第16話 滅多にない邂逅
「いただきます」
「ます」
水萌さんに怪我はないし、コロッケ自体も上手くできたので完璧と言える。
「あふい」
「急がなくても誰も取らないからゆっくり食べなさい」
「ふぁーい」
出来たてといえば出来たてだけど、軽い片付けはしていたので、熱々というほどでもない。
それでも水萌さんの小さい口がいっぱいになるくらいにほうばればさすがに熱いようだ。
「その食べ方が一番美味しいみたいだけど、俺は猫舌だからちゃんと割ります」
「ふーふーいる?」
「自分でできるから」
だから笑顔で箸を構えないで欲しい。
「お味噌汁も美味しい」
「まあ簡単なやつだけどね」
今日の晩ご飯はもちろんコロッケだけではない。
と言っても、他は全部電子レンジで作ったものだけど。
「味噌汁って、入れる野菜を先にレンジに入れて、その後に水を加えて更に加熱して味噌入れればそれなりの味になるからね」
こういうことをすると「そんなの料理じゃない」と言う自称自炊派の人間はいるけど、別に自分が食べるものなんだからいちいち騒がないで欲しい。
ちゃんと作りたいなら勝手にすればいいし、俺はあくまで洗い物を減らしたいだけなんだから。
「
「いや? 今回は楽したかっただけ。作り置きする時は普通に鍋で作るよ」
「それも食べてみたい」
「いつかね。あ、そういえばこれってどのぐらいの頻度でやる?」
「お料理教室?」
俺は食べられる熱さになったコロッケを口に運びながら頷く。
今日のお料理教室は、水萌さんに料理を教えることが目的なわけで、さすがにコロッケ一つ教えただけで「はい終わり」にはならないはずだ。
最終的には水萌さんの食生活を一新させなければいけない。
「えっと、お兄ちゃんのお友達が許してくれるなら毎日でもやりたいです」
「よくよく考えたらさ、水萌とのお料理教室は晩ご飯なわけじゃん? 俺がレンとの……お出かけを六時までにしたらその後は水萌とできるよね?」
一瞬「デート」と言いそうになったけど、さすがにそれを水萌さんに言うのははばかられた。
「そうだね。今日は説明とか色々あったけど、お料理を再開したのは七時ぐらいだったもんね」
今日は水萌さんの居眠りや、買い出しなんかがあったり、ちょっとした事故もあったりで時間を使ったけど、そもそも学校終わりにすぐ集まる必要もない。
レンと遊んでから水萌さんと料理を作ればそれで済む話だった。
「ちなみに土日はどうする?」
「お兄ちゃんがいいなら私はほんとに毎日お願いしたいです」
「俺はいいよ。でも、何か急用が入った時はどうするかね」
水萌さんはスマホを持っていない。
だから俺か水萌さんに急用が入った時に連絡する手段がない。
「ごめんなさい」
「別に水萌が謝ることじゃ──」
「ただいまー?」
水萌さんの頭を上げさせようとしたら、普段ならこんな時間に滅多なことでは聞かない声が玄関から聞こえた。
そしてその声はしりすぼみになっていたので、おそらく気づいた。
「珍しいな、こんな時間に」
「お母さん?」
「うん。言っとくけどすごいことだからね? 母さんが俺の晩ご飯の時間に帰ってくるのは一ヶ月に一回あったら多い方だから」
母さんはそれぐらい仕事が忙しいようだ。
何をやってるのかは知らないけど。
「私ってすごい幸運?」
「そうだね。すごい……」
なんだか普通にしていたけど、この状況は大丈夫なのだろうか。
俺は水萌さんに料理を教えていただけだけど、形としては同級生の女の子を親に無断で家に上げている。
今まで友達を家に上げたことがないから、これが許されることなのかわからない。
「まあでも今更か」
今更考えても遅い。
だって既に母さんはリビングの扉を開けているのだから。
「おかえり。また『帰れ』って言われた?」
「言われたんだけど、そんなのはどうでもよくて……」
母さんの仕事のし過ぎは職場がブラックだからとかではない。
仕事大好き人間の母さんがいつまでも仕事をしているから帰らないだけだ。
そしてそれを心配した職場の人に「今日は帰れ」と怒られて渋々帰ってくるらしい。
そんな母さんが俺と水萌さんの顔を見てから『とある場所』に歩き出す。
「聞いてください。あの舞翔が女の子を家に連れ込みました。しかもあの余裕ぶりから初めてな感じがしません。明日はお赤飯を炊けばいいでしょうか?」
母さんが正座をして両手を合わせながら返事のない相手に話しかける。
「俺赤飯好きじゃないんだけど」
「じゃあ鯛の尾頭付きを買ってこないと」
「骨のある魚も好きじゃないんだけど」
「あの、あの舞翔がわがままを言ってくれましたよ!」
母さんはああなると雰囲気が変わって少しめんどくさい。
話しかけた俺が馬鹿だったので、不思議そうにしている水萌さんに意識を戻す。
「ごめんね」
「ううん。それよりやっぱりあのお仏壇? って」
「そう、父さん」
水萌さんが初めてリビングに入った時も見つめていたけど、リビングには小さい仏壇がある。
俺の父さんは少し前に他界していて、母さんはシングルマザーになる。
「母さんは父さんのこと溺愛してたから、俺に何かあると毎回知らせてるんだよ」
「仲良しさんなんだね」
「まあ放任主義で結構自由にさせてくれるし、仕事を頑張り過ぎるのも俺の為でもあるから、嫌いになることはないかな?」
母さんは昔から仕事人間だったから、今更一人が寂しいとかもない。
まあ俺の為にってのもあるんだろうけど、母さんは純粋に仕事が大好きなんだと思うけど。
「あんまり母さんに迷惑はかけたくないんだ」
「嬉しい日なのに涙が止まりません」
母さんが背中を丸めながら目元をこする。
たたでさえ小さい母さんが更に小さくなっている。
「羨ましいぐらいに仲良しさんだよ」
「そう? 今まで比べる相手がいなかったからわかんないや」
俺はそう言って立ち上がり、泣いている母さんの背中をさすりに行った。
「まいとぉ……」
「わかったわかった。ご飯は?」
「食べてきたけど舞翔のご飯食べたい」
「今日はたまたま母さんの分もあるからとりあえず顔洗ってきなさい」
「はぁい。ぐすっ」
母さんは目元の涙を手の甲で拭いながら洗面所に向かった。
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