第13話 王子さまの本音
はじめてのメイドのお仕事も、無事に一日を終えることが出来そうだ。
エリザは今日は夕方までということで、いったん仕事をあがった。私はレイと帰ることになっていたから、まだ城に残っている。
タリアンさんから、ルーセルに一度顔を出して欲しいと、言伝てがあったと渋い顔で告げられたので、お茶を持ってアレクシス様の執務室へ伺うことになった。
紅茶はタリアンさんが入れてくれる。これはタリアンさんにしか、許されていないらしい。アレクシス様が口にするものだから、信用のおける者にしかできないということなのだろう。
タリアンさんが琥珀色の紅茶をポットに入れて、トレイにのせて渡してくれる。
繊細で綺麗な色の紅茶、タリアンさんらしい印象だと思った。
私は紅茶をのせたトレイを落とさないように、気を付けながらアレクシス様の執務室へ向かう。
タリアンさんがアレクシス様専用に給仕をするための部屋があって、そこは執務室からそう離れていないから、もちろん紅茶も冷めることなく運べる。
いつもはタリアンさんが持っていくのだろうけど、今はルーセルの要望もあって、特別に私が持っていく。
粗相をしないように少し緊張して運んでいく。
細心の注意を払いながら、扉の前に立った。
右手をあげてノックをしようとしたそのとき、部屋の中からアレクシス様の苛立った声が聞こえてきた。
「いったい、いつまで待てばいいんだ!俺たちには時間がないんだ!」
「アレク」
レイの声も聞こえる。
「北のあいつが目覚めたというのに」
北のあいつ?
「まだ目覚めたとは決まっていないだろう」
「時間の問題だ!」
アレクシス様、怒ってる。
どうしよう……こんな中、ドアをノックするなんてしづらい。
「俺に力が戻らない限り、このあさましい呪いを解かない限り、太刀打ち出来ないんだ」
力が戻らない限り?
呪い?
「まあ、何か対策はあるさ」
ルーセルの宥めるような声も聞こえる。
「対策?対策ってなんだ。それが女神召喚だったろう?」
え……?
「俺たちには、もう女神を頼るしかなかったんだっ、それがあの女のせいでっ。あいつが女神の代わりになるのか?そんなことは出来ないだろう!」
息が止まるような気がした。
私の、せいだ。
私が間違ってこの世界へ来なければ、あのときお節介なんてしなければ。
私があの日、ふくろう古書店に行かなければ。
どうしてここにいるのが、私なんだろう……
自分が悔しくて、唇を噛んだ。
「アレク……言いすぎだ」
「ああ、そうかもな。でもな、」
「しっ」
ガチャリ……ギィ……
重い音を立てて、目の前の扉が突然開いた。
私は声も出すことが出来ず、扉を開けたレイと目が合った。
「ミツ、キ……」
彼も驚きの表情を浮かべている。
ど、どうしよう!立ち聞きしたなんて。
レイも困っている。
「あ…」
「あ、あの!」
彼が何か言う前に、慌てて彼の言葉を遮った。
「お茶をお持ちするようにと言われたので、お茶をお持ちしました!入らせていただきます」
私は気にしてない、って平気を装って、口元に笑みを作った。
レイが扉を開けている横を、すり抜けるように部屋へと入っていく。
彼が何か言いたそうにしているけど、敢えて目を合わせず足早に横を通り抜ける。
そのまま部屋に置かれたテーブルへティーセットを置いた。
アレクシス様はこちらを見ようともしない。私の推しの騎士さまと同じ見た目というのが、なおさら彼に拒否されているようで、さらにツラい。
ルーセルはたぶんこちらを見てる。でも、誰かに何か言われるのも、私はなんて答えればいいのかわからないのもあって、彼ら誰一人とも目を合わせることが出来なかった。
何か言われるのが怖くて、平気なふりをして与えられた仕事をこなす。
足がもつれそうだ。
手が震えそうになるのを堪える。
部屋の中の沈黙が重い。
カチャカチャと茶器の触れあう音が、やけに響く。
ダメだ……泣いちゃいそうだ。
息が苦しくて、これ以上誰かに何か言われたら、涙がこぼれ落ちそうだ。
お茶を三人分入れ終えると、私はお辞儀をして出口へ向かう。
レイの横を通りすぎるときも、俯いたまま肩をすぼめて通りすぎる。なんだか自分の姿が惨めだと思うけど、こうすることが今の私の精一杯だった。
横を通る瞬間、彼が一瞬身じろぎをしたけれど、気づかないふりして、足早に通りすぎていく。
私は扉のところまで来ると、もう一度深々と頭を下げ
「すみませんでした。失礼します」
と言って、部屋を出た。
扉がゆっくり重々しく閉まっていく。そして、完全に扉が閉まったとき、彼らとの間にも隔たる分厚いドアが閉められたような気がした。
美月が出ていった後、彼女の姿を消すように重たく閉まっていった扉をレイはしばらく見つめていた。テーブルには彼女が用意した紅茶が三人分、丁寧に入れられている。
レイは二人に向かうと
「悪い、ちょっと出てくる」
と言って、部屋を飛び出した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
部屋を逃げるようにして去った後、私はすぐに仕事部屋に戻る気分にもなれず、誰かに会ってもいつもの私でいられる自信もなくて、回廊をトボトボと歩いていた。
どうすればいいんだろう
私もこんなところ来たくて来たんじゃない。
女神の代わりなんて、来たくなかった。
俯いたら涙が出そうだ……
すると、いつの間にかレイが後を追いかけてきていた。
どうしたらよいのか分からなくて、私は足早に行こうとしたけれど、すぐに追いつかれてしまった。
「おいっ、待てよ」
私は強く腕を掴まれて足を止めた。
少し彼の息が荒いのは、走って追いかけてきたのだろうか。
「な、なんでしょうか」
ああ、彼の目を見ることができない。私は目線を反らしたまま、身体は彼のほうへ向くことになった。
「………………」
「あの、用がないなら離してくれませんか」
「そんな顔してるのに……」
「!?」
「一人で行かせられるわけないだろう」
「っ!?」
ダメ、もうこれ以上、自分が情けなくて悲しくて泣いてしまいそうで、声が震えてしまう。
「もう、放っておいてください!」
私はもう限界で叫ぶと、彼の腕を振り解こうとした。でも。
ダンッ―
私の行先を遮るように、彼がもう片方の手を私の目の前の壁につき、私は壁を背に、彼の腕と壁に閉じ込められてしまった。
私はいきなりの壁ドンと至近距離に迫るすごいイケメンに、もう何が何やらわけが分からなくなってしまった。
「敬語はなし、て言った」
「はい?」
「もっと俺を頼れよ」
「………………」
「そんな顔してるのに、あんたはなんで笑うんだよ」
「……なん、で」
「辛いなら、」
「そん、な……そんなことっ、できるわけないじゃない!」
つい感情が溢れて、言葉と一緒に涙が一筋流れ落ちた。
「レイに言ったって、あなたに頼ったって、聖女じゃない私がここに来てしまったことは変えられない!私なんかが聖女の代わりになるわけもない!私は帰ることの出来る時まで待つしかない!泣いても、私がここにいる事実はどうしようもできない!」
レイは何も言わず、ただ苦しそうに私の顔を見つめていた。
私、サイテーだ。これじゃ、ただの八つ当たりよね。
俯くと涙が溢れたけど、もういい。
「手を、どけてよ」
そう言って、レイの腕を押しのけた。
私はその場にレイを残して、走り去った。
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