第14話「それから/再起の朝」

 ——翌朝は、よく晴れていた。

 ここまで澄みきった青空の元にカザネを連れ出したい。可能な限り早く、彼女を外へ連れ出したい。


 俺は、猛っていた。


 ◇


「——ん? 神崎くんだったか、朝からどうした? 学校は?」

「今日“は”休みました。カザネさんが心配だったので」

「今日“は”か……うん、そうだな、そういう日もあるかもしれん……褒められたことではないが、だが、うちの娘のためにか——」


 カザネの父の目を見て話す。ここまで明確に積極的な自分は、我ながら驚嘆ものだ。自分でも初めて見たとしか言えない。

 何やら考え込むカザネの父、俺は確固たる意志で彼の目を見続けた。


「————うん、そうだな。俺では見守るので精一杯、頼みの母さんも今は出張だからLINEが関の山。カザネは電話にも出ないらしい。

 ——悔しいことだが、今は縋るしかない。

 神崎くん、娘を、カザネを頼む——」


「——……! 当然です」


 そこからは速かった。俺は疾風迅雷だった。


 矢継ぎ早に階段を駆け上がり、廊下を垂直カーブ。そのままスライディングしてカザネの部屋前へ到着。その時間およそ3秒。世界記録もかくや、ではあるが、札闘士なら無茶が効くので多少体のリミッターを外しても大丈夫ということなのだった。


 なんにせよ、俺はそれぐらいカザネに早く会いたかったのだ。


 ◇


 ——階下からすごい足音らしきものが聞こえてくる。

 お父さんはあれで案外落ち着いているし、お母さんはまだ帰ってこないはず。ていうかここ数日電話にも出ずにいたからかなり気まずい。せっかく心配してくれているのに、でもこんなことどう話せばいいかわからないし、結果的に、アリカを殺したのは私だし……また心がひしゃげていく音がする。ベッドの前には幻覚無表情のアリカ。昨夜はまだ少ない方だったのに、やっぱり朝起きて部屋に私一人だという実感があると、途端に堪らなく怖くて悲しくて辛くて、いっそもう消——


「カザネ——ッ!」

「!? ——え、神崎、くん?

 え、あの、学校、提出物、え?」

「サボってきた! 無事かどうか……心配で、ああ——良かった」


 ——消えたいだなんて思いは、息を切らしながらやってきた神崎くんの、見たこともない穏やかな顔で吹き飛んでしまった。

 一人じゃないからか、幻覚アリカも消えていく。——その刹那、彼女の顔が、少し微笑んだ気がした。


「——もう。じゃあ私今日さ、提出物もらいに学校行かなきゃじゃん」


 冗談混じりに言ったんだけど、神崎くんは、どうしてだか少し笑った。


「え、どしたの。私そこまで変なこと言った?」

「いや、そうじゃない。今ちょっと笑顔だったからな、カザネ」

「え、……そっか。笑えてたんだ、私」


 嬉しいやら恥ずかしいやら、なんかもうよくわかんなくなっている私。そんなだから、神崎くんが私の呼び方を変えていることに今頃気づいた。


「え、っていうかその、神崎くん。その、呼び方、カザネって——」

「ダメか?」

「いや、ダメとかじゃ、ないけど……」


 でもその、そんな面と向かって堂々と言われちゃうと私、慣れてると思われがちなんだけど別に全然そんなことないからその……恥ずかしいやらドキドキするやらで、その、


「……どうにか、なっちゃいそう」


 ものすごい赤面で、照れすぎてちょっと涙目で、テンパって、そんなこと言っちゃって、


「カザネ……! 俺はお前が好きだ……!」

「へ——」


 なんかもう気づいたら抱きしめられていて、でもなんでだろうね、こんな状況だからなのかな。全然嫌じゃなくて、むしろ札伐闘技のことを共有できる相手だから、安心していて——


「——昨夜、札伐闘技で死にかけた時、俺は、カザネのことが頭から離れなくてな。どうしようもなく、俺は君と離れ離れにはなりたくなくてな。いつかは戦わないといけないとわかっていても尚、お前を離したくないって、今だけでも、一緒にいたいって、そう思って、それで、ここに来たんだ」


「——うん。うん、ありがと……」


「カザネ、今だけでもいい。俺はお前といたい。どんな願いよりも、この先の戦いよりも、今はただ、それが最優先なんだ。だから、だから——願っても、いいかな」


 より一層強まる抱擁に、私は不安ごと溶けそうになって。だからただ一言、


「——うん、いいよ」


 安堵に沈む思考の中で、そう返した。


 ◇


 ——よく晴れた、季節外れに暑い昼下がり。

 気温のせいなのか、私が高揚で火照っているからなのかわからないけど、身体は汗で湿っていた。


 窓から入ってくる風は程々に涼しくて、身体に当たると心地良い。しばらく、こういう季節が続いてくれると嬉しいなあ。


 少し精神も落ち着いてきたのか、後で学校に『提出物もらいに行きます』って電話しなくちゃなぁとか、さすがに暑いからシャワー浴びようかなとか、そういったことを一通り思い浮かべた後、大事な話をベッドに腰掛けるカナタへ投げる気になった。


「ねぇ、カナタ」

「……ん?」


 ベッドに寝たまま、私は続ける。


「一人でいる時さ、ここんとこずっと、アリカが無言で見下ろしてきてる気がしてさ。アリカがそんな子じゃないってわかっててもさ、でも責められてる気がして——私がやったことを思えば、アリカだってそう思っててもしょうがないよねとも思っちゃって」


 幾分かは落ち着けるようになったけど、それでもやっぱり、根本的な解決には程遠く、カナタが隣にいないと、また自己問答と自己追求が続くんだろうなって、どうしてもそう思ってしまう。だから、ズルいけど、私はカナタに縋ったのだ。


「——そうだな。そう思うこと自体をやめろとは言えない。それはカザネの優しさだからな。だが無理はしてほしくない。だから俺も考えてみた。俺は逆に、無感動に何人も札闘士をしてきた。異常なのはむしろ俺だ」

「そんなこと、カナタは、優しいよ……」

「ありがとう。でも俺のことは良いんだ今は。大事なのは君の話だ。

 ……確かに、生徒会長は君との札伐闘技に敗北し、命を落とした。君に殺されたというのは間違いではない。だが——」


 言いながら、カナタは私へ向き直り、


「だが、生徒会長は最期、どんな顔でカザネを見ていた?」

「それ、は——」


 あの時の顔は、今でも克明に覚えている。いや、忘れられるはずもなく、心に刻み込まれている。


 泣きながらだったけれど、アリカは。私に最期まで、いつもの笑顔を見せていた。いや、なんなら、いつも以上に——


「——敢えて聞かないが、その時の彼女の表情こそが、君への本心だったんだと思う。どんな感情が彼女の胸中にあったのだとしても、カザネ、最期に君に向けた表情はきっと、君に見せたい顔だったんだと、俺はそう思う」


「————————」


 もう何も言えなかった。私はきっと、幸せ者だ。もう血塗れなのに、それでも私は、それでもまだ、私を大事にしてくれる人たちがいる。愛されている。


 だからこそ、だからこそ、こんな戦いをこれ以上繰り返させちゃいけない。私みたいな辛い思いを、もう誰にもさせたくない。

 こんな形で、愛されていることを証明させてはいけない。


「カナタ、これわがままなんだけどさ」

「ん、」

「後ちょっと、もうちょっとだけ、一緒にいさせて」


 ただ頷きが返ってくる。

 いつかは戦う定め。それが、この壊すべき儀式の宿命。けれど、それでも、そうであっても、その時までは。

 私は、この人と——


------------

第2章『再起へ至る谷底/ヴォイドフレーム・フェイタルイーター』、了。


第3章『FREEDOM/蒼天の刃』に続く

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