、カウンターに置かれた柔らかそうな布の包みから水晶のような物を取り出し、見せた。「他に質問がなければ、次は能力検査を行います。魔法と異能の2種類で、1から5までの段階で能力が評価されます」と期待を込めて説明された。


 零士は期待に胸を膨らませながら、「わかった」と答え、運命の宣告を前に静かな緊張を感じていた。


「それでは、ここに手を置いてください」と受付の女性は零士に伝えた。

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