第3話『異界の東京へ』(1/2)

 零士は、目の前にそびえ立つ御影石のような巨大な石碑を指して、「それにしてもこの石碑はなんだろうな?」と問いかけた。石碑の表面にはウガリット文字に似た不可解な記号が刻まれていた。ウルは零士の問いかけから、彼が目の前の文字が読めないことを察し、すぐに解読を始めた。


「お任せください、解読いたします」とウルは意気揚々と宣言し、作業に取り掛かると沈黙を保った。


 数十秒後、ウルの分析が完了し、石碑の示す意味が明らかになった。それは方角と共に『東京』への道を示しており、『魔法結社東京』を指し示していた。未知の世界に同じ都市名が存在することに、零士は戸惑いを隠せなかった。


 情報が必要な零士は、人がいるかもしれないその場所へ歩を進めた。石碑に刻まれた見知らぬ文字が東京という都市名を示していることに違和感を感じつつも、この地では他に手がかりもなく、誰の助けもなかったためだ。ウルが解析したことの凄さには気づかず、現状の把握に集中していた零士は、ただ早々に移動を開始するしか選択肢がなかった。


 移動を始めてすぐ、零士は視界の異常に気づき、「なんだ? これは……」と辺りを見回しながらつぶやいた。


 彼の視界には各種情報が表示され、まるでゲーム画面を見ているかのような錯覚に陥った。木々を少し意識すると、「木」という説明が現れ消える。また、右上の小さな円形の地図を意識すると、歩いてきた場所を基準に地図が生成され始めた。


「零士様がご覧になっているものは、拡張現実です」とウルの声が再び響いた。これは耳で聞くよりも頭の中で感じる声だった。


 零士は「なるほど」と納得し、この拡張現実により視界が変化していることを理解した。彼は自身が知る技術とはかけ離れたこのAIウルによる科学水準に感嘆し、息をのんだ。「ここまで進んだ科学技術を持つ世界があるんだ」と驚愕した。


 ウルは「始めは誰しも慣れないものです。零士様が意識すれば、より多くの情報を得られます」と続けた。


 零士は周りを意識して見渡すと、その効果を実感し、「なるほど、こういうことか」とつぶやいた。「はい、その方法で間違いありません。私が知っている情報に限りますが、ご案内いたします」とウルは補足した。


 しかし、零士はこの新しい感覚に少し困惑していた。脳内で聞こえる声に対して話すのは新鮮であり、微妙な違和感を覚えていた。彼は眉をハの字に曲げながら、「何か……普通に会話するのと感覚が微妙に違うんだな」と言った。


 ウルはそれに対して、「恐らくは、零士様が感じているのは意識と視界が拡張されたためだと思います」と説明した。

 

「拡張?」と零士が聞き返すと、ウルは当たり前のように、「はい、私が使うエネルギーで零士様の能力を強化しています」と答えた。

 

 まったく未知の技術に驚き、目を見張る零士が「そんなことが可能なのか?」と疑問を投げかけた。


「可能でございます。私の演算力と知識が零士様に浸透し、意識、無意識に関わらず、それを自由に使えるようになっております」とウルは説明した。その言葉の真意は難解であったが、零士はなんとなく理解したつもりでうなずいた。


 しかし、零士の心の中には違和感が残り、「浸透か……。それとも、侵食の間違いじゃないのか? その率によって使える力があると解釈していいのか?」と追及する。


 ウルは何のためらいもなく「おっしゃる通りです」と応じた。


 空中を見上げながら、零士は困惑の表情を浮かべ「侵食のことか? それとも率のことか?」とさらに確認を求める。


「両方でございます」とウルは冷静に答えた。


 零士は苦笑いを浮かべながら、諦めの感情に似たものを感じ取り「はあ……そうか。今更ながら、拒絶する気はないけれど、俺を乗っ取らないでくれよ?」と半ば冗談めかして頼んだ。


「はい。もちろん、同意なき身体操作は致しません。緊急時には、ご希望があれば、私が操作して敵を殲滅いたします」とウルは答えたが、その言葉はどこか好戦的であった。


 零士は苦笑いを浮かべつつ、「ならいいや。そんで、率による違いは具体的には何なの?」と素朴な疑問を投げかけた。


「次の段階では、身体能力が強化されます」とウルは答える。


 それを聞いて、零士は一流のアスリートを思い浮かべ「なるほど、ちなみにどの程度の強化なんだ?」と興味津々で尋ねる。


「見た目に変化はございませんが、素手で相手を粉微塵にできるほどの力を持ち、同時に衝撃波を放つことができます」とウルは説明する。


「おいおい、マジか……。平和な世の中でそんなものは要らないんじゃ……」と零士は再び困惑し、思わず頭を抱えた。


「零士様……。薄々は勘づいていらっしゃるかと思いますが、零士様が知る世界とここは、異なるところがいくつかございます」とウルは真剣な面持ちで言い、零士の危機感を掻き立てた。


 空を見上げる零士が、うっすらと浮かぶ二つの月と頭上の遥か彼方に浮かぶ島々を眺め、「やっぱり、そうか……そうだよな……」と呟く。この新たな発見に、心が揺さぶられる。目の前に広がる未知の景色に、どこか戻れないという孤独感が漂う。


「どのような世界かは、これから明らかになると思います。恐れ入りますが、現状から考えると、身を守る力が必要だと思います」とウルは優しくも毅然として忠告する。零士はその言葉を真摯に受け止め、これからの生活に必要な適応を覚悟する。


 エアコンや冷蔵庫などの家電製品を思い浮かべながら、「同じレベルの文明は期待できないかもしれないな」と肩を落とし、新たな環境に対する不安と期待が交錯する心境を表す。

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