23 妖怪首置いてけ

 金属同士がぶつかる様な音と共に青い火花が飛び散る。

 少年の刀が防壁に当たる度に透明な薄青の壁が光り、本来ならば私の身を幾度と斬っていただろう事実を突きつけていた。


 初撃以降、ヘーゼルが張ってくれた防壁は少年の攻撃に反応するようになり、私自身がビビリなので安心なんてこれっぽっちも出来やしなかったが、騎士さんが待機しているはずの場所に逃走しつつ、少年にマイナス効果のある刻印を付けてやろうとする余裕くらいは生まれていた。


「ほら、足止めするなら早くしてくれないかな」

「ぺーぺーの初心者に無茶言うな! オラーッ、当たれ鈍足【複製】&【固定】コピペ!」


 刻印の出現ポイントをより明確にイメージするために、人差し指と中指を揃えてピストルのような形にして、少年に向ける。しかし少年は素早い身のこなしで飛び退いてしまい、私の抵抗は哀れにも、地面等に鈍足の刻印を落書きするという結果にしかならなかった。


 私自身に発動しているものの一つに「岩肌の刻印」という強力な刻印があるのだが、素肌の強度を岩のように固くする代償として、肉体の動作に制限がかかってしまうというデメリットが存在する。

 多少小走りする程度なら問題無いが、激しい動きをすると肉体がひび割れるような痛みが走るのだ。

 刻印共鳴が発動してデメリット効果も強力になってしまっているこの状態で全力疾走でもしようものなら、全身に肉離れ状態になりかねない。


 逃げるにせよ、助けを待つにせよ、スピード重視のヒット&アウェイ戦法を得意とする少年を退けるためには、私はここで一度足を止めて真正面から戦わなければならないのだ。

 構えた手が震える。緊張なのか恐怖なのか、それとも興奮なのか、原因はわからなかった。


 私の抵抗の間を縫って、一度距離を取った少年が再び接近する。

 彼の赤い瞳が一瞬、より紅く光ったように見えて――次の瞬間、胸元に強い衝撃を受け、尻餅をついてしまう。

 目の前には、刀を突き出した少年の姿と、恐らく刀が貫通した跡であろう細長い穴が空いた防壁。


 少年の顔に、にやりと笑みが浮かんだ。


「ひっ――ウワーーーーーッ!! 今! 何!? 今防壁貫通した!?」

「貫通したね。わずかにモルド体結合の甘かった部分を的確に貫くなんて、驚いたよ」

「結合甘かったって何!? 手ェ抜いてたの!?」

「いいや? 手を抜いていないのに、ただのヒトがこんな芸当をしたんだ。素晴らしい技能じゃないか」

「感心してる場合かー!!」


 刻印の効果が無かったら今頃胸元に風穴が開いていただろう。

 ガッチガチに防御を固める方針にしておいて本当に良かった!


 防壁を斬れると確信したらしい少年は、再び攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、その剣撃は防壁に当たる事は無かった。少年の後方から響いてきた花火のような音に気を取られて、攻撃を中断してそちらに構え直したからだ。

 空には青く輝く信号弾のようなものが浮いていたが、すぐに消えてしまった。


 余裕のある足音と共に、ようやく待ち望んでいた姿が現れる。


「遅くなりました、レディ。お怪我は?」


 暗がりの中で黒に見える暗いグレーの長髪が風に揺れ、低い位置で一つに纏めている結わえた部分が、マントと共にはためいた。

 やっと、ノルトラインさんが追いついたのだ。


「おっそいですううううう!! 怪我無いです!」

「そうですか。合図を送りましたので、すぐに団長も参ります。もうしばらくの辛抱を」


 ノルトラインさんは美しい所作で既に抜いていた剣を構える。

 始めは無表情で彼を見据えていた少年だったが、みるみるうちにその顔に憎悪の表情が浮かんできた。


「なして邪魔ばかりすんじゃ、鎧ぃ! おいはねえちゃんと一緒に居たいだけなんに!」


 一度ならず二度までも邪魔をされたからだろう。少年はついに癇癪を起こし、視線だけで人を殺せそうな程顔を歪ませて、ノルトラインさんへ斬りかかった。

 少年とは対照的に、冷静に二、三と剣でその攻撃をいなし、水属性のスペルで反撃しつつ私から離れるように誘導する。


 私を守りながら迎撃するというプロの仕事ぶりに驚きながらも、ジュリアの拳すら受け止めた防壁を貫いた少年の剣術を思い出し、慌てて進言する。


「そいつ防壁貫通して攻撃してきました! 受けようとするのは止めた方がいいです!」

「……そのようですね」


 ちらりと見えた彼の剣には、既に刃こぼれが出来ていた。

 見るからに良い剣っぽそうなのに傷物にしてしまった事に、心の中で謝罪をする。後でちゃんと謝ろう。


「走れますか?」

「走ったら刻印のデメリットで四肢が爆発するかもしれません!」

「ならば――今ここで、奴を迎え撃ちましょう」

「正気!?」

「至って正気です」


 ノルトラインさんという救援が来た瞬間に、私の中には最早「迎撃」の二文字は消え失せていたため、彼の決断に大変失礼な言葉を口にしてしまった。


 いや、彼の言いたいことは分からんでも無い。

 防御極振りの弊害として、逃走という選択肢の成功確率が著しく下がってしまった現状では、一番では無いにせよ、迎撃するのが良策だろうと理解出来る。

 私としても、今付けている刻印を一つでも外して防御力が下がってしまったら、先程までは防げていた攻撃が防げなくなるかもしれないので、極力身の安全が確保されるまではこの構成のままで居たい。


 最悪、ここで討伐出来ずとも、ジュリアが来てくれると言っていたのだ。

 増援が来ることが確定しているのであれば、悪手では無い選択である。


「去ね、鎧!」


 一切の躊躇無く、少年は猿叫でもしそうな勢いで刀を振り下ろす。

 素早い攻撃に避けきれないと判断したのか、ノルトラインさんはその一撃を受けていなした。


 少年は完全に血が上っているのか、先程までの洗練された攻撃ではなく、どことなく雑さのある一撃に見えた。

 その証拠に、ノルトラインさんも軽々とその攻撃を凌いでいたし、思い返してみれば剣の刃こぼれも、防壁を貫かれた事と比べれば左程酷いものではなかった。


 やはり少年は年齢的な体格の差から、ただ力任せに攻撃するだけでは火力に劣るのかもしれない。


 恐れるべきは、防壁を貫いた時のような澄ました一撃。

 ウィークポイントを見極められる直感と、そこを狙い撃てる技巧だ。


 冷静さを取り戻されたら不味いかもしれない。

 少年が怒りで本領を発揮出来ない今だからこそ、攻めに転じるべきだと、私も確信した。


 ノルトラインさんの鎧と剣に頑強の刻印を付与する。デメリットが無い代わりに、効果は岩肌の刻印程強力な訳では無い。だが、固い金属に付与するならそれなりの効果が見込めるはずだ。


 意を決し、私は声を張り上げる。


「何とか動きを止められませんか!? 三秒……いや、一秒止められるのなら、何とか動きを鈍らせるくらいはします!」


 せめて鈍足の刻印だけでも少年に付けることが出来たなら、戦闘を有利に運べるだけでなく、私が逃走する隙が作れるかもしれない。


 タイミングさえあれば、少年に刻印を付けるだけならやれる自信が、私にはほんのちょっとだけある。

 これでも一応、以前はインクをまき散らすTPSゲームをそこそこやりこんでいた身である。

 別に狙撃が得意という訳では無いが、目標をセンターに入れてスイッチする技術なら数ミリ程度は経験しているのだ。


 やれるかやれないかで言えば、やれる。

 ならば、やるしかない。


「お任せを」


 ノルトラインさんは振り返らずに答えた。

 私達のやり取りに更に堪忍袋の緒が刺激されたらしい少年は、射殺さんばかりに私を睨み付けて叫ぶ。


「ねえちゃん浮気か!?」

「浮気も何も、どっちともそういう関係じゃありませんけど!?」

「私としては是非そういう関係になりたいものですが」

「余計な一言! 子供の前でそういうこと言う人は断固拒否します!!」

「鎧……おまんだけは絶対に晒し首にしちゃる!」


 私としては完全に余計な一言だと感じたノルトラインさんの発言は、どうやら煽りとしては百点満点だったらしく、完全にブチギレた少年は自身に身体強化をかけてノルトラインさんに特攻を仕掛ける。

 完全にヘイトがノルトラインさんに向かったのはまだいい。彼は戦闘慣れしている。


 だが、しかし。


「これさ、万が一ノルトラインさんがやられたらさ、怒りの矛先私の方に向かない?」

「向くだろうね」


 小さな声でヘーゼルが同意する。


「その時には少年、絶対殺すマンみたいになってるやつだよね?」

「なっているやつだね」

「ヤバない?」

「ヤバいだろうね」

「絶対ノルトラインさんが死なないようにしなきゃ……!」

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