36 再誕は炎の中から
再び気絶したラガルティハを二階の空き部屋に運び、ボロ服ではなく丈が足りなくて肩幅もパッツパツだが太さ的には余裕だったジュリアの着替えを着させて、ベッドに寝かせて、ここでようやく一息つく。
……さっきのは夢だったのではなかろうか。不意に、冷静になった頭の端に、そんな考えがよぎった。
そう、ラガルイの
少し時間が経って冷静になったが、いや、うん、現実味が湧かない。幻覚でも見たんじゃ無いかと思ってしまう。
だって幻覚だったはずの推しカプがちゅっちゅしている光景なんて信じられないじゃないか。例えそれが、人命救助に必要な行為だったとしても。
あまりの衝撃にまだ脳が破壊されたままで修復が追いついていない。どこかぼんやりとしていて、それでいて思考はクリアな感じがする。
とりあえずこのままボケッとラガルティハを見ている訳にもいかないので、二、三度自分の頬を両手で叩いて、部屋を出た。
作業室に戻ると、ルイちゃんとモズは一足先に、モップで床に飛び散った血を掃除していた。
止血作業をしていた時は気付いていなかったが、ガーゼが吸収しきれなかった血が長椅子にも垂れて、そのまま床に血だまりを作っていたようだった。ぱっと見だと、殺人でも起こったのかと思わずには居られない血みどろ大惨事だ。
切り落とした翼は、さっきまで無かったはずの麻袋に入っているらしい。ちょっと土が付いている所から、恐らく根菜類を入れていた麻袋だったのだろう。少し前にまとめ買いした時に、買い物用のバスケットに入らないからと麻袋に入れてもらった記憶があるので、多分それを流用しているんだと思う。
「上に寝かせてきたよ」
「あの竜人さん、大丈夫そうだった? どこか苦しそうとか、そういうのは無かった?」
「大丈夫大丈夫、ぐっすり爆睡だった。強いて言うなら、ちゃんと男物の服着せないと肩幅キツくて寝苦しそうって感じだった」
「よかったぁ……じゃあ、お掃除が終わったら買いに行きましょ。今日は流石に店じまいだなぁ……」
「こんな寒い日に買い物に来る人なんてそうそう居ないから大丈夫でしょ。……うっわぁ、冷静になって見てみたら大惨事だなこれ。血の染み落ちる?」
「一応床には撥水加工がされているから大丈夫だとは思うけど、試してみるね」
ある程度血を拭き取り終わったルイちゃんは、伸びて広がった血の跡に向かって手をかざす。
「est aqua clarus」
そして以前聞いた事があるような詠唱を唱えると、何も無い所から水が湧き出て、長椅子や床の血で汚れた部分を覆った。
しばらくモニョモニョとスライムのように動いていたが、浮いた汚れが水泡の中心部に集まり終えると、ルイちゃんが指先を動かした通りに動いてシンクの中に落ちていった。
まるで魔法のような光景に、やっぱりファンタジーの世界なんだなぁ、と感心する。
が、そう思った次の瞬間、ちょっと待てと違和感が待ったをかけた。
ルイちゃんはゲーム内では風属性で実装されている。それは別衣装でも同じだ。
だというのに、目の前のルイちゃんは水属性のスペルを使った。これは一体、どういうことなのだろうか。
「ルイちゃんって水属性使えたの?」
「使えるって言っても、洗浄の
その返答に、ああなるほど、と一人納得する。
恐らくゲーム内で別属性で実装される時は、ある程度戦闘に使える程度には使えないといけないのかもしれない。
そういえば、モズも闇属性と、闇と光の複合属性である歪属性を使うが、光属性のスペルを使っている所を見た事が無い。
ただ使えるだけと、実用レベルで扱えるのは違うということだろう。
「他に何の属性が使えるの? 確か風属性は使えたよね」
「土属性もちょっとだけ。水属性と同じで、使えても力が弱すぎるから、土属性の魔力にある凝固の特性を薬作りに利用するくらいにしか使えないの」
「はぇー、魔力の特性とかもあるんだ。それは初耳だ」
「昔ジュリアちゃんと一緒に
「あらら。じゃあ今度個人的に調べてみよーっと。……っとと、長椅子の方は完全にシミになっちゃってら。誤魔化しようも無いなぁ、こりゃ」
「……この際だから処分しようかな。どうせ使っていなかったものだし」
「じゃあ庭の倉庫に置いといて、後で業者さん呼んで引き取ってもらうか」
長椅子を退けて、モズが仕上げにモップで水拭きをして、床はシミ一つ残らず綺麗になった。
だが、手を洗う余裕なんて無かったとはいえ、ルイちゃんは血まみれの手で作業台のあちこちを触っていたので、そちらも掃除しなければならない。
そう思ってふと作業台に目をやると、血で汚れてしまった紙束が目に入った。
確か以前、父親のレシピブックにエリクサーの製法が書いてあったと言っていたが、まさかこれのことではないだろうか。
少し気になって、ルイちゃんに聞いてみることにした。
「そういやお父さんのレシピブックって、もしかしてこれのこと?」
「ううん。それはお父さんのレシピを元に、私の作ったレシピとか、改良したレシピを追加したものなの。お父さんのレシピブックもちょっと古くなってきたし、破れかかっているページとかあったから作り直そうって思って作ってたの」
「そっか、それならよかったよ。お父さんの形見を汚さずに済んで。でも、流石にこっちは紙だから水呪文は使えないか」
「レシピは頭の中に全部入っているから、もし汚れて読めなくなったページがあっても、後で書き直せば良いだけだよ」
「おお、そっか。……ん? じゃあエリクサーの時は何で引っ張り出してきたの?」
「随分昔に興味本位で二、三回チャレンジしてみた事があっただけで、ちゃんと覚えているかはちょっと自身が無かったから……」
「なるほどね」
数回で完璧に覚えられたら天才の部類だ。それならマニュアルを引っ張り出してきて当然だろう。
ほんのり香るルイちゃんの努力型キャラの匂いに解釈が一致するし解釈が深まる。
ルイちゃんはスペック的にお人好しとか優しさのパラメーターが突出してるだけで、他は一般人くらいなのが良いんだ。だからこそのキャラクターとしての良さと深みとコクがあるんだ。
「……で、よ。コレ、どうする? 長椅子持って行こうと思ったんだけど、これも一緒に持ってく?」
ずっと考えないようにしていたもの、要するに切り落としたラガルティハの翼が入った麻袋を指さして言う。
ついでにそのまま回収して持って行こうかと思ったが、一応生ものの部類に入ると思うので倉庫に入れて春になるまで眠らせておく訳にもいかないし、正直処理に困る。
「ど、どうしようね……」
「捨てりゃえいじゃろ」
「いやまあそうなんだけどね? その処理方法をどうしようって話よ」
「流石にゴミと一緒に捨てるのは、ちょっと……」
私も同意見だ。流石に人の体の一部をゴミとして出してしまうのには抵抗があるし、しかもそれが、推しの体の一部だと考えると尚のことそう思ってしまう。
どうしたもんかと考えていたが、ふと、大昔に匿名ネット掲示板で見たある話を思い出した。
「あ、良い方法思いついた。これだけ火葬して骨壺に入れちゃえばいいんじゃね? 確か、片腕を事故で無くした人がそうしたっていうスレ見た事あるし」
「すれ?」
「ああうんそれについては気にしないでもろて」
「そ、そう……? それより火葬って、焼いて骨にするってこと?」
「うん。あ、でも待てよ? こっちは土葬文化だったわ……そもそも火葬場が無いわ」
死体をお骨にするためには火葬炉が必要だし、火葬炉の温度は1,000℃度を超える。
それに耐えられるような炉があるかと言われれば、この土葬文化のウィーヴェンには無い可能性が高い。あったとしても、金属や焼き物なんかを扱う工房くらいか。
そんな文明加工物を作成する所でこんな不謹慎な物を処理させるのは気が進まない。
だが、ルイちゃんは何か思い当たる節があったらしい。ぱあっと顔を明るくさせた。
「ううん、良い考えだと思う!」
「マ?」
「私みたいな鳥人種とか、爬虫種や竜人種の人って、赤ちゃんが生まれた後に卵の殻を焼いて砕いて、それを小瓶に入れて取っておくの。汎人さんのへその緒みたいなものかな。骨くらいだったら、似たようなことが出来ると思うの」
「へー、初耳。そういう高温処理してくれる所があるんだ」
「大抵は教会にあるから、事情を話して、頼んでみたらどうかな? 大きさが大きさだし、多分、肉を削ぐ処理をする必要はあると思うけど……」
「良いんじゃね? 私は賛成よ。それに、火葬って考えでやるよか、誕生の証って意味合いでやった方が印象も良いしね」
「じゃあお買い物に行く前に頼んできましょ!」
「せやね。よし、じゃあ決まった所で、これ持ってくね~」
刻印の「剛力」を
部屋から出て行く前に、ルイちゃんが何かを思い出したように「あっ、そうだ」と呟き、私に声をかけてきた。
「スライムを一匹、連れてきて欲しいの。あの竜人さんのお薬を作るのに必要だから」
「あいつら冬眠してるけどいいの?」
「うん。しばらく暖炉の前で寝かせておけば起きてくれるよ」
「はいよー任されましたよ」
そう返事をして今度こそ庭に向かおうとして、今度は私がある事を思いついて足を止めた。
「ねえルイちゃん。ちょっと実験したいから、余ったエリクサーをちょっとだけもらってっていい?」
「良いけど、何をするの?」
「スライムに食わせたら、エリクサーを生成出来るスライムに変異しないかなって。異世界放浪しながらとんでもスキルで飯を食う創作物に、薬効のあるキノコを食いまくった結果、回復薬を生成出来るようになったスライムが登場するんだけどさ、似たようなこと出来ないかなって」
「いくらスライムが変異しやすい種類の魔物だからって、流石にその考えは安直じゃないかな」
「もしそうなったら便利やん?」
「ふふっ、確かにそうかも。はい、このくらいでいい?」
ルイちゃんはフラスコに入っていたエリクサーを小瓶に移し、私に手渡してきた。目薬の容器くらいの大きさだが、充分だろう。
「うん、オッケーオッケー。まあ物は試しってことで、行ってきまーす」
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