前世ルーレットの罠

ミドリ

守護騎士と聖女

 前世があったとしても、覚えてない人が大半だろう。


 だけどしがない男子高校生の俺は、何故かこの前世の記憶という厄介なものを覚えていた。


「いってきまーす」


 家を出ると玄関先に隣の家の幼馴染で同級生のともがいて、俺に笑顔を向ける。


「おはよう大輝だいき――俺の聖女」

「黙れこの厨二病」


 進路を塞ぐ智の胸を突き飛ばした。


 智を置いてスタスタ歩く俺の隣に、智が微笑んだまま駆け寄る。


「厨二病じゃないよ、事実だよ。大輝もそろそろ思い出さない? 前世で聖女だった大輝の守護騎士だったアルっていう騎士のこと」

「俺は前世なんて知らないし聖女でもねえよ! お前いい加減にしろよな」

「僕たちは恋人同士だったんだよ? それが馬鹿な王子の我儘で引き離されて、聖女は王子と結婚させられる前に塔から飛び降りて自殺。僕は激戦地に送り込まれて戦死……平和な時代に生まれ変われたのは、きっと前世の無念が」

「あーうるせー」


 両耳を手で塞ぐと、俺は先を急いだ。


 智が端整な顔で悲しそうに笑う。


「大輝も早く思い出してほしいな。恋しくて苦しくて切なくて仕方ないんだ」


 俺は聞こえないふりを押し通すことにした。


 ――そう。実は智が言っていることは事実だ。智は自分が守護騎士のアルだったことを生まれた時から知っていて、やんちゃな男の子だった俺をずっと隣で守り続けてきた。


 当時、俺には自分の前世の記憶なんて全くなかった。だから智が前世の話をしても「そういう小説に影響されたのかな」と思ってただけだ。こいつの姉ちゃんは大の恋愛小説好きで、こいつにもしょっちゅう読ませてたから。


 だけどある日、俺は突然思い出してしまったんだ。


 きっかけは、智の家で二人並んでゲームをしていた時だった。


 俺はゲームはちょっとばかり下手くそで、操作すると手が一緒に動くタイプ。白熱した戦いが続き――まあ智が手加減してくれてるのは分かってるけど――腕をぶん回していたら、智の頭にガン! とリモコンが当たっちゃったんだ。


「わあっ! ごめん智!」

「だ、大丈夫……っ」


 大丈夫と言いつつ頭を痛そうに押さえる智の怪我の具合を見ようと慌てた俺は、腰を浮かすとテーブルの脚に膝をぶつけた。


「うわっ!」

「! 大輝!」


 テーブルに顔面をぶつけそうになった瞬間、智が俺を引っ張って一緒にゴロゴロと床に転がる。


 ハッと気付いた時には、床に押し倒された俺と、上に乗っかっている智の唇が重なっていた。


 直後、前世の記憶が濁流のような勢いで押し寄せてきた。


 孤独だった聖女にただひとり寄り添ってくれた守護騎士アルのこと。


 将来を誓い合い、幸せだった日々。だけど聖女として最後の務めである魔王討伐が終わり城に戻ったところ、大嫌いな王子に捕まりアルと引き離されたこと。


 こんな男に汚されるくらいならいっそ――と塔から飛び降りたことも、アルの息災を祈りながら死んでいったことも、全部思い出した。


 それと同時に、俺は悲しみで胸が一杯になった。そっか、智は俺の前世がアルの聖女だったから一緒にいてくれるだけで、俺が俺であることは関係なかったんだってさ。


 俺は智のことが大好きだった。だから余計悲しかった。今の俺は別に必要とされてないっていう事実に。


 くだらない前世ルーレットの罠によって、智は今世でも聖女に縛られてしまっている。


 だから俺は智もアルも大好きだけど、前世を思い出してからは智の笑顔にアルの面影を見つけては縋りつきたくなって仕方ないけど、智を解放してあげる為に前世を思い出したことは言わないことに決めた。


 もう聖女ユリに囚われないで、今を大事に生きてほしい。


 聖女だった時俺が最期に願ったのは、アルが聖女がいない人生を健やかに過ごしてくれることだったから。


 イライラしながら、交差点を渡ろうとしたその時。


「――危ないっ!」

「えっ」


 止まれの標識を無視して直進してきた乗用車が、目の前をビュンッと通り過ぎた。


 ドッ、ドッと心臓が激しく鼓動している。俺の腰を抱き寄せ俺の首に顔をうずめている智が、泣きそうな声で呟いた。


「も……先に死ぬとか、絶対許さないから……っ」


 智の言葉を聞いた瞬間、俺はブチッと切れた。


「――お前な! もういい加減ユリのことは諦めろよ! そんな女、どこにもいないんだよ、分かれよ!」


 どんなに俺たちが想い合ったところで、俺たちは男同士。叶わない恋なんてさっさと忘れるべきなんだ。


 すると、腰に回されている腕に力が込められる。――ん?


 これまで聞いたこともないような低い声で、智が言った。


「……僕、一度もユリの名前は出したことないんだけど」

「あ」


 しまった、と思った時にはもう遅い。どう考えても怒ってる笑顔の智が、抱き締めたまま言った。


「そっか、大輝は女じゃないことを気にしてたの? うん、俺たちはよく話し合う必要があるみたいだね」

「ま、智、」

「もう待たないよ。逃さないから」

「ひ……っ」


 怖すぎる笑顔を向けられて、俺の身体がヒュンッと竦む。


 もう逃げられない、と悟った瞬間だった。

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