第27話 問1
学校を出る時、色んな奴が私の名前を呼ぶ。
うるさい。どいつもこいつも、私達を馬鹿にして、笑って、変な物をみるように見て来て、お前らに関係ないだろ。
名前を呼ばれようが、指を指されようが知ったこっちゃない。
私はそのまま家に逃げ帰ってしまった。
靴を脱ぎ捨てては、着替えずに自室へ走る。
布団に潜りこんで、隠れる。これなら誰も私を見ないし、見つけられない。
この場所は確かに誰も見つけられないけど、不安と恐怖にだけはすぐに見つかった。
先生にひでえ事言ったな
逃げてどうするんだよ
今も学校で噂されてるかも
また留年?いやもう行ける自信ねえや
ほっといてくれよ
どうせお前らは暇つぶしなんだろ?
迷惑かけてねえだろ
わかんねえよ
どうしたらいいんだよ
なぁ、さくらもこんな気持ちだったのか?
怖い、暗い、何かが私を包み込む。徐々に包む力が強くなっている様な気がする。いや、気がするじゃない。だってこんなに苦しくて、息をするのが難しい。
はぁ……逃げたい
こんな気持ちになるなら逃げたくもなるだろ
どこに居たってアイツらは指を指してきては、囲んで嗤ってくる。人の気持ちなんかよりも、自分達が楽しいって感情を優先させる。
誰も私を見つけられない場所に行きたい
「――子、楓子!先生から電話もらったわよ?あんた喧嘩したんだって?」
いつの間にか寝てしまったのか、私は乱暴に揺すられて起こされる。
寝ぼけ眼を何回か瞬きすると、目の前にはお母さんの姿があった。
え?なんだって?
「あに?」
「だから、喧嘩したんだって?」
一瞬で頭が起きた。というより青ざめてしまった。
まさか先生、全部話したのか?親に?嘘だろ?
「ちっ、ちが――」
「やるねぇ!いじめられてる後輩守ったって?後輩というか同級生だけど、まぁ後輩でいいのか?」
「え?まぁ、後輩?かな」
伝わってると言えば伝わってるけど、なんか反応がおかしいような?
「えーと誰だっけ?ふかやま、さん?がお礼言ってたってさ。それで酷い事言われたらしいじゃん?先生も詳しくは知らないみたいでさ。どうせあんた教えてくれないでしょ?」
「大した事ないって……」
ふかやまって誰だそれ……なんなんだコレ?どういう事だ?
「そんで先生がね、あんたの精神面?を考えてしばらく休めってさ。欠席日数には反映しないって」
欠席日数ね……なんかそれもどうでもいいな。
「なるべく早く来てほしそうだったけどね。テストの問題があるからよく考えて答えを出せってさ」
なんだよそれ聞いてねえよ。
そもそもそんなテストあったか?
「そっか……分かったよ」
「あんた頭いいから大丈夫だもんね?そんな問題ちょちょいのちょいってね!」
お母さんは私の頭を撫でてきた。すごい雑で、うざったい。普通なら手を払い除けるところなのに、私はそうしなかった……。やっぱり今日の私は変なんだな。
「じゃあご飯作るから、呼んだら来なさいねー」
そう言ってお母さんは私の部屋から出て行く。
時計の針は夜20時を教えてくれた。スマホのロックを解除するとメッセージが数件きていた。
内容は見えないけど千秋達だった。
心臓の音が早くなる。目を逸らしたい、でも何故か私の目はスマホから離れない。
見なきゃいけないと分かってる、でも見てしまったら本当に何もかもが壊れてしまうかも。
【イガちゃん?千秋を置いて逃げるとはどういう事ですかな?】
【ふーちゃん。千秋を、返して。千秋を、元に戻して】
【五十嵐先輩、いらないって私は最初からおもちゃだったんですか?最低ですね……もう私の前に現れないでください】
「う”わぁぁああ!!」
見たくなかった。もし想像してるような事が書かれていたと思うと、本当に私は……。
また狭くて暗い布団の中に身を隠す。
寝てしまえば、寝れば忘れられる。
多分これは夢。そう私は夢を見た。
千秋が夢の中の私に向かって笑いかけてくれる。ただそれだけの夢。それがすごく嬉しくて、悲しくて、夢の中の私はずっと泣いていた。
それでもまだ笑ってくれてて、夢の中の私はどうすればいいのか千秋に問う。
千秋は少し考えた顔をしてからまた笑う。
なんだよそれ、答えになってねえよって夢の中の私も笑った。
眩しい。
目を開けるとカーテンの隙間から日が差し込み、私を起こしてくる。
もう睡眠は必要ないから起きたのか、ただ体が覚えていたのか、時計のは針は学校に行く時間だった。
でも行く必要はないし、今から準備をしても遅刻確定だ。
カーテンを開けると私の気持ちとは逆で清々しい晴天だった。
「?……――!」
私は咄嗟に隠れる。そしてすぐにカーテンの隙間から外を覗く。
「五十嵐先輩また来ます!!」
夢と同じように笑う千秋。
まだ夢の中なのか?
私はその走り去っていく後ろ姿だけを見えなくなるまで、ただ見つめていた。
部屋にいるだけで、何もしないでぼぅっとするだけ。
そのせいか頭の中に浮かび上がる妄想に悩まされる。
嗤い声と奇異な目が私を苦しませる。私は逃げようとする。
私はまた布団に潜りこもうとするが、寝れない。
「そりゃ寝れねーよな、こんだけ寝てたらさ」
どうにかして時間を潰した。
昨日の晩御飯も食べずに寝て、お腹も空いている。制服のままなのも忘れてた。
掃除やら部屋の片づけやら、今は必要のない事かもしれない。でも考えないようにする為には必要な事だ。
「なんだよこの服……」
身に覚えのない服を広げると思い出す。
「あぁ、千秋の置いてった服か」
クンクン
微かにする千秋の匂い。つい最近の出来事なのに、何ヶ月も経ったくらいに懐かしく感じる。
「そうだよっ私はどうせ変態だよっ!女が好きで悪いか?変態で悪いかよ!?」
誰も見てない、誰にもバレない、私は千秋の服を胸に抱えながら寝る。
多分これも夢。そう私はまた夢を見た。
千秋が夢の中の私に向かって笑いかけてくれる。ただそれだけの夢だと思っていたけど、前回とは少し違った。
笑ってるけど、どこか悲しそうに見えた。
「五十嵐先輩!遅刻しますよ!待ってますからね!」
外から聞こえる千秋の声に私は飛び起きる。
私はカーテンから覗くと、千秋はもう走り去っていた。
今日も私は後ろ姿を眺めるだけ。
わざわざ家に帰って着替えてから来てるのか、私服の千秋が夕方に来てくれる。
「1人じゃ暇じゃないですかー?…………」
あぁ暇だよ。最後なんて言った?聞こえねーよ。
でも私は千秋の元気そうな姿を見れるだけで安心した。
今日の夢は、なかった。真っ暗闇で何も見えない。
「五十嵐先輩!…………」
なんだよ、名前だけかよ。
それでも私は嬉しくなる。でもどんな顔で会えばいいのか分からない。
また夕方になると私服の千秋が家の前に立っている。
「…………」
何か言えよ。それか何か言ってるのか?
その後ろ姿は朝とは全然違った。
次の日は夢もなく、千秋も来なかった。
何かあったのか?それとも私の気のせいなのか?
胸がざわつく。それでも声が聴きたい。名前を呼んでほしい。
スマホに手を伸ばすも怖くて見れない。
「体調が悪かったんだろうな。明日だっ明日。もし来なかったら連絡する……そう、大丈夫だよ。千秋は強いから」
そうだよ千秋なら、大丈夫……。
そして次の日は夢を見た。
笑いかけてくれた千秋はいない。いるのは膝を抱えて座り込んでいる千秋。
『千秋?』
返事はない。恐る恐る手を伸ばして肩を触ってまた名前を呼ぶ。
『おい、千秋ってば』
振り向いた千秋の顔は、顔は……なかった。
顔があるはずの場所は、暗くて黒くて深くてどこまでも続く闇が、千秋の顔だった。
私は飛び起きた。何十キロと走ったような大量の汗と心臓の鼓動に荒い呼吸。
時計に目をやると、針は学校に行く時間。
私はカーテンを勢いよく開けた。
千秋はいつものように家の前にいた。
でも、下を向いたままで何かを喋っているようにも思えない。
声を掛けなきゃいけない、私はそう思った。今すぐこの窓を開けて名前を呼ばないといけない。
いけないのに、私の体は震えて動かない。
千秋は学校へ向かって行く。その後ろ姿は違和感しかなかった。
その背中がしばらく脳裏から離れなかった。
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