第9話 サイダー

 空から降り注ぐ夏の日差しは痛いぐらいに強烈だ。

 気温も30度をゆうに超えているだろう。


「梅雨明け前だというのに、暑いね」

「まあ、暑い分サイダーが美味しく感じる」


 いつも通りニコニコ顔の三井は、瓶入りのサイダーに口を付けた。サイダーの瓶が日差しを反射して、キラリと輝く。


 お昼休み、今までなら昼ご飯食べた後は遥香とキャッチボールしていたが、6月後半からの暑さでいつしか自然消滅してしまった。

 それに代わってお弁当を食べた後は、三井と一緒に売店に行って瓶入りサイダーを飲むのが最近の習慣になってしまった。


 ベンチに座りながら、他愛もない会話をしながら飲むサイダー。

 大手メーカーではない聞いたこともないメーカーのものだが、家で一人で飲むよりも美味しく感じる。


 半分ほど飲み終えたところで、三井に話しかけた。


「期末テストが終わると、ホッとするね」


 期末テストが終わり、結果も出そろい、学年順位は300人中158位とほぼ真ん中でさえないが、まあ、苦手の古文でも赤点を取らずに済んだだけでもなかっただけ良しとしよう。

 サイダーを飲み干した三井が、名残惜しそうに最後の一滴まで飲もうと瓶を逆さにしながら返事をした。


「ホント、マジでこの学校のテストって大変だよね。ストレスで食べ過ぎちゃって太ったから、ダイエット始めないと」

「そう言うけど、ミッチーがさっきエクレア食べてなかった?」

「え~、だって、サイダーだけ飲むのも味気ないじゃん」


 飲み干したサイダーの瓶を回収箱に入れようと立ち上がったところで、三井は何かを思い出したようにこちらを向いた。


「ところで亜紀、夏休みって何か用事ある?」

「いや、別にないけど」

「じゃ、夏休みの宿題、私の家でしない?」

「えっ、いいの?」


 平凡な僕と違い学年で30番台と優秀な三井と一緒に、宿題ができるのなら捗りそうなので二つ返事でOKした。


「それで、なんだけど、亜紀、遥香と仲いいでしょ、それで遥香も誘ってくれない?」

「まあ、いいけど。さては……」


 誘うなら自分で誘えばいいのにと思ったが、いつもと違う三井の表情にピンとひらめくものがあった。


「大丈夫、私は奈菜狙いだから。遥香が来るなら、きっと奈菜も一緒に来るだろうと思って」

「そうなんだ。わかった協力するよ」


 親友の恋路は応援するに限る。三井はホッとしたのか、安堵の表情を浮かべた。


「亜紀は遥香なんでしょ?っていうか、もう付き合ってるとか?」

「……そんなんじゃないよ。ただの幼馴染というか、気が合うというか……」

「毎日昼休みキャッチボールしてたし、移動教室の時も一緒だろ。亜紀がそうじゃなくても、向こうはその気かもよ」

「違うって、そんなんじゃないって」

「ムキになって否定するところが怪しい~」


 三井は冗談めいた笑顔を浮かべ、にやりとした表情で冷やかしてくる。

 遥香とは今はもちろんだが、小学生の頃もいつも一緒にいた。いや、一緒にいるというより、遥香が僕に付きまとっていると言った方が正確か。

 

 遥香は僕のことを好きなのか?いや、そんなはずはない。あんなにかわいい遥香が、女装男子の僕なんかを好きなはずはない。


 じゃ、僕は遥香のことを好きなのか?好きとか付き合うとか、今まで考えたこともなかった。ただ、遥香が付きまとってきてるだけだし、でも一緒にいると楽しいというか落ち着くというか。


「まあ、コクるなら男の方からだぞ。じゃ、私は売店でグミでも買ってから教室戻るね」


 三井は僕の肩をポンと叩き、売店の方へと向かっていった。

 三井のスカートが風に揺れるのを、ただ茫然と見つめることしかできなかった。


 一足先に教室に戻ると、奈菜が2組の教室にきていて遥香と話していた。


「あっ、奈菜もきてたんだ」

「ちょっと遥香に部活のことで話があってね」


 ちょうどいい、夏休みの宿題の一緒にしないかと誘うため、自分の教室に戻ろうとする奈菜を引き留めた。


「えっ、いいの?3人でお邪魔して迷惑じゃないかな?」

「自分で誘っているぐらいなんだからいいんじゃない?ねぇ、遥香みんなで宿題やろうよ。そっちの方が宿題捗るし、早めに終わらせて夏休み心置きなく遊ぼうよ」


 奈菜の熱意に押され、遥香は渋りながらも最後は一緒に宿題やる事を決めた。


「部活の予定とかあるから、いつやるかは後で決めようね」


 そう言い残すと、奈菜は嬉しそうに教室から出て行った。

 まだ三井が教室に戻ってきてないことを確認した後、そっと遥香に三井が奈菜に好意を寄せていることを話した。


「あ~あ、やっぱり!期末の勉強会の時も、やたら奈菜に質問したり、奈菜が亜紀に数学のこと聞いても代わりに答えたりして、怪しいと思ってた」


 今日話してくれるまで三井が奈菜のこと好きだなんて、ずっと気が付かなかった。

 女子の勘の鋭さには驚かされる。


「でも、奈菜も楽しみにしてそうだったから、脈あるかもね」


 親友の恋バナに色めき立ち、にやけた笑顔が浮かんでいる。

 もっと話をしたかったが、三井がグミを片手に教室に戻ってきた。


「えっ、何の話で盛り上がってたの?」

「遥香も奈菜も、OKだって」

「やったー!」


 嬉しそうにガッツポーズしている三井の姿を見て、奈菜と三井が上手くいくことを願った。

 

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