第13話 商会の光と闇

 緋色の牙【スカーレット・ファング】の評判は着実に落ち込んでいった。

 アロン代表は早急に付与効果スキル持ちの職人を手配するよう命じる――が、それは至難の業だった。

 そもそも付与効果スキル自体がかなりのレアスキルなので、それを探すだけでも骨である上に、ジャックは平均以上の付与効果数を誇っていた。さらに長年の職人生活で鍛えられたそのスキルは、ひとつひとつの効果が高練度で発動させられるようになっていた。


 これらの条件を満たす人間が世界にどれだけいるか、アロン代表にはその点の認識が薄かった。探せば見つかるだろうし、仮にどこかの組織に所属していたとしても大金を積めば簡単に寝返るはずだと踏んでいた。


 しかし、実際は同じ条件の人間すら見つけられない状況だった。

 その間も緋色のスカーレット・ファングは連敗を繰り返し、国内での評価はますます下がっていく。それを取り戻そうと、無茶な作戦を立てて挽回をしようとするが、すべてが裏目に出るという負のスパイラスに陥っていた。

 

「これはもう……取り返すのは難しいかもな」


 戦闘部門のリーダーであるレグロスは、商会の事務所にある真っ白になった予定表を眺めながらため息をつく。

無理もないことだが、ここのところの緋色の牙【スカーレット・ファング】は開店休業状態であった。仕事のない傭兵たちは先行きの不透明さから再就職の話し合いをし、工房の職人たちもモチベーションが以前よりも下落中。

 もはや手配される武器の完成度は町の武器屋にも大きく劣る品ばかりとなった。

 これでは歴戦の猛者である緋色の牙【スカーレット・ファング】の傭兵たちでも成果をあげるのは難しい。

 

「ここから持ち直すにはジャック・スティアーズという職人を連れ戻すしか手はないか」

「それは難しいかもしれんな」


 レグロスの言葉に横槍を入れたのは日中から酒を浴びるように飲む初老の男。

 彼の名はバート。

 緋色の牙【スカーレット・ファング】の工房長だ。


 バートはジャックの冷遇ぶりを間近で見続けてきた。なんとか助けてやりたいと常々思ってはいたが、下手に逆らうと自分の身が危ないとかかわりを避けてきた。先代のバカ息子が新しい代表となり、あっさりとジャックを手放した。


 今頃、彼は自由を謳歌しているだろう。

 あの力と作戦立案能力があれば、どこへ行っても活躍できる。

 もしかしたら、すでにどこかの騎士団か魔法兵団に引き抜かれているかもしれない。


「今の商会の現状はあのバカ息子だけじゃなく、ワシらの責任でもある。権力を恐れずにジャックの待遇改善を申し出ていれば、今のような状況にはならなかったかもしれんからな」

「……耳が痛いですな」


 レグロスにも心当たりはあった。

 付与効果職人としてだけではなく、軍師としても類稀な才を持っていた彼に相応の報酬と待遇を用意していれば――だが、それを悔いたところでジャックは戻って来ない。


「代表は強硬策を考案中だそうだが、肝心のジャックの行方が分からないと嘆いている」

「それなんだが……ちょっと気になる情報を持ってきた商人がおった」

「気になる情報?」

「うむ。イルデンという国で壊れた馬車の車輪を直した付与効果職人がいたらしい」

「まさか……それがジャックだと?」

「代表はその可能性に賭け、数人の使いをイルデンへと送った。これがラストチャンスのつもりだろうな」

「そうですか……」


 イルデンで目撃されたジャックらしき人物。

 本当にそれがジャック本人ならば、アロン代表はあらゆる手を――それこそ、法に触れるような手段であっても駆使してジャックを連れ戻そうとするはず。

 だが、イルデンは他国だ。

 最悪の場合、国際問題に発展するかもしれない。 

 そうなれば、もはや商会内での小競り合いでは済まされないだろう。


「早まったマネをしないでくれと祈るしかないのか……いや、まだ手はあるはずだ」


 今のアロン代表は、もう誰の助言にも耳を貸さない。

 だったら――と、レグロスはわずかな可能性にかけて動きだしたのだった。

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