#02 押入れの黒歴史に救われた話

「わー!懐かしー!」


 これはついこの前、猫丸が押し入れの整理をしていたときの話である。


 卒業時に捨てずにいた中学時代の教科書を、部屋に無断でやってきた母親に見られてしまったのである。


 もう使われることのない大量の教科書が仕舞われている押し入れを見た母親から、問答無用でビニール紐を寄越され、次の資源ごみの日までに全て処分するように命じられた。


 猫丸は当然反抗した。中学校の勉強の復習をしたいから…とかそういう理由では勿論なく、昔の思い出を彷彿させるものを一つでも多く残しておきたかったのだ。


 ミニマリスト気質の母親との口論の末、なんとかかご一つ分くらいなら残すことを許された。


 そんなわけで、名残惜しい気持ちを抑えて押し入れに手を突っ込んでいたら、奥の方に入れた覚えのないノートの束を見つけたのである。


 『なにこれ?』と訝しげに眉を顰めながら取り出すと、それは確かに過去、猫丸が使っていたものであった。

 

 だがそれは授業で使い終わったノートでも、自由帳でもなかった。一体何だったかと言うと、それは猫丸が過去に書いていた自作小説だった。


 外に出てみんなと遊ぶより、自分の席で一人で読書をする方が好きという子供時代を過ごした猫丸。


 読書感想文や標語で何度か入選したこともあり、私は話す能力が書く能力にすべて持っていかれたのだ、と謎の自信とともに自負していた。


 だから私は人と上手く喋れなくても仕方ない、とコミュ症の言い訳材料にもしていた。


 そんな感じで成長したため、小学校高学年になる頃には自分で物語を書くようになった(初めは漫画なんかをそのまま文字化しただけだった)。


 一度、母親が学校用にと間違えて大学ノートを大量に買ってきたことがあり(猫丸の通っていた小学校はマス目ありのしか駄目だった)、それを執筆用に当てていたのだ。


 それに慣れてくると、一から登場人物やストーリーを考えられるようなり、完全自作のちゃんとした物語を書くようになった。


 しかし中学生になってスマホを買ってもらうと、無料の小説専用アプリに直接打ち込むようになり、


 やがて高校入学時にタブレットパソコンを買ってもらう(高校で必要だった)と、Word等で執筆するようになり、


 さらにその年の夏頃に『カクヨム』に出会ってからは、アナログからはすっかり遠ざかっていた。


 だからこのノートも使わなくなって、押入れに仕舞ったままずっと出していなかったのだが、偶然その存在を思い出すことが出来た。


「わー、懐かしい!」


 ノートの数は十冊以上にも及んでいた。執筆を初めて約六年、これまで長編、短編合わせてざっと二十以上の物語を書いていた。


(ただ大の飽き性だったので、途中で飽きて結局最後回まで書かなかった話がほとんどなんですが…)


『カクヨム』上で自作小説を公開し、有り難いことに何人かの読者さんもつくようになる前、誰の目にも届けられることなくひっそりと書き綴っていた物語。それこそ、今の猫丸の原点なのである(?)。


 そんな訳で、久々に懐かしい品を見つけた猫丸は、掃除そっちのけでそのノートをワクワクしながら開いた。

 

「………」


 しかし、猫丸は読んで数分も経たずに、ノートをそっと閉じた。


 何故かって?せっかくなので当時のノートに書いてあった実際の文章を、いくつか載せてみることにしよう。



【朝起きるシーン】


チュンチュンチュンチュン……

ホーホケキョ…

「ん…んぐっ…」

「もう朝か…」

「今日は日曜日だし、もうちょっと寝よー」



【坂道で転ぶシーン】


「早く行かなきゃ…」

タタタタタッ…

ガンッ!

「わっ…!」

ドンッ!ドサドサドサッ…ドン!

「痛っ…!」



【 ※ ※ ※ 】 


 おわかり頂けただろうか…


 例えば有名作家さんを百人集めて、この文章を見せて『これは小説ですか?』と聞いても、おそらく全員が『いいえ』と口を揃えて言うだろう。


 ……うーん、うん、これは小説じゃない。


 何が駄目かってもう丸分かりだと思うが、まず説明文が一切ない。


 例えば最初の文、「ん…んぐっ…」と目覚めの声の後に『私が目覚めるともう朝だった』くらいの軽めの描写くらい付け足せよ。


 それと「もう朝か…」から「今日は日曜日だし…」まで、話が飛びすぎ。『起き上がった』とか、主人公の動作一つくらい描写しろ。


 そして説明文が無いのを補うためなのか知らないが、擬音を使いすぎ。


 擬音そのものが、小説としてはあまり好まれるものではないと知ったのは高校生になってからだったけれど、それでも擬音だけで文の半分以上が埋もれるってどういうことやねん。


 思い出した。あの頃、机の上にこのノートを開きっぱなしにしたまま寝たことがあった。


 するとそれを見たらしき母親から、次の日の朝『あれ小説じゃなくて脚本じゃない?』と真顔で突っ込まれたことを。


 当時の私はこれを『いいのが出来た!』なんて喜び回って読み返していたのか…そう思うと、背筋に寒気がした。


 あぁ、今、『カクヨム』上で『あの音』を読んで下さっている読者さんたちに、かつてのこの猫丸の小説を見せたら…一体どんな顔をされるのだろうか。


 スルーされるだけならまだいい。『こんなの小説じゃねぇ!』『作家舐めんな!』と大バッシングを受けるかもしれない。


 星は減り、コメントが罵詈雑言で溢れかえって…嫌だ、そんなの想像もしたくない。


 猫丸はがっくりと肩を落とすと、速攻そのノートたちをすべて縄で縛った。

 

 よし、このノートは捨てよう。誰の目にも届かないように、火にでもかけて燃やしてしまおう。


 ……しかしその後、思わぬ出来事があった。気が沈んだまま、いつものようにパソコンを開いたときだった。


 そして『カクヨム』を立ち上げて、話の続きを書くために前回書いた話を読み返す。


 ……ん?あれ?


 読み進めていくうちに、猫丸はとある違和感に気がついた。


 ……なんか、思ってたより良くないか?私の小説。


 つい先程までは、ここの言葉選びが気に食わないだとか、なんか全体的に読みにくいだとか、全然駄目だと思っていた文章が、あの黒歴史を見た直後だと急に良い物に見えてきたのである。


 説明文を書いている。キャラの心情もちゃんと描写している。文章の流れにも特に違和感がない。


 小説を書くならすべて『当たり前』のことだが、その『当たり前』が、今の猫丸にはちゃんと出来ている。


 夢の見すぎと馬鹿にされる覚悟だが、猫丸の夢は、自分の書いた小説を書籍化させ、行く行くはアニメ化させることだった。


 しかしここ最近ずっと、猫丸は自分の作品に自身が無くなっていたのだ。


 書籍化どころか、新作を投稿してもPVは全然増えないし、ハートも星もろくに貰えない。


 他の作家さんの作品を見ては、自分の作品と比べてその出来栄えの差を痛感して落ち込み、さらにその作家さんのPVや星の数を拝見しては、より一層落ち込み…


 私って作家向いてないんじゃないかと、猫丸は思うようになった。何が書く能力はあるだよ、そんなのは嘘っぱちだった。


 元々自己肯定感が皆無で、沈んだらとことん沈む性格なのもあって、もう小説投稿するの辞めようかな…とまで思い始めていたところだった。


 だからこそ、このときの猫丸はその『違和感』に本当に救われた。


 今はまだ拙い文章しか書けなくても、ここで諦めるのは早いかもしれない。


 あの『黒歴史』から成長出来たように、きっとこれからだってもっともっと成長出来る。


 もっとたくさんの面白い小説を読んで、参考にさせてもらおう。表現力や語彙力のレパートリーを増やそう。もっと作品にかける時間も増やそう。あと誤字だけは無くそう。


 これからも、執筆活動頑張ろう。小さい頃から大好きだった読書を通じて、もっともっと沢山の人に愛されるような小説家になるために。


 そう思わせてくれた、あの悲惨な『黒歴史』に、今ではとても感謝している。


(ちなみにあの『黒歴史』たちは、今でも押入れの奥でひっそりと眠っている。いつか立派な作家になって、あの黒歴史も笑い話に出来たらいいな…)

























※ここには書かなかったのですが、いつもハートや応援コメントを下さる読者の皆様にも、本当に感謝しています。


温かいコメントやフォロワーさんの存在に何度救われたことか…(泣)


小説家としても人間性としてもまだまだ未熟な作者ですが、これからもそんな猫丸の小説を読んでくれると嬉しいです!

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