転生したら死亡フラグ乱立のモブ人生だった件 ~理不尽な即死トラップに対処していただけなのに、周囲の評価がとどまるところを知らない~
一ノ瀬るちあ🎨
第1話 転生/リセット
目が覚めるとあばら家にいた。見るも耐え難いほど醜悪な男がワンドを振り、その軌道は間違いなく俺の眉間に向かっている。
《このままだと5秒後にあなた様は死亡します》
天啓のごとく、デッドエンドを告げる声が直接脳内に響く。
《『
◇ ◇ ◇
思えば二時間前。順風満帆だと思われた人生がニセモノだと気づいたのはこの瞬間だった。
「骨髄線維症ですね。それもかなり進行した」
医者が言った。
「生存期間中央値は3.8年。本来はこのような話、まずはご家族の方にお話しするのですが」
医者は言う。治療は絶望的だと。まず、ドナーが見つかり、重篤な合併症を起こす危険性のある前処置を乗り越えなければならないと。
医者は言わなかった。希望を捨てないでくださいとは。
もう、助からないらしい。
だったら。
これが人生だというのなら。
俺が続けてきた研鑽には、何の意味があったのだろう。
大学卒業後は警部補に。活躍を重ねて最速で昇進。何事にも常に全力で取り組んで、いつも成果を積み重ねてきた。
その過程で、どれだけの縁を失うことになったとしても、結果を出せば俺が正しかったと証明できると、思っていた。
傲慢だった。
まぶたの裏に浮かぶ同僚の顔は、口よりも雄弁に「ざまあみろ」と語っている気がした。
俺が死んだとしても、その死を悲しんでくれる恋人もいやしない。
俺の人生は空っぽだったと気づけたのは、全部が手遅れになってからのことだった。
医者に告げられてからの記憶は、正直言ってあまりない。ただ、「どうしてこんなことに」、「わかってるだろ、自業自得だ」なんて堂々巡りが脳内でひたすら繰り返されていたことだけを覚えている。
スクランブル交差点の前に立った時、意識が覚醒したのは、着信の振動をスマホが訴えたからだ。
光る文字盤には『母親(血縁上)』の文字が映し出されていた。
普段なら即終話だ。
だけど、何故だか、無性に声が聴きたくなった。
いや、理由なんて本当はわかっている。
「はい。こちら――」
『もしもし? わたし、わたしよ。あなたのお母さん。ちょっと困ったことがあるんだけど、いますぐお金を振り込んで欲しいの』
励ましてくれる人が、恋しかったんだ。
「母さん、あのさ」
『とりあえず100万でいいから』
「母さん、俺の話を」
『何? 母さんいま忙しいの。手短に終わらせてくれる?』
死ね。そう言えたら、どれだけ楽だっただろう。
口をついて出たのは、自分でも情けなくなるくらい、弱弱しい声だった。
「俺、余命数年みたいなんだ」
『……』
電話口の向こうで、母が押し黙った。
だから、胸が温かくなった。
きちんと俺の話を聞いてくれたから。
『なに言ってるの。冗談ならやめなさい』
「冗談じゃないよ、医者に言われたんだ」
いまは歪な関係だけど、たった一人の、肉親なんだ。
本当につらいときには、励ましてくれるんだ。
よく頑張ったね、つらかったね、って言ってくれるものなんだって、信じてた。ずっと。
『――死亡保険には入っているのよね?』
「は?」
いま、なんて言ったんだ? 息子が、余命宣告を受けた事実を打ち明けたんだぞ。違うだろ、だって、普通は、助かる可能性はないのとか、余命宣告なんてあてにならないものよとか、それが家族ってやつじゃないのか?
『大丈夫。あなたのお金は、母さんが有効に活用するわ。本担のトップも夢じゃないもの』
んだよ、それ。
なんなんだよ、それ。
「……ざけるな」
『え、何? 聞こえない。もっとはっきりしゃべりなさいよ』
ふざけるな。
「死ねよ! 死んじまえ!」
『実の母親に向かって、なんて口利くの!』
うるせえ。てめえがそれを口にするんじゃねえ。
俺の後悔は、努力が無駄になったことじゃない。
人生の汚点は、孤独であることじゃない。
「母親があんたってことが、人生最大の後悔だ!」
電話を切った。着信拒否に母親の電話番号をぶちこんだ。
普段は窮屈に思える空が、いまは広々と感じられる。
誰かが、何かを、叫んでいる。
どうでもいい。
もういい、もう、疲れた。
「……ぁ」
鼓膜の裏に張り付いたのは、クラクションの叫び声だった。
急ブレーキをかけた鉄の塊が、地面と擦れ、スキール音をかき鳴らして目前へと迫ってくる。
ボンネットが俺の体を横殴りにした。
ありとあらゆる関節をねじ切られるような痛みが体中に走った。
直感でわかった。これは、助からないなって。
助かりたいとも思わなかった。
こんな世界に執着する理由は、もう失せた。
苦しいことばっかりだった。
せめて死に際くらい、安息に身をゆだねさせてくれてもいいじゃないか。
(ああ、でも)
たった一つ、ただ一つ、未練がある。
この人生では、絶対に、手に入らないものだけど。
(もし、生まれ変われるなら)
他は何一つ特別じゃなくたって構わない。
富も名誉も権力もいらない。
――その日の出来事を家族で話し合えて、くだらないことで笑い合って。
(俺も、そんな家庭に、生まれたかった)
◇ ◇ ◇
気が付くと、青いデジタルチックな文字の羅列が周囲を飛び交う、どこまでも続く真っ白な空間に俺はいた。
どこだ、ここは。いや、そもそも俺は死んだはずではなかっただろうか。
デジタルチックな文字の羅列が選りすぐられて、俺の目の前に意味のある文字列として姿を現す。
《現状を生物学的に表現するなら、死と評して差し支えございません》
何がどうなってるんだ。
《あなたは求め、わたしは応えた。相違ありませんね?》
躍るデジタルチックな文字の羅列が、真っ白な空間に充填されていき、世界をかたどり始めた。まるで世界創造の瞬間だ。
「求めたって、何を」
《生まれ変わることを》
息を呑んだ。ここは、死後の世界、的なやつなのだろうか。
輪廻転生の世界観なんて信じていなかったけれど、俺の魂は、別の形で再び現世に生まれ落ちるとでもいうのだろうか?
《望むならどんな生でも叶えましょう。豪商、貴族、防衛大臣。あなた様の魂を、求める母親のもとへ導きましょう》
皮肉かよ。人生最大の後悔が母親だ、なんて叫んだから、今度は後悔しない母親を選べってか?
「どれも、俺は望まない」
富も、名声も、力も手に入れた。
だけどそれらを手に入れても、この世のすべてには届かなかった。
所詮それらは全体から見れば一部に過ぎなかった。
求めたものは、いつも手が届かないほど遠くにあった。
「血筋なんて、どうでもいいんだ」
俺が、本当に欲しかったのは、
「愛、なんだ。俺が唯一、求めるものは」
青く光る文字の羅列が凍り付いた気がした。
そんな露骨にドン引きしなくてもいいじゃないか。
「笑いたけりゃ笑えよ」
《……笑いませんよ。それがあなた様の望みなら、わたしは叶えるだけです》
世界がぐるりと輪転していく。ミキサーでひき潰すように視界がすりつぶされていく。
上も下もわからなくなって、だけどこの魂は、どこかからの引力に呼ばれて、空に落ちていく。
《また会いましょう》
光る文字の羅列が、最後にそう語った気がした。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、見るも無残なあばら家に俺はいた。
《おめでとうございます。元気な男の子ですよ》
胸中で、見覚えのある文字が躍る。
また会いましょうって言って、すぐに再会するとは思わなかったな。
いったい、どういう状況?
「妻と子どもには手を出すな!」
線の細い男性が、俺と俺のへその緒で結ばれた女性をかばうようにして敵に立ちはだかっている。
この二人が俺の両親だろうか。
しかしよくよく目を凝らせば、彼らが第三者と相対していることがわかる。
(もう一人の、おぞましい気を放つ男は誰だ……?)
見るも耐え難い醜悪な男は、杖先が淡く輝くワンドを振り下ろそうとしている。
《あれは、即死呪文と呼ばれる禁術です。このままだと5秒後にあなた様は死亡します》
え、ちょ、待てよ!
いま生まれたばっかりだぞ?
余命5秒? モブ人生にもほどがあるぞ!
《出自は問わないとのことでしたので》
加減とか下限があるでしょうが!
デジタルチックな文字の羅列が、やれやれって感じの顔文字を描く。
なんでお前が付き合ってやってる側なんだよ。
《安心してください。あなた様には、わたしがそばについています》
無機質な文字の羅列が、どうしてか、胸に温かかった。
《『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます