第26話 お仕事終わりと夢の中

 その日は野営をし、狐の他に狩った獣を捌いてみんなで食べた。

 男爵家の狩りだというのに、まるで本場の狩人のようだ。

 武家というのは、いわゆる貴族のイメージと違うものなのだなあ。


 僕は感心し、ここで油の力を振るった。

 具体的には……。


 鉄板の上、油に焼かれてじゅうじゅう音を立てる肉!

 追い油で全体に熱を回し、余計になった油は回収して魔力に戻す。

 我が肉料理に余計な油っこさはなし!!


「ぬう!! み……見事……!!」


 男爵までもが瞠目し、僕の油捌きを見つめていた。


「すごい……! 凄いわ!! 早く食べたい! 私、そのお肉が早く食べたい!!」


 ソフィエラ嬢はお行儀の良さも忘れ、お肉に釘付けである。


「なるほど……これが客人の真骨頂か……」


「確かに、余人には真似できぬ技よ……!!」


 騎士たちも猛烈に褒めてくれる。

 で、リップルは胃の辺りを押さえて、


「私に取り分けるのはあっさりめのところにしてもらえると……」


 なんとお年を召したようなことを言うのだ。

 いや、彼女が全盛期で活躍していたのが三十年ほど前らしいから、引退しててもおかしくない年齢ではあるのか。

 ハーフエルフだから、肉体が歳を重ねないだけなのだ。


 精神はとても人間ぽいから、中身は割とおばさまかもしれないな。


「ナザル、何か私に大して失礼なことを考えたりしなかったかな?」


「いやいや、何も?」


 焼き上がった肉をナイフで削ぎ落とし、めいめい好みの量の塩とハーブを載せてパンに挟んで食う。

 美味い。


 女騎士アップルがたっぷりとお湯を沸かしてくれていたので、これでお茶を淹れて飲む。

 うーん、さっぱり。

 だが、僕以外はお茶に砂糖を入れている。

 渋いままのお茶を飲む僕を見て、みんな不思議そうな顔をした。


「ナザル、お砂糖を入れないで渋くないの?」


「慣れてますからねえ。それに、渋さの中に旨味ってのがあってですね」


「ふ、ふうん」


 ソフィエラお嬢様がドン引きした!

 どうもこの世界、お茶を甘いものを入れずに飲むという習慣が乏しいらしいのだ。

 砂糖が貴重な時代は、蜜や果実を潰したものを入れていたそうだし。


「ところでだな」


 男爵が話を始めた。

 僕たちが倒した襲撃者についてだろう。

 彼らは騎士たちの懇切丁寧な尋問……というか拷問でも何も吐かず、口の中に含んでいた毒袋を噛み切って死んだので、結局正体不明だった。


「このことは盗賊ギルドに連絡をしておく。どうも襲撃の方法が盗賊めいているように思えるのだ。この襲撃より我らを救ったナザルとリップル、報酬には私からも少し上乗せをしておこう」


「うひょう、ボーナスありがとうございます!」


「ボーナス……?」


 おっと、地球の言葉は通じないのだった。

 結局、襲撃者の話はこれで終わり。

 分からんものは分からん。

 だが、騎士団長と令嬢を狙って国の守りを揺るがそうと企む何者かであろうということで結論がついた。


 騎士たちが交代で不寝番に立ち、僕とリップルはご厚意で寝かせてもらえることになった。

 なぜかテントが一緒なのだが?


「余計なテントは無くてな。荷物になる。適当に寝ていてくれ」


 男爵からのありがたいお言葉だ。

 リップルは馬上にいたのが相当に堪えたようで、横になった瞬間にぐうぐうと眠ってしまった。

 なんと無防備な人だろうか!


 まあいい。

 僕も寝るとしよう。


 その夜、見た夢のことははっきり覚えている。

 懐かしい頃の夢だ。


 僕の生まれ故郷はアーランのように遺跡の上にあった。

 まあ、小さな遺跡だが。

 その遺跡がある日崩れ、故郷も土の中に飲み込まれていった。


 僕は油の力で生き残り、一人とぼとぼとアーランにやって来た。


 そこで日雇いの仕事などをしながら必死に食いつないだのだ。

 まあ、見た目は子どもでも中身は異世界の社会人なのだ。

 人付き合いというものは分かる。


 なので、まあまあこれはこれで、楽しく日々を送っていた。

 そこで、ある日冒険者ギルドに手紙を届ける用事があった。


 冒険者。

 生前に遊んでいたTRPGではよく耳にした単語だ。

 実際、僕はプレイヤーとして冒険者になって異世界を巡ったし、そう言う想像を働かせることもあった。


 だが、この世界では現実だ。

 扉をくぐると、あたりを包む喧騒。

 武器と防具に身を包んだ、戦士や盗賊、魔法使いに神官が行き交う。


 目移りしながら歩いていたら、床がめくれたところにつまずいて転んだ。


 ……と思ったら。

 差し出された杖の先が、僕を支えていたのだ。

 見上げると、杖を手にしている女性と目が合った。


 美しい女性だった。

 青く反射する銀髪に、やっぱり青い瞳。

 真っ白な肌。

 耳は尖り、髪の毛から突き出していた。


 エルフだ。


「大丈夫かい、少年? 君が冒険者になるには少し早いんじゃないかな?」


 それが僕を、冒険者の道にいざなった不思議なお姉さんとの出会いだった……。


 というところで目が覚めた。

 いやあ、よく寝た。

 体の節々は痛いけど。


 なんで痛いのだろうなと思ったら、横に寝てた安楽椅子冒険者が、僕の胴体を斜めに横切る形でぐうぐう寝ているではないか。

 なんという寝相か!

 この人は眠っている間も自由すぎる!


 僕はリップルを斜めに転がした。


「ウグワー!」


 あ、目覚めた。


「ぐわあああ、最悪の目覚めだ。最高に美味しいマスターのケーキが食べられると言う瞬間に目が覚めてしまった……。目覚めたら野営地だった。ケーキはない。絶望だあ」


 いつものリップルだった。


「さあ目を覚ませリップル。今日で仕事は終わりだ! ケーキは帰ってから食べればいいだろう。それに今回みたいに仕事をどんどん受けて稼がないと、質に流した杖が買い戻せなくなるぞ」


「うう、分かってるよ。だが人は……勤勉に金稼ぎだけをやって生きていけるようにできてはいないんだ……。帰ったらしばらくサボりたい」


 本音が出た。


 男爵もご令嬢も起きてきて、それではアーランに戻ろうという話になる。

 どうやらアーランを狙う陰謀が起こりつつあり、僕は男爵からの覚えもめでたくなってしまったが。


 冒険者として過ごす日常に、まずは帰還することにするのだった。


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