5-2: よもやの告白


 久方駅のホームには見知った人影があった。電車が一本出て行ったばかりだったのか乗車待ちの列はまだ少ない。朝のメッセージのお礼は直接言いたかったので好都合だった。


「アストっ!」


 アストはぼんやりと雨空を眺めていた。彼の好きな星空は、今日に限っては見られなさそうだ。その横顔はほんの少しだけ残念そうにも見えた。


「おはよう、セナ」


「おはよ。……雨降りの朝だってのに、爽やかに笑ってくれちゃってまぁ」


「ええ? そんなこともないと思うけどなぁ」


 こちらを見ながら、ちょっと照れくさそうに笑顔をくれるアスト。最近は彼にしてやられることが多かった気がするので、ちょっとだけ逆襲できただろうか。


「……今朝、ありがとね。メッセージくれて」


 小さな満足感に浸りながら、言いたかったことを言わせてもらう。


「ああ。力になれたんだったら何よりだよ」


「めっちゃなったよ、ホントにありがとね」


 大きくうなずきながら返すと、アストも満足そうだった。


「今度なんかお礼させてね」


「いやいや、そんなことしなくてもいいよ」


 もちろん、彼がそういう見返りのようなモノを求めてアタシに言葉をかけてくれたわけじゃないことはわかっている。わかっているからこそ、ちょっとだけそういう言い方をしてみたかっただけだ。予想通り、アストは遠慮がちに苦笑いを浮かべた。


「あ、そうだ」


「うん?」


「だったら、今日のホームルームでしっかりがんばってくれればそれでいいよ」


「……アストぉ、それちょっと難易度高くない?」


「そんなわけないよ。セナだもの」


「……うっ」


 ――だから、そういう言い方はダメだってば。思わず変な声が出た。アストにほんの少しだけ背中を見せるようにして深呼吸をしてごまかす。


 どうしてアストは、そこまでアタシを高く買ってくれるのだろう。アタシは何か、彼にそこまで思わせるようなことを今までにしたことがあっただろうか。全く記憶にないし、そんなものがあるわけない――とは思うのだけど。


「今度なんかマンガ貸す、っていうのは……どう?」


「……うむむ、ちょっとそれは魅力的なんですけど」


「でしょお?」


「でも、そうしちゃうと今日の放課後がなー……」


「アスト? まさかアタシががんばんないとでも思ってる?」


「いや? 思ってないけど」


 しまった、墓穴掘った。もう一度深呼吸。


「……じゃあ、また明日考えることにしよっか」


「そだね」


 いろいろと落ち着いてから――落ち着かせてから。たしかに、そういうことで問題ない。ふぅ、と小さく息を吐いて、アタシも雨雲を見上げようとした。


「ぃよっす」


「え?」


 見上げようとしたところで、そのまま首を右に向ける。これも聞き慣れた声だ。自然と引き寄せられるようにそちらを見ると、そこに立っていたのはフウマだった。


「お、おはよう」


「おはよう」


「ん、はよ」


 気怠そうに挨拶を返される。あの日の腕の感触を思い出してしまって、うまく顔を見られなかった。


「あれ? ナミは?」


 あまりにも自然なアストの質問に、自分の肩がビクッと震えないようにするので精一杯になってしまう。もしかしなくても、きっとアストはあの日アタシたち三人にあった出来事を知らないのだろう。


 どうにか平静を装うことにして、アストの後をつなぐように言ってみる。


「そうだよ、ナミは? フウマいっしょじゃないの?」


「あいつは、先に行ってるっぽい」


「『っぽい』って」


 そんないい加減な言い方することないじゃない。でも、よく考えればフウマは時々部活の朝練があったりして、アタシたちよりも早い時間に登校していることもある。一緒に登校する機会はアタシたちと同じで多くは無さそうだ。


 ――だけど。


「……付き合ってるんだから、一緒に行けそうなときは一緒に行ってあげなさいよ」


 アタシだったら出来れば一緒の時間を多く過ごしたいと思ってしまうわけで、余計なお世話だろうと思いつつもちょっと口調が強くなってしまう。フウマにだって言い分はあるだろうし、きっと反発されるだろうけど――。


「ん? あー、まぁ……うん?」


 ――思っていたよりもだいぶ歯切れの悪い答えが返ってきた。しかも最後には何故か疑問形。そこまでおかしなことは言ってないと思うのだけれど、フウマにはどこか引っかかるところがあっただろうか。


「何よそのリアクション。……って、もしかしてケンカした?」


「いや、そうじゃなくて、……何て言うか」


 フウマらしさのカケラも無いような言い方に眉間に皺を作ってしまう。ケンカしてないならケンカしてないとハッキリ言うはずだし、だけどそれなら何を躊躇うことがあるのだろう。少なくともケンカに近い状態になっているなら、その原因の一部はアタシにあるのは間違いないと思う。だからこそ聞いておきたかった。


「ケンカじゃないの?」


「正確には、付き合ってないんだよねオレたち」


「…………は?」


 妙に雨音が耳に付く程度に黙り込んで、何とか声を絞り出した。明らかに擦れていて、フウマの耳にまで届いたかどうか不確かな声だった。


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