第6話

「知らない天井だ」


朝目覚めてから開口一番の言葉がこれなのはなんとも虚しいものである。


昨日は病院から無理やり抜けだして、翼の家に来たんだった。


昨日起きた出来事を思い返していると扉の向こうに気配を感じた。


「連理様、朝食の準備ができましたので食堂にお越しください」


綾香の声だ。


朝食に呼ばれているらしい。食に飢えている俺は昨日食べた料理を思い返す。実においしかった。今まで食べてきたどんな食べ物よりも.....。


「わかった。すぐいくから食堂で待っていてくれ」


そういい俺はベッドから起き上がり洗面所に立つ。


顔を洗いながら考える。


どう過ごしていこうか....。


自由にしていいという事だが、することが無い。手伝えと言ってくれた方が気が楽というか目的があっていい。


「これからどうすっかな.....」


しばらくは上層区域内でいろいろなことをするのもいいかもしれない。


「にしても金はねぇからなぁ」


金が無いのでできることと家ば探索くらいなもんであるが。この服装のまま出かけるわけにもいかない。今着ているのは飛鳥家の屋敷にあった来客用の浴衣である。


浴衣を着ている俺もなかなかイケているが....。しかし街に出ると目立ってしまうだろう。


どうにか服を買ってきてもらうか、金をもらって自分で買いに行くしかないだろう。


朝食の時間に掛け合ってみよう。


俺は身だしなみを整え食堂へ向かう。


食堂には既に全員揃っていた。


「おはよう~」


眠たそうにしながら優菜が挨拶をする。


「ああ。おはよう」


「連理君おはよー!」晴香が続いて言う。


「「おはようございます」」咲良と綾香は丁寧にあいさつをする。


「おはよう~」のびのびと美穂が言う。


「おはようございます。連理さん」


寝起きの翼は朝に弱いのか、ふにゃふにゃした感じで可愛かった。


「朝食はオムレツとパン、お好みでスープを選んでください」


綾香に告げられる。


「わかった。スープは味噌汁で頼む」


そうオーダーすると暫くすると運ばれてくる。


実に美味しそうで、作って間もないことがわかる。咲良がシェフらしいが凄いものだ。


朝はしっかり食べるタイプである。(今まで朝ご飯を食べた記憶はないため嘘である)


旨い旨いとつぶやきながら食事をする。


「そうそう。服が欲しいんだが、どうすればいいだろうか」


今朝考えていた服装問題である。実際浴衣だけじゃあかなり不便なことは間違いない。


「確かにそうですね....。それでは美穂に頼みましょう」


「連理君と一緒に買い出しに行くってことですか~?」


美穂が答える。


「ずるいー!私もいきたい!」


「私も~!」


優菜と晴香が抗議している。服を買いたいだけなのでついてこられてもな.....。


実際わけのわからない男と二人で買い物に行くのは気が引けるため配慮したのだろうか、翼が二人の同行を許可する。


「じゃあ連理君は13時に正門に来てくれる~?」


美穂にそう言われる。


「わかった。だが今浴衣しかないがこれで一緒に出掛けるのだろうか?」


今は浴衣しかないのは変わらない。


「旦那様が持っていた服が数着ありますのでそちらで代用しようとおもいます~」


おっさんのおふるか。実に気が引ける申し出である。しかもおっさん多分身長170cmくらだっただろ....。俺がだいたい180cmだとして、仮に着用できたとしてもパッツパツになる予想が簡単に浮かぶ。


「スーツなので少し窮屈だと思いますが、そこまで変にならないと思いますよ~」


そういうもんなのか。素直に従うことにする。


朝食が終わり部屋に戻る。


翼は朝食後すぐに学園に向かったらしい。メイドたちが見送っていた。


「13時までどうするか....。実に暇である」


そういえば最近は鎖に繋がれていたため運動不足だったな.....。


そういうことで絶賛部屋で筋トレ中である。器具などはないが自重でできる可能なトレーニングをする。こういう考えが浮かぶのは記憶がなくなる以前の俺は相当な脳筋だったに違いない。


「っふ。っふ。っふ。」


なかなか楽しいな...。己を鍛えるという行為が自分を満たしていくのを感じる。


ある程度筋トレをした後庭に出る。


庭は相当ひろく、運動するには十分な広さだった。


全範囲芝生とは....。やはり金持ちはすごいらしい。


「さて庭に来たは良いが.....。何をしようか」


運動といっても一様々な種類がある。しかし庭でできる運動も限られるだろう。


ここは無難にランニングにしよう。


そう決め走るために浴衣をきつく縛る。動きにくいったらありゃしない。


なんならスリッパである。まあ我慢するしかないだろう。


小一時間くらい走り続けただろうか。そろそろ疲労が見え始めたころ、晴香がこっちに向かってくるのが見えた。


「連理君ー!何してるんですか!」


庭を荒らされていると勘違いしたのか鬼の形相で詰めてくる。


実際傍目から見ると浴衣とすりっぱで走り回る不審者である。


「いや、運動不足だったから体を動かそうと思ってだな....」


言い訳をしてみる。


「連理君は病み上がりなんですよ!?危ないからやめてください!」


そういうことか....。俺の体を心配してくれていたらしい。


「それは大丈夫だ。もう十分動けるぞ」


そういい屋敷からパクッて....拝借してきたペットボトルを口につける。


はぁ染みわたる。


「チビ助も飲むか?」


「チビじゃありません!!!」


「お前が何を言おうがお前が小さいことは変わらんけどな」


「だからチビじゃないもん!!連理君が大きいだけだもん!!」


巨人だー!と喚いている。


「後、飲みかけじゃないですか!!」


ぷんぷんと怒るチビ助。


小動物みたいでなんかかわいい。


「気にすんな俺の奢りだ」


「それ屋敷にあったやつですよね!?」


細かいことを気にする奴だな。


「細かいことは気にするな。ほら風呂行くぞ風呂」


「エッチなことはしませんよ!?」


なんか顔を真っ赤にしているチビ。何を勘違いしているんだ....。


「しねぇよ」


チビ助はキャパがオーバーしたのかふらふらする。


倒れそうになったので素早く近づき抱きかかえる。柔らかいな.....。


「はうっ!?」


なんか変な声を出しながら気絶していった。


変な奴だなぁ。


俺は倒れた晴香もといチビ助を抱えながら(お姫様抱っこではなく右肩に乗せているだけである)


部屋へともどる。


にしても軽いな。しっかり飯を食べるんだぞと心の中で呟きながら部屋に戻った。


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倒れたチビ….もとい晴香を俺のベッドに寝かせた後浴場に向かう。


この時間に湯船が張っているとは思わないが、シャワーさえ浴びれれば問題はない。


浴衣も汗が染みて不快であった。


「久しぶり動けたがだいぶ身体がなまってんな」


実際に暫く同じ体制を強制させられていたからか、思うように体が動かなかった。


「これから戻していくとするさ」


独り言つ。戻す必要があるかは知る由もないが、動けないよりは動ける体の方が後々役に立つだろう。


シャワーを浴び終わり脱衣所に戻ってくる。そういえば前はここで舞に見られたんだったな。


シチュエーションが逆だったらどれほどよかっただろう。


流石にこれ以上みられる訳には行かないので、感覚を研ぎ澄まし気配を感じる範囲を広くする。


これで前の事故みたいなことは起きないだろう。


新しい浴衣と下着に着替える。


下着に関してはおっさんのお古だろう。実に気持ちが悪い。これならば翼のパンツをはいた方がましである。冷たい目で見られること間違いなしだが.....。


着替え終わり脱衣所から出る。


自室へと向かうが、気配が二つあることに気づく。


一つは俺の部屋にいる晴香の気配だろう。もう一つもどうやら俺の部屋にいるようだ。


多分メイドの誰かだろう。そんなことを考えながら部屋に入る。


そこには咲良が鬼の形相して座っていた。


「どうした。何かあったか?」


たずねてみる。


「どうしたじゃないでしょ!?晴香に何したの!?」


晴香をみて心配になったのだろう。俺に詰め寄る。


「俺が近づくと倒れたからここまで運んできたんだ。マジだぞマジ」


「なんであんたが近づくと倒れるのよ!嘘言ってないで本当のことを言って!」


溜飲が下がらないのか、ぷんぷんと怒る。


「嘘じゃない。本当のことだ」


と答え晴香に近づく。


晴香のほっぺに手をかける。


そして……。


むにゅ~


と軽く引っ張る。


「ちょっとあんた何してんのよ!?」


咲良が怒鳴る。が、無視して引っ張り続ける。


すると晴香の瞼がゆっくり開いていく。


「ん……うん!?ここどこ!?」


「あれ?連理君と咲良ちゃん?どうしたの?」


間抜けな顔をしながら晴香がそんなことを抜かす。


「お前が倒れたから俺がここまで運んできたんだよ」


「あ!?そういえば....」


思い出したのか顔を赤くする。


「晴香大丈夫!?何か変なことされてない?」


咲良はよっぽど心配なのか....。信用されていないらしい。無理もない。


「大丈夫だよー!ごめんね連理君ちょっと寝不足で....」


なるほど寝不足だったのか。


「もう.....。心配ばっかかけるんだから...」


安心したのか咲良はこっちを向く。


「ごめんなさい...。私の早とちりだったみたい...」


素直に謝罪される。


「大丈夫だ。それだけ晴香のことが心配だったんだろ?いいじゃねぇか仲間想いで」


「ありがとう。そうね私たちは強い絆で結ばれてるから……」


強い絆で結ばれている...か。奇妙な言い回しをするもんだな。


「そうそうおっさんのスーツを着たいんだが今着てもいいか?」


そういえば出かけるためにスーツを貸してくれる話を思い出した。


着るなら今のうちに来ていた方がいいだろう。


「ええ....大丈夫だけど....。ちょっと早くない?まだ2時間以上あるわよ?」


「今のうちに着慣れておきたかったんだ。これでサイズが違いすぎて外に出れないとなると困るだろ」


「そういうことならわかったわ。少し待っていて。持ってくるわ。」


そういい部屋から出ていく。


スーツは基本的に個人個人に合わせて採寸するためサイズが合わないとなると厳しいものがあると思うが....。


そんなこんな考えている内に咲良が戻ってくる。


「これなんだけど....。やっぱちょっと小さいわね」


やはり少し小さいらしい。


「一旦着てみるよ。」


そういい俺はスーツを受け取り袖を通す。


しかし予想に反しスーツは俺の体を抵抗なく受け入れた。


流石金持ちというべきか伸縮がかなり可能なタイプのスーツだったようだ。


ズボンのすそも余裕を持っていたのかちょうどだった。


「馬子にも衣装ってやつかしら。似合ってるわよ」


「連理君かっこいい~」


賛辞が送られる。それほどでもあるが。がはは


「なんかすげぇ着心地よくて怖くなってきたぜ」


これならば相当な無茶をしない限り大丈夫だろう。多分


「それじゃ私たちは業務にもどるからゆっくりしててね。決して無茶なことはしないでね」


「ばいばい連理君!また後でね~」


二人が部屋から出ていく。


静かになった部屋でどうするか考える。もう少しすれば昼食の時間が来る。昼食は翼が学園に行ってるためメイドと俺だけだろう。


昼食の時間までにはこの部屋にいる必要がある。


そう考えた俺は屋敷内を簡単に探索することにする。


ここ二日で屋敷内の大まかな配置は聞いた。と言ってもほとんどは空室なのだが。


食堂と厨房、大浴場は日常生活には欠かせないためある程度調べた。やはりこの屋敷には俺たち以外が住んでいないことは確かであった。


「おっさんの部屋でも見つかれば早いんだが……」


俺はおっさんが俺を監禁していたのかが気になっていた。拷問が趣味だと言われればそれでお終いだが、研究所と関係があったのかそうでないのか少し気になっていることがあった。


少なからず研究所の仲間であることはないだろう。研究所の人間であれば俺をあそこに戻していた筈だ。


「しかし直接聞くわけにもいかねぇなからな」


直接聞いたところで教えてくれないだろう。


そのため俺は一人でおっさんの部屋を探すことにした。


「仮にもこの屋敷の主だったんだ。少しはほかの部屋に比べて豪華だろ」


そういい二階にある部屋を隈なく開けていく。


しかし空虚な部屋しかない。ものが無くベッドが配置してあるだけだ。


なんでこんな幽霊屋敷になってんだか....。


少し進むと書斎のような部屋があった。この場所は人が出入りしていたのか埃が少なく清潔に保たれていた。


本か....。今の俺には無縁だな。


「しかしまあ、随分な読書家だったんだな。」


書斎には様々なジャンルの本が所せましと置かれてあった。絵本なども例外ではない。翼が幼少期に読んでいたものだろうか。


俺は少し気になり目についた絵本を手に取る。


タイトルは……はらぺこ毛虫か……。


なんとも気持ちが悪い名前である。害虫を主人公に設定するとはなんとも悪趣味な。


この本はよく読まれていたのか目につきやすい位置にあった。


ページをパラパラめくっていくと何かが落ちた。


「これは....」


写真だろうか。それにはちびっこい翼みたいなやつと女が写っていた。


母親だろう。雰囲気が今の翼とそっくりだ。


俺は何か罪悪感に襲われその写真を絵本に挟み元の位置に戻した。


「俺には関係ないか....。何か世界の常識とかを学べる本があればいいが....」


一般教養すら怪しい俺は教養を学べる本を探す。


暫く探しただろうか。それに準ずる内容の本が並べられている場所があった。


俺はそこから数冊ほど借りていく事にする。


「ちょっと拝借していくぜ」


そう言い残し書斎から出る。


昼食まで残り30分ほどだろう。おっさんの部屋ではなかったが思わぬ収穫であった。


昼食までに借りてきた一冊を読むことにする。教養書だからかすんなりと内容が入ってくる。


「なるほど。なかなかいいな」


読書をするという事自体に何か特別な感情は湧かなかったが、知識を付けるという事が面白いのか、手が止まらなかった。


そうこうしている内に昼食の時間が来たのだろう扉の外に気配がした。


「連理君~ごはんできたから食堂にきて~」


美穂だろう。部屋越しからでもその巨乳を感じることができた(嘘)


「今行く」


読書を中断し部屋を出る。


部屋の外には美穂が立っていた。いつ見ても揉みたくなる胸である。


腕が胸の引力に負けそうになるのを堪えながら食堂に向かう。


「連理君は何歳なの~?」


そんなことを聞いてくる。正直覚えていないから答えようがない。


そのため適当にごまかしておく。


「20歳だ。結構若いだろ?」


「20歳なんだ~私はね~22歳!」


年下なんだ~といい笑顔を向けてくる。


「そうなのか。雰囲気的に20後半だと思っていたぜ。」


漏れる。


その瞬間とてつもない視線が俺を射抜く。


しまったな。口が滑ってしまった。


「いや大人の魅力に溢れていると思ったんだ。本当だ」


そう付け加える。


「そう~?うふふ」


未だ彼女の後ろに般若が見える。


「ああ。本当だ!今すぐに結婚したいくらいだ!」


適当に繕う。


「もう~それはまだ早いわよ~」


機嫌を直したのか顔を赤くしキャッキャしている。


実際大人の魅力はむんむんと漂っているだろう。主に胸だが。


「ああ......」


危機一髪だったが何とか生還することができたようだ。


思ったことをすぐ口にしてしまうのは直さないといけないようだ……。


食堂につくと既に俺以外は揃っていたようだった。


何度も言うがここの料理は絶品である。俺の楽しみと言ったらここで飯を食う事であると、今ならば答えるだろう。


「そういえば今日は誰が来るんだ?」


朝翼が同行を許可していたが晴香と優菜だけがついてくるのだろうか。


「綾香ちゃんと咲良ちゃんは屋敷に残るんだって~」


優菜が答える。舞も付いてくるんだな。


そうか、確かに屋敷に誰もいないのは問題があるだろう。特に真面目そうな二人のことだから業務を優先したのだろう。


「5時までには帰ってきてくださいね。美穂のいう事を守ってくださいね」


と綾香が言う。


俺はこう見えて言う事を聞くタイプである。実に心外であった。


「わかってる。5時までに戻らなかったらどうなるんだ?」


「警察に通報し捜索してもらいます」


物騒な...。そこまでするのか。


「お、おう.....」


心に固く5時までに帰ってくるように誓った。


食事が終わると美穂が「私は準備があるからみんなは玄関でまってて~」といい部屋に戻っていった。


俺たちは玄関に向かうことにする。


「にしてもなんでお前らまで付いてくるんだよ」


「だって~、美穂ちゃんだけに任せたらもしもの時大事になるじゃん~」


優菜は俺を信用していないのか言い切る。実際俺はここにきて浅いよそ者ではあるが….。


「そんな羨ま…危ないこと美穂ちゃんだけに任せられないよ~」


何か気になることが聞こえたが無視する。


「なんもしないっての。ここ上層区域だろ?犯罪なんて出来ねぇよ」


「もしもの時があるし~」


「そうだよー!」


晴香が同調する。


「まあ俺が文句言っても付いてくるんだろ?」


実際なんて言おうがついてきそうである。


翼にも許可されてたしな。適当に服を買ったら終わりなんだ、気にすることはないだろう。


まあ可愛い女4人に囲まれるんだ。悪い気は全くしない。


ここで働くメイドは全員かなりレベルの高い美少女である。


ここでずっと無口な舞が何かつぶやく。


「私たちは邪魔…… ?邪魔ならば屋敷で待ってるけど」


「そんなことはない。ただ気になっただけだ。」


邪魔ではないのは事実である。美穂だけに服を選んでもらうのは負担が大きいだろう。


その点おしゃれに気を使ってそうな舞が居れば問題ないだろう。


「それにお前が居れば何とかなりそうだ」


「そう....」


と会話が終わったところで美穂がやってくる。みんなメイド服から着替えていいるため新鮮だった。


「おまたせ~。それじゃあ行きましょう~!」


「行きましょー!」


「お~!」

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