第9話【幕間】不信感

 大臣から釘を刺されたアロンは、ただちにジャックの行方を追い、その身柄を確保するよう戦闘部門のトップであるレグロスへと伝えた。

 アロンの無知が招いた失態の尻拭いをさせられる形となり、要請を受けた戦闘部門の傭兵たちから不満の声が漏れだしていた。


「隊長、どうします?」

「どうもこうも、こちらにも落ち度がまったくなかったわけじゃない。やるしかないだろう」


 レグロスの語る落ち度とは、アロンに命じられてジャックを放りだした自分の部下たちにあった。彼らはジャックの持つ付与効果スキルの貴重性を知らず、ただアロンの命令に応じただけなのだが、もし知識のある者がいれば、この暴挙を止められていたかもしれない。レグロスはそれを自分の教育不足と感じていた。


 しかし、仮にあの場に自分がいたとして、ジャックのスキルについて説明をしたとしても聞き入れてくれる可能性は低いだろうという考えも持っていた。

 若いアロンは自分の立場を鼻にかけ、他者を見下す傾向が強い。これは先代代表が甘やかして育ててきたのが原因である。


 ただ、今さら先代の子育てを批判したところで何の解決にもならない。

 ここは命令通り、ジャックの行方を追って連れ戻すしかないだろう。


「ですが、ジャック・スティアーズは応じるでしょうか」


 部下のひとりが不安そうに尋ねてくる。

 レグロスは、彼がこれまでどのような扱いを受けてきたかよく知っている。優れたスキル持ちでありながら、先代代表は絶対によそへ渡さないようまるで奴隷のような扱いをしていた。他の職人と比べても不遇と言って問題ない。


 そういった環境もあって、出会った当初のジャックは自分に自信がないという印象を受けていた。

 悪質な洗脳に近いやり口だが、優れたスキル持ちに対してこのような手段を取る商会や冒険者パーティーは少なくない。特段珍しいわけでもなかった。


 ――だが、ここ数ヵ月のジャックは以前と違う雰囲気をまとっているようにも思えた。

 自分のスキルの真価に勘づいている節がある、とレグロスは睨んでいたのだ。

 彼がアロンから追放を命じられた時、かつての洗脳された状態なら泣きわめいて工房へ残してもらうよう懇願したはず。だが、実際にはあっさりと受け入れ、旅立っていった。


「……彼を捜しだすのは難しいかもな」


 ため息とともに、レグロスは弱気を吐きだす。

 そもそも、連れ戻すことに対してあまり乗り気ではなかったからだ。


「ヤツはもう新しい人生を歩んでいる。それを強制的に連れ戻すというのは……どうも、な」

「しかし、代表はきっとあきらめませんよ」


 部下の言うことももっともだ。

 自分の思い通りにならない事態が何よりも許せないあのアロン代表が、それを捻じ曲げてでもジャックを連れ戻してこいと命じたのは異例中の異例と言えた。裏をかえせば、それだけ本気というわけなのだ。


 アロン代表のやり口は気に入らないし不信感も募るが、多くの部下を路頭に迷わせるわけにもいかない。それに、工房で働いている職人たちにも生活がある。


「やれるだけやってみよう」


 部下たちからの不満は高まるだろうが、それしか方法はない。

 レグロスはそう判断して、部下を招集した。



 ――これが、緋色の牙【スカーレット・ファング】の崩壊の序章だとは夢にも思わず。

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